第11話 シルメリアの目的
「……ノーフォールさん、だったかな?」
「ああ、シルメリアでええで。大して年も変わらへんやろ」
「それじゃ、シルメリア。君の話からすると……僕と手を組む形になると、君が対価としてお金を得られる、って考えてもいいのかな」
「せやで。ウチはそのために来たんや。まぁ、今回についてはゼニの臭いがするだけやけどな」
「……ジェシカ、どう思う?」
「え、ええ……まだ、判断するには材料が足りないかと」
隣に座るジェシカに意見を促す。
現状、僕にはシルメリアの目的がさっぱり分からない。そして、考えても分からない以上は考えても無駄だ。
「ひとまず、お話を伺うのが最善かと思います」
「そっか。分かった……それじゃ、ドレイク」
「……」
後ろに控えるドレイクに、視線を向ける。
それだけでドレイクには僕の思惑が伝わったらしく、すっ、と一礼して扉から出てゆく。
勿論、僕が退席しろと言ったわけではない。むしろ、ドレイクにどこか行かれるとか全力で困ってしまう。
ほんと、僕が殺しかけてしまった冒険者だったはずなのに、今となっては僕が一番頼りにしている相手だ。他の面々が、頭脳面ではさっぱり役に立たないというのがその理由なのだけれど。もっとも、頭脳面については僕も人のことは言えないので、責めるつもりはない。
「……? どうしたんや?」
「ああ……少し待ってて。すぐ戻ってくるから」
「お待たせいたしました、ノア様」
「うん」
ドレイクが、出ていった扉から再び応接室へと入ってくる。
勿論、その見た目には何の変化もない。違いがあるとすれば、その手にお菓子の載せられた皿を持っているくらいのものだ。こうして見ると、整った顔立ちといい高級料理店のウェイターに見えないこともない。
だが、そんな風に全く変わっていない姿ではあるけれど。
シルメリアは気付いていないだろうけれど、大きな変化がそこにある。
先程まで何一つ言葉を出さなかったドレイクが、喋っているのだ。
「それじゃドレイク、僕の隣で話を聞いてくれ。アンガスはそのままで」
「承知いたしました、ノア様」
「……」
ドレイクが頷き、そのままジェシカとは反対側の、僕の隣に腰掛ける。そしてアンガスも無言で頷いた。
退席してもらった理由はただ一つ。外で《
そして、僕の思惑を視線だけで読んで、カモフラージュにお菓子も持ってきたドレイクは、やはり頭の回転が早いのだろう。
ジェシカだけで判断できない部分も多いだろうし、ドレイクにも同席してもらうとしよう。
「まずは、自己紹介をさせていただきます。ノア様より内政を任されております、ドレイク・デスサイズと申します」
「……ドレイク・デスサイズ? 随分と聞いた名前やな」
「おや、私の名前をご存知で?」
「そらそうやろ。大陸に二十八人しかいないSランク冒険者『拳王』ドレイク・デスサイズゆうたら子供でも知っとる名前やで。武器も持たずにドラゴンを一対一で倒せるとか噂に聞いたわ。ほんまか?」
「過去に一度、ドラゴンを一人で討伐したことがあるだけですよ。それほど大したことはありません」
「……はっ。さすが『今代魔王』や。部下の層も随分と厚いことやな」
「まぁね」
にやっ、とシルメリアの言葉に笑みを浮かべてみせる。
散々『今代魔王』と呼ばれているけど、とりあえず否定せずにおく。ひとまず、魔王扱いされることは決まっていたことなのだ。今更、方針を変更するほど僕は優柔不断ではない。
まぁ、本音を言うなら「僕魔王じゃないんですけど!」って叫びたい。
「それで、さっきまで一つもモノ言わんと待っとったのに、いきなり何や?」
「ノア様に益のある話だと思っただけですよ。確かに仰る通り、我らの王が配下である魔物たちは食事を必要としません。そして消費が発生しない以上、そこに供給も発生しない。勿論、ノア様や少数の人間たちが食べるだけの食料は必要となりますが、それも十分賄えているというのが現実ではあります。そんな状態で、まるでこの街で商売をしようかと考えているようなあなたに、興味がわきましてね」
「考えとるで。ウチからすりゃ、この街は宝の山や」
「ふむ……まずは、その話を聞かせてもらいましょう。よろしいですか。ジェシカ姫?」
「え、ええ。ひとまず、お話を伺わせていただくのが最善だと思います」
「分かりました。ですが、ご覚悟を。そのお話次第で、あなたが無事に帰ることができるかどうかも決まりますからね」
「はっ……」
シルメリアが、薄く笑みを浮かべる。
ドレイク、随分と物騒なこと言ってるよ。別に僕、殺すつもりないんだけど。
まぁ、あとはジェシカとドレイクに任せよう。ただし、意見を求められたときにちゃんと答えられるように、話だけはちゃんと聞いておかないと。
「まずは、そうやな。長い目で見れば、『メシを食わへん労働力』が大量に存在するわけや。単純に農作業に従事させるだけでも、その利益は莫大や。魔物やから力も強いし、開墾も楽々やしな」
「はい。それは、わたしたちも考えていました」
いや、僕考えてないけど。
ジェシカ、そんなこと考えてたんだ。普通に考えたら、食べもしないものを作るわけないと思うのは僕だけだろうか。
「この街から西の森までは、グランディザイアの領土です。街の中の整備が終わり次第、そちらの畑で魔物たちを農作業をさせる計画は立てていました。まだ計画段階ではありますけど……幸い、エルフとの親交を得ていますので、農業も行えると思っています」
「へぇ。西の森にはエルフがおるんか」
「あっ! て、手を出されては困りますよ! 今、エルフはグランディザイアの国民ですから!」
「……ジェシカ姫がこのように情報を与えているのは、あなたが手を組むに値する相手だと考えているからです。余計な真似を画策しているならば、この屋敷から生きて出られると思わないことです」
「はー、怖いわぁ。別に、ウチは人買いちゃうからな。エルフの隠れ里がある、ゆうて情報を流したところで二束三文や。せやったら、あんたらの信頼を得る方がまだましやな。誓うて、他言はせぇへん」
「信じます」
シルメリアの言葉に、嘘はなさそうだ。
とはいえ、既にドレイクと一緒に来ていた二人の冒険者に、その事実は知られてしまっているんだけど。でも、敢えてそれを言わずにカードの一つとして利用したということか。
やっぱりジェシカ、頭いいなぁ。ジェシカが来る前の事情とか、掻い摘まんで話しただけなのに。
ただ、ちょっと慌てるあたりは、まだ年相応の幼さがあるのかな。
「え、ええと……ですが、作物を輸出できるようになるまでには、まだまだ時間がかかります。わたしも、そう簡単に成せることだとは思っていません」
「少なくとも開墾をし、それから種を蒔き、収穫までかなりの時間を要するでしょう。そして、農作物を売るにも、今度は我々の肩書きが邪魔になります」
「ええ……『今代魔王』の領地で採れた野菜など、どんな貧困層でも購入しないと思います」
「せやな。ナンボ安うても、そう簡単に手ぇ出んわ」
ジェシカとドレイクの言葉に、シルメリアも頷く。
うん。僕、静観してるだけでいいや。
「あなたが、確実に売れる販路を持っていると仰るのならば、話は別ですが」
「ウチも、そんなに危ない橋は渡れへんで。半値でええなら買うたるわ」
「六割ならば考えましょう」
くくっ、くくっ、と笑い合うドレイクとシルメリア。
なんだろう。超怖い。
ドレイクは僕の部下だし、シルメリアに戦闘能力はなさそうに思える。そんな二人の会話だというのに、何故か怖い。
理解の外にいるような、そんな感覚だ。
「と、そのように確実な手段というわけではありませんし、時間もかかります。勿論、我々も急いでいるというわけではありませんが、それほど悠長に発展を待ち続けるわけにもいかないのですよ」
「ああ。せやから、ウチの話に乗ってきたってことやな」
「そういうことです。もっと簡単に、素早く稼ぐことのできる方法があるなら……」
「あるで」
ここからが本題――その言葉は、確かだったらしく。
シルメリアは居住まいを正し、ドレイクへ向けて身を乗り出した。
「ユニコーンの角、アーマービートルの外皮、ミスリルゴーレムの石体、ナイトウルフの爪、サーベルリザードの牙……あとは、ドラゴンならどれでもええわ。爪でも牙でも鱗でもええ」
「――っ!」
「どれもこれも、高値で取引される逸品や。知っとるやろ?」
「それは……」
「……?」
シルメリアが言った、数品。
それは、魔物の体の一部だ。だけれど、本来それは手に入れることのできない代物である。
魔物は、殺したその瞬間に魔素として霧散してしまうのだ。その体の一部など、残るはずがない。
だけれど。
そういえば僕の部屋に、前にパピーから剥がした鱗が何枚かあったな。なんで消えないのが不思議だったけど。
「魔物の体の一部は、その魔物を殺した瞬間、同時に消えてまう。せやけど、その硬度は並の素材では太刀打ちできひん。せやから、『魔物を生かしたままで素材を奪い、その魔物を生きたまま維持する』――そんな方法で、裏で取引されとる逸品が数多くあんねん」
「それ、は……」
「せやかて、魔物を飼うことなんざできへん。せいぜい、素材を取った後に殺さず逃がす程度のことしかできへんわ。それかて、いずれ別の冒険者に魔物を殺された瞬間に魔素になってまう。そういうリスクはあるけどな……それでも、その素材自体は上等や。まともな鎧じゃ、太刀打ちできへん程な」
くくっ、とシルメリアは悪い笑みを浮かべて。
とんとん、とテーブルを指で弾いた。
まるで、そこに見えない算盤があるかのように。
「おたくの魔物……命令に従うんやったら、体の一部を取りぃ。ウチがその素材、高値で買うたるで」
「……」
それは。
恐らく、僕の国――魔物を中心としたこの国でしか、取れないもの。
そして、シルメリアがここまでやってきた、真の目的――。
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