第10話 商人シルメリア・ノーフォール
「改めて、ウチはシルメリア・ノーフォールや。よろしゅう、『今代魔王』殿」
「僕はノア・ホワイトフィールド。こっちはジェシカだ」
「ジェシカ・ノースレア・オルヴァンスと申します」
自己紹介を終えて、シルメリアと名乗った女と向かい合う。
ここは王城――本来はこの街の領主が住んでいた屋敷だ。街の中央にある、それなりに大きい建物ということで僕たちの暫定的な王城とすることになった場所である。
本来なら王様である僕は玉座に座る形になるのだろうけれど、元は領主の館だったということもあり、玉座とか謁見の間とかそういうのは最初からなかったのである。仕方なく、シルメリアを案内したのは応接間だった。
元々、領主だった者のセンスが良かったのだろう。落ち着いた色合いの調度品に、向かい合ったソファの間には大理石でできたテーブルが置かれている。そんなソファの片方に僕が座り、正面にシルメリアが座る形だ。ミロは残念ながらこの応接間に物理的に入れない大きさであるため、代わりに僕の護衛という形で後ろにいるのはドレイクと、ミロに代わってアンガスである。
ちなみに、丁度ジェシカが護衛に連れていた
「お茶です」
「おおきに……おや、ええ茶葉使うとりますな。この香りからするに、帝国北のダンダルシア産やな」
「いや、どこ産なのか僕は知らないんだけどさ」
王城仕えのエルフが差し出したお茶を、香りを嗅いだだけでそう断定するシルメリア。
お茶って、香りだけで分かるんだ。僕、どんな茶葉でも同じようにしか感じないんだけど。
「それで……まぁ、話を聞こうか。一体、どういう目的で僕の国に来たのかな」
「そりゃ、商人が来るんはゼニのために決まっとるやろ」
「だから、その具体的な話なんだけど。僕の国のどこに、お金を稼ぐ要素があるのさ」
正直、金に関してあまり興味はない。
今は亡き領主が結構溜め込んでいたためか、資産は潤沢にある。だけれど、それを使うところが全くないのである。
そもそも魔物には兵站が必要ないし、最も金の動く『食料品』という点について全く問題にしなくていいのだ。せいぜいエルフたちの食料くらいのものだけれど、それは元からあった街の備蓄と、エルフの集落から送られてくる野菜とかで問題なく成り立っている。
そして、魔物には嗜好品も特にないし、装飾品などもってのほかだ。僕も一応王様ではあるけれど、それほど自分を飾るのが好きなわけではないし。装飾品一つに金貨何十枚とか、そういうのはさっぱり興味がない。金の無駄だと思うだけである。
つまり、僕の国でどれほど金を稼ごうと思っても、経済そのものが存在しないようなものだ。
「まぁ分かるとは思うけど、ウチは商業国家アメリアから来たしがない商人や」
「……だろうね」
商業国家アメリア。
ドラウコス帝国の北に存在する、商人の連合により成り立っている国家だと聞く。王政や帝政が存在せず、商会たちが寄り合いになっているような国家で、その商会のうち最も力を持つ者が国家元首になるとか聞いた覚えがある。そのため、大陸における経済のほとんどを牛耳っているのだとか。
だけれど、あくまで商業国家アメリアは北の沿岸部周辺の領地しか持たず、国土を拡大させるつもりもないらしい。『戦争など金の無駄だ』という商業国家独自の考え方があり、帝国に一定額を納めることで庇護を得ているのだとか。その代わりに、帝国が他国と戦争を行うときには武器や兵器の売買を一手に担っていると聞く。
そんな、ある種独自の文化によって発展している国家だ。
大体どの国にもアメリア出身の商人団体があり、その出自がアメリアということも一目で分かる。それは、シルメリアの口調にもある訛り――『アメリア節』という方言だ。どことなくキツいように聞こえるこれは、アメリア独特の訛りである。
「ウチのノーフォール商会は、一応アメリア十大商会の一つや。ウチのオトンも、アメリアの議会に参加しとる。でも、そのことと今回、ウチがこの国にやってきたことは話が別や」
「どういうこと?」
「言うたやろ、しがない商人やて。ウチは一応ノーフォール商会の支部みたいな形で任されてはおるけど、実質は暖簾分けみたいなもんや。ウチのオトンも
「……なるほど」
つまり、シルメリアがここに来たこととアメリア十大商会の一つであるノーフォール商会は何も関係がない、ということである。
あくまで、シルメリアが己の才覚で、僕の国に金を稼ぐ何かがあると判断してやってきたということだ。
「そんな折に、『今代魔王』の話を聞いてな。これはゼニの臭いがするで、って思って来たんや」
「それがよく分からないんだけど」
そもそも、僕の評判ってあんまり良くないと思うんだよね。
魔物を連れてラファスの街を占拠した、それこそシルメリアの言うように『今代魔王』である。普通の人間なら、絶対にお近付きになりたくないだろう。
自分で言ってて悲しくなるけど。
「これだけの魔物を従えとるんや。入り用なものは多いんとちゃうか?」
「いや、それは……」
ちらりと、ドレイクを見る。
ドレイクは無言で首を振った。僕の言いたいことがそれだけで分かったのだろう。
僕の軍に兵站が必要ないという事実は秘匿しておくべきことだ。少なくとも、同盟国であるオルヴァンス王国にも知られるわけにいかない。特に、相手を選ばず商売をする商人になど、絶対に流出してはならないだろう。
「生きるだけでも、必要なモンは大量にあるで。食料品は当然、衣料品に医療品、戦争をやるなら武器も必要や。おたくが欲しい言うだけ、ウチがこの国と販路を築いて搬入したるで」
「……まぁ、それは間に合ってるから」
「間に合うとる?」
「この国に残ってる備蓄だけで、どうにかやっていけてるから。別に、それほど新しい何かが必要ってわけじゃないんだよね」
「へぇ」
苦しいかもしれないけど、ひとまずそう伝えておく。
魔物だから食料品は必要ない。魔物って基本裸だから、衣料品も必要ない。住宅については、ほとんど無傷で残っているからそれほど改修の必要はない。
ただ、武器は確かに必要かもしれない。ミロの斧とか、割と劣化しちゃってるんだよね。僕もそろそろ剣が欲しいと思ってた部分もあるから。
でも、それは今すぐ必要ってわけじゃない。少なくとも二年は動けないから、その間に用意すればいいだけの話だ。
そんな僕の言葉に、シルメリアは薄く笑って腕を組んだ。
「しゃあないな……ウチも胸襟を開いて話そか」
「は?」
「ああ、スケベな意味とちゃうで。それとも、ウチの胸に興味あるんか?」
「……」
そもそも、そんな風に受け取ってないんだけど。
豊満な胸部を主張するように言ってくるシルメリアに、眉を寄せる。正直、僕も男だし興味はあるけど、今ここでそれを言うべきではないだろう。ジェシカの方も、不快とばかりに唇を尖らせていた。
あはは、とそんな僕に対してシルメリアは笑った。
「冗談や冗談。そんな顔しぃな」
「いや、だから……」
「まぁ、分かりやすく言うとな……ウチは一応、色々調べてから来とんねん。この国が食料品を全く必要としてない。その事実も知っとる」
「――っ!」
思わず、シルメリアの言葉に息を飲む。
「どこからも食料品を仕入れてへん。この街に、これだけの数の魔物を養えるだけの食料品があるとは思えへん。そうなれば、結論は一つや。『魔物はメシを食わへん』……ちゃうか?」
「……それ、は」
「秘密にしとくつもりやったら、偽装の輸入ルートでも確保しとくべきやったな。少なくとも一月、魔物の大群を養うだけの食料をどこからも仕入れてへん。そんなん、鈍い奴でも気付くわ」
「……」
そんなこと、考えもしなかった。
だけれど確かに、シルメリアの言う通りだ。
僕の考えは、甘すぎた――。
「まぁ、本題はここからや」
「……どういうことだ?」
薄くシルメリアが笑う。
整った顔立ちゆえに、どこか悪人めいたその笑みは、薄ら寒さすら感じさせるものだった。
「こっから先は、ゼニの話や」
「……」
「よぉく覚悟して、耳の穴かっぽじって聞きぃや。ゼニが絡んだ以上、
「……」
ここまで聞いて、よく分かった。
僕は、とんでもない女を相手にしているらしい。
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