第12話 謎の自信

「どや? あんたにも悪い条件やないと思うで。何せ今代魔王様や。その配下には、大勢の魔物がおるやろ」


「……」


「勿論、対価は十分に出すつもりや。ドラゴンの鱗なら、三枚で金貨一枚。ユニコーンの角なら、それだけで金貨五枚は出せるで。それだけ需要があるにも関わらず、魔物を生かしたままで奪うことが不可能やから高騰しとんや。それが今代魔王様の配下なら、殺すことなく素材だけ得ることができる。そっちにとっても、美味しい話やと思うけどな」


「……」


 はぁ。

 大きく溜息を吐きたい気持ちを堪える。

 シルメリアは、需要があるにも関わらずなかなか入手することのできない魔物の素材――それを求めて、ここに来たということだ。本来その命を奪うと共に魔素が拡散し、消滅してしまう魔物の体の一部を、魔王ぼくならば手に入れることができると考えて。

 確かに、商人らしい業突く張りな考え方だと思う。

 だけれど、僕がその言葉を受け入れ、彼女に協力する理由はどこにもない。


「なるほど、お話はよく分かりました」


 そして、そんなシルメリアの相手をしているのはドレイクとジェシカだ。

 彼らがこの話をどう判断するかは、任せるつもりだ。ドレイク、ジェシカ共にシルメリアと協力するべきだと考えたなら、その言葉を受け入れるのも上に立つ者としての僕の務めだろう。

 もっとも、受け入れるとは思えないけれど。


「分かってくれたか?」


「ええ。残念ながら、我々に益のある話ではなさそうだということが」


「……何やと?」


 シルメリアが眉根を寄せる。

 どこにそれほどの自信があったのか、僕には理解できないが。

 こんな商談、最初から全く意味がないと分からなかったのだろうか。


「そもそも、我々は金銭を必要としません。本来必要である兵站が、我々には全く必要ないのです。そんな状態で、魔物の体の一部を高値で買うと言われましても」


「今は必要ないかもしれへん。それでも、今後は必要になってくる機会があるんちゃうか?」


「今必要ないものは、将来的にも大して必要ありませんよ。経験則ですが」


 ばっさりと、そう切り捨てるドレイク。


「では、質問させていただきます」


「……何や?」


「そうですね。例え話としては、陳腐で申し訳ないのですが……あなたと取引をしたいと、私どもが申し上げるとします」


「せやな」


 ドレイクの言葉に、頷くシルメリア。

 ぴりぴりとした殺気と共に放たれるドレイクの言葉は、それだけできっと背筋が寒くなるようなものだろう。

 そんなドレイクに相対して、堂々とした様子を保っているシルメリアも、また女傑だ。


「あなたの父親の右腕を、金貨十枚で買います。その提案を受け入れられますか?」


「……」


「あなたの友人の骨を、金貨五枚で買います。あなたは、売ってくださるのですか?」


「……」


「あなたの子供の指を、一本あたり金貨一枚で買います。あなたは、差し出せるのですか?」


「……」


「あなたが言っているのは、そういうことです」


 そもそも、前提から狂っているのだ。

 シルメリアにとっては、あくまで『魔物の体』だ。だけれど、僕たちにとってそれは『同胞の体』である。

 さすがに、仲間の体の一部を高く買うから譲ってくれと言われても、そう簡単に納得がいくものではない。


「ふぅん……」


「さて……では、話は以上ですね。お引き取りを」


「……いいや、まだ終わっとらんで」


 だけれど。

 完全に論破されたはずのシルメリアは、薄く笑みを浮かべて顔を上げた。


「ウチは商人や。商人が認められるために最も必要なこと――何か分かるか?」


「さて。全く分かりませんね」


「それはな、己の価値を示すことや。商品や販路、商才に目利き――まぁ色々あるけどな。そのあたりを総合して、価値を示すこと。相手に、ウチと組んだら益があると思わせることが第一や」


 シルメリアが、ドレイクに向けてそう雄弁に語る。

 確かにそれは、分からないでもない。少なくとも、初対面で相手に印象を持ってもらうために必要な行動だろう。


「それでしたら現状、その試みは成功していないと言うべきでしょうかね」


 だが、ドレイクは辛辣だ。

 それも当然だろう。こいつは、『魔物の体を売れ』と言ってきたのだ。僕たちにとって、同胞の体を。

 僕は一応人間のつもりだけれど、魔物は僕の仲間だ。そんな仲間の体を、そう簡単に売ることなどできるわけがない。


「ま、最初から完全に信用せぇ言うとるわけやない。初対面の相手を、無条件で信用するほど甘いお人やなさそうやからな」


「その分析は正しいですね。むしろ先の発言、ノア様のお心が広くなければ、即座に首が飛んでもおかしくない状況でしたよ」


「ウチは商人や。命の綱渡りは慣れたもんやで」


 くくっ、とシルメリアが笑う。

 先程まで、完全にドレイクにやりこめられていたというのに。

 でも、あくまでシルメリアの目的は『魔物の体の一部を買い取ること』だ。その商談に、僕は乗るつもりなどない。


「まぁ、アレや。魔物の体を売ってくれ、って言うのはちょい早かったな。もう少し取引をしてから言い出すべきやったと反省はしとるで」


「でしたら結構。こちらに取引などするつもりは――」


「ドレイクさん」


「む……どうなされましたか、ジェシカ姫」


 最後通牒、といった様子で言い出したドレイクを、ジェシカが止める。

 いやー。僕、何も発言してないなぁ。とりあえず二人に任せて、成り行きを見守ってるだけだ。

 まぁ現状、魔物の体を売ることには反対してくれているみたいだし、僕は余計な口を挟まないでおこう。


「どうも、気になります。魔物の体を売れという話は分かりましたが、他にも何か用意しているように思えます」


「……そう、ですか?」


「ええ。言ってみれば、ここは魔王の領域のようなものです。こんな場で、魔物の体を売れなどと宣言することは、己の寿命を縮めることになります。だというのに、傲岸にもそう言ってきた……それは、それ以上に己を認めさせる腹案があるということではないでしょうか。どうなのですか、商人」


「くくっ……くくくっ……」


 あはははは、と笑いを堪えようともせず、シルメリアが破顔した。

 しかし、そんなシルメリアを見るジェシカ、ドレイクの眼差しは真剣だ。


「あー……いやー、買いかぶってくれて何よりやわ」


「……ということは、特に腹案などないということですか?」


「いいや。勿論それはあるで。少なくとも、ウチがこの国に貢献できる価値は示せるつもりや」


 シルメリアはそう言って、腕を組む。それと共に、豊満な胸部も盛り上がった。

 そういう、目のやり場に困ることやめてほしいな。ドレイクは平気みたいだけど、僕そういう耐性あんまりないんだよね。

 もっとも。


 これから示す『価値』とやらに随分と自信があるのか、シルメリアは薄く笑みを浮かべた。

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