第9話 訪れた珍客
僕に縋って「我も頼む! 頼む!」と言っていたパピーは、とりあえず沈めておいた。
だって、ねぇ。ミロやギランカ、アマンダたちは、僕のことを信じて身を任せてくれた。その上で成功して、かなり強くなったわけだ。
それを最初は嫌だと拒みながら、成功した途端に掌を返すような態度をとるのはなんとなく気に食わない。パピーの罰は、とりあえず僕の陣営の中で最弱になってもらうことから始めるとしよう。邪竜グランディザイアとか呼ばれていたパピーの鼻っ柱を折るには、ひとまずそれが一番だと思った。
さて。
僕は僕で、とりあえず東門に行くことにしよう。なんか、誰か来てるみたいだし。
「ええと……とりあえず、そうだな。ミロとドレイクだけ僕と一緒に来い。残りは適当に仕事やってて」
「おう、ご主人」
「承知いたしました、ノア様」
僕についてくるミロとドレイクだけが、そう答える。
一緒に来る相手にミロを選んだことに、特に理由はない。まぁ、僕の仲間の中では一番魔物らしい魔物だと思うから、使者への脅し代わりに連れていくだけだ。そしてドレイクは、いざというときに僕の代わりに使者の相手をしてもらうためである。そして、そのために《
まぁ、別に戦うつもりはないけどね。僕、とりあえず動くなってフェリアナにも言われてるし。
「うーん……」
しかし、帝国から使者が来たとすれば、一体何の用なんだろう。
既に僕は――というよりグランディザイアは、オルヴァンス王国と盟約を結んで直後にこの街を攻め落とした。宣戦布告なんてあってないようなものだし、僕と帝国の使者が会う理由なんて全く心当たりがない。
もしかすると、この街を返せとか言い出す奴なのだろうか。
だからといって、僕が返す義理も理由もないのだけれど。
「ドレイク、どう思う?」
「はい」
もしもオルヴァンス王国から誰か来たとしたら、西門だ。
帝国に近いのは東門だから、多分帝国側からの来訪者だと思うんだけど。
「帝国の使者とは考えにくいと思われますね。現状、我が国に使者を送る理由もありませんし」
「和睦とか」
「ろくに交戦もしておりませんし、我が国のために帝国は限りなく防衛線を下げています。帝国は、今のこの機に和睦を申し込むような性質ではありますまい」
ドレイクの言葉に、頷く。
それもそうか。
大体、僕って完全な侵略者だもんね。そして、そんな僕を相手に和睦交渉に来るとか確かにありえないだろう。
そもそも、無実の罪で僕の家族を殺した帝国と、和睦するつもりなんてない。もし和睦交渉だったとしても全力で蹴るつもりだ。
「じゃあ、誰が来たのかな?」
「パピー殿は、使者とは言っておりませんでしたからな。もしかすると、まだこの街の陥落を知らない冒険者が訪れたのかもしれません」
「あー、その可能性高いかも」
「ただ、それも考えにくい話ではあります。冒険者の間で、情報などすぐに流れますから。特に、危険に関するものは」
「そうなんだ」
ドレイクが首を振る。
まぁ、確かに冒険者の間って、情報が流れるの早そうではあるよね。
それに、僕がこの街を占拠してから、既に一月以上経過している。今まで一人もやって来なかったのに、今になって誰かが来るというのは確かに考えにくい。
なんだよドレイク、自分から言いだしておいて自分で否定するなよ。
「もしかすると、オルヴァンス王国から追加で人員が来たのかもしれませんな」
「どういうこと?」
「ジェシカ姫の世話係などです。一国の姫君ですからね」
「あー、確かにそうかも」
一応、ジェシカには宮廷(仮)の一室を与えている。
何人か世話係にエルフを配置してるけど、やっぱり国元の人がいいかもね。
「ジェシカ姫の世話係として任命したエルフたちは、家事に優れた者を選出して配備いたしました。もちろん、ジェシカ姫の監視役も兼ねておりますので、それなりに腕の立つ者に限定しましたが。ですが、世話係を寄越したとなればこちらから断ることも難しいでしょう。諜報員は、間違いなく潜んでいると思われます」
「まぁ、そうだよね……」
「エルフたちに、いざとなれば護衛の男を籠絡するようにと伝えておきます」
「……」
エルフに何させようとしてんのお前。
一応、エルフも僕が守るべき国民なんだけどさ。ただ、大半まだ森の奥で静かに暮らしてるから、とりあえず誰も入らないように森の近辺を警護させるくらいしかしてなかったりする。
「まぁ、敵なら俺らが暴れるだけだぜ、ご主人」
「嬉しそうだな、ミロ」
「ああ。さっさと、ご主人が強くしてくれたこの力で戦いてぇ」
「はいはい」
その気合いは、いずれ帝国と衝突したときにでも存分にぶつけてもらおう。
とりあえず、ただの使者なら戦うことはないだろうし。
「おっと……」
そんな風に会話をしているうちに、東門に到着した。
そして、響いてくるのは何やら揉めているような声。
「せやから、別に変なことするつもりはあらへんわ! ただウチ、この街の様子を見たい言うとるだけやん!」
「もう間もなく我らの王がやってくる! それまで待て!」
「ええやん、来るまでの間だけでも中の様子だけ見せてや!」
「今、使いをやっている! ここで待て!」
東門。
そちらの警備をしているのは魔物が二匹と、エルフが一人だ。ちなみにこちらのエルフは口調は割と大人っぽいけど、まだアリサ曰く成年には達していない者であるらしい。ちなみに男性である。
そして、そんなエルフと口論しているのは若い女性だった。やたらと豊満な胸を強調するような服を着ている、短く揃えた茶髪に眼鏡をかけた美女だ。恐らく旅人であるのか、実用的な輜重馬車が女性の隣にある。
しかも、随分と口調に訛りがある。このあたりより、もっと南の方の言い回しだ。
勿論、僕に見覚えなどあるわけが――。
「ああっ! あんたかっ!」
「へ……?」
だけれど、そんな女性は。
僕を見つけたその瞬間に指差して。
止めようとするエルフを足蹴にして、僕に向かって駆け出してきた。
「あんたが、ここの王様やな!」
「へ? い、いや、え? だ、誰……」
「おいてめぇ! ご主人に……!」
「強大な魔物を従え、帝国の街を落とした『今代魔王』! あんたに会うためにウチはここまで来たんや!」
「は……?」
女性は胸を張り、その態度と同じく大きな双丘を見せつけるように。
目元の眼鏡をくいっ、と上げて、僕を見た。
「ウチはシルメリア・ノーフォールや! よろしゅう頼むで! あんたの噂を聞いて、はるばるここまで来たんやからな!」
「なんで……?」
「そりゃ、決まっとるやろ!」
女性――シルメリアは、そう言って僕の前で己の人差し指と親指を合わせる。
それは、端的に言うならば――金を意味するジェスチャー。
同様に、その整った顔立ちにも、にやりと笑みを浮かべて。
「商人は、金の臭いがするところに集まるもんやで!」
「……」
なんだろう。
胡散臭さしか感じない。
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