第13話 真の『商品』

「まぁ、最初や。『魔物はメシを食わへん』……この事実、おたくらは隠したいことやと思う」


「……まぁ、そうですね。できれば秘匿しておきたい事実です」


「だったら、ウチがその証拠を用意したるわ。ウチの商会に『今代魔王御用達』の印をつけてくれたら、販路に輸入ルート、建国から現在に至るまでの輸入記録、全部用意したる。魔物はメシを食わへんわけやなく、ウチの商会が一手にそれを引き受けてたんや、ってことにできるで」


「……」


 ぴくりと、ジェシカの眉が動く。

 確かに、まだその情報は帝国が確信しているとは思えない。

 シルメリアのように、確信を持って『魔物は食事をしない』と考える人間は少ないと思う。ならばそこに、シルメリアの作る偽装の輸入ルートを作っておけば、帝国側からはこの情報は確信に至らないはずだ。


「なるほど……確かに、情報を漏洩させないためには必要な手段かもしれませんね」


「そういうことや。もっとも、代金はきっちり頂くで」


「でも……記録に残しておくだけでは、不自然に思われませんか? 少なくとも、一万匹以上の魔物が暮らす街に食料を卸しているとなれば、物流の動きも必要でしょう。記録だけ残しておくのでは、不自然に思われますよ」


 ジェシカが鋭く、そう指摘する。

 だけれど、そんな反応など想定内だとばかりに、シルメリアはほくそ笑んだ。


「当然や。勿論、ウチはその分だけ食料品を仕入れる。今までの分はウチの貯蔵庫から捻出したことにしとくけど、今後は仕入れも必要になってくるやろな」


「でも、この国に食料は必要ありません。なら、それだけの食料をどうするつもりですか?」


「まぁ、そうやな。寂れた農村にでも、格安で提供したればええやろ。この大陸で『食料なんて必要ない』なんて言える国、ウチはここの他に知らんからな」


「つまり……」


「ああ、そういうことや」


 くくっ、とシルメリアが目を細めて。

 告げた。


「ウチはあんたらに、『食わへんメシに金を払え』って言うとんや」


「……」


「勿論、本来なら必要ない金や。ウチも大口取引ってことで、仕入れ値ギリギリで卸すような形をとる。そんで、実際のところは空取引……どや?」


「なるほど……」


 ごくりと、ジェシカが唾を飲み込む音が聞こえる。

 確かに、情報を漏洩させるわけにはいかない。

 この事実が、今後どうプラスに働いていくのかは分からないけれど、打てるべき手は打っておくべきだろう。

 シルメリアの提案は、そういう点では確かに乗るべきかもしれない。

 だけれど。


「あなたが、どれだけ強欲か……よく、分かりますね」


「その通りや。金に狂ってへん商人はどこにもおらんで」


「我が国から食料品の代金として金をせしめて、実際は搬入しない食料品を寂れた農村に提供して金を得る……そういうこと、ですね」


「ま、分かりやすく言うならそういうことやな」


 苦々しく、ジェシカが呟く。

 この提案は、あまりにも一方的――シルメリアにばかり、益のある話だ。

 確かに、情報を秘匿したいこちらとしては、乗るべき提案かもしれない。だけれど、それでシルメリアばかり得をするというのは、ちょっといかがなものかと思ってしまう。

 これは、僕の心が狭いせいなのだろうか。


「話になりませんね」


 でも、ドレイクはそう即答した。

 シルメリアは自信満々に言ってきたのだろうけれど、どうやらドレイクの気には召さなかったらしい。

 うん。僕もあんまりお気に召してはいないから、ドレイクと同意見だ。


「あなたは、この国を脅しているという自覚があるのですか?」


「何のこっちゃ分からへんな」


「あなたの言い分は、随分と迂遠な言い方をしましたが……分かりやすく言うと、こうでしょう。『秘密を守って欲しければ金を払え』」


「おやおや……」


 ドレイクの言葉に対しても、不敵な笑みを浮かべるシルメリア。

 なるほど。僕にもやっと違和感が掴めてきた。なんとなく気に食わなかった理由は、それだ。


 シルメリアは――こいつは、僕たちの国を、脅しているんだ。


「ま、そういうことになるんかな」


「ノア様、この商人はもうお帰りになってもらって構いませんね?」


「へ……?」


 唐突に、ドレイクからそう声をかけられる。

 どうやらジェシカも同意見らしく、苦々しく頷いていた。


「『魔物に食事が必要ない』という事実は、確かに守りたい秘密ではあります。ですが、そこまでお金をかけて秘匿しなければならないわけでもありません。でしょう、ジェシカ姫」


「ええ。せいぜい、帝国がグランディザイアに対する脅威度を少しばかり上げる程度でしょう」


 ドレイク、ジェシカが続けてそう言う。

 だけれどシルメリアは、変わらず笑みを浮かべたままでくいっ、と眼鏡を上げた。


「そう言わんと、嬢ちゃん。人の話は最後まで聞くもんやで」


「これ以上何を……」


「今までの話は、こっちの利や。そんで、こっからの話は……おたくらの利や」


 シルメリアが、自信満々にそう告げる。

 現状、僕たちがシルメリアと取引する利点はなさそうだけど。そんな僕たちの疑念を吹き飛ばし、取引をしたいと思わせるだけの何かが、まだ彼女の中にはあるのだろうか。

 ごくり、と思わず唾を飲み込む。


「……こちらに、利のある話だとは思えませんね」


「その利を、今から話したるわ。嬢ちゃん……さっきの名乗りからして、オルヴァンス王国の王族やろ? まぁ、何でここにおるんかは知らへんけど」


「それを、あなたに話す必要があるとは思えません」


「おお、怖。そんなに怒ったら、眉間に皺が増えるで、嬢ちゃん」


「ふざけているのなら、ここでお話を終わらせていただきますが」


 きっ、とジェシカがシルメリアを睨みつける。

 でも、あくまで八歳の幼女が睨みつけているだけだから、怖くも何ともない。

 むしろ僕から見ると、幼い子供が背伸びしているようで、微笑ましいようにすら思える。本人に言ったら怒られそうだけど。


「まぁ、ええわ。でもな……オルヴァンス王国の王族にしては、嬢ちゃん、読みが甘すぎるで」


「……どういうことですか?」


「さっき言うたな。『帝国がグランディザイアに対する脅威度を少しばかり上げる程度でしょう』ってな」


「それが……何か?」


「んなわけないわ。脅威度? そんなもん、爆上がりや。最高地点までぶっ飛んだ爆上げや。間違いなくな」


 シルメリアが、そうばっさりと告げる。

 そして同時に、ぴくりとジェシカの眉も動いた。


「よぉ考えてみ。何のために砦があると思う? 何のために関があると思う?」


「それは……」


「ずぶの素人でも分かる答えや。簡単な話、敵の補給線を遮るためや。砦を無視して進軍したとしても、その後の補給線が続かへんように、砦っちゅうのは建設されとるんや。補給がなければ、軍隊なんざ働けへん。せやから、軍隊はゆっくりゆっくり進軍するんや。砦を落として、関所を壊して、街を占拠して、ゆーっくり動くんや。そうやないと、補給が届かへんからしゃあないわな」


「……」


「そんな中に、補給が一切必要ないクソ強い軍隊がおるって知られてみぃ。砦も関も無視して、帝都にまっすぐ来ることのできる軍隊や。そんなもん、恐ろしいてたまらんわ。もしもウチが帝国の軍を操れるんやったら、全力で今からカチコミかけるで。それこそ、帝国の軍全部使うてな」


「……」


「おたくの国の魔物が、どんくらいおるかは知らへんけど……帝国の全力を凌げるほど、おるんか?」


 帝国の全力。

 それは、元帝国民である僕にも分からない。だけれど、間違いなく数万、下手をすれば十万単位の兵士がいるだろう。

 そして、形振り構わずに兵を集めるとなれば、冒険者も召集されるだろう。ドレイクと同じ、Sランク冒険者もいるだけ召集されることになる。

 その全力を受け止め、凌ぐ力。

 それが果たして、僕の部下一万五千匹弱の魔物たちに、あるだろうか。

 どうなんだろう。

 ぶっちゃけ、あると思う。あんまり怖くないし。


「まぁ、これがウチからあんたらに提供できる、利の一つや。ちぃと考えたら分かることやけどな」


「結局のところ、『黙っていてほしければ金を出せ』としか聞こえませんがね」


「事実、そう言うとる。間違ってはないな」


「……ちっ」


 ドレイクの言葉に対しても、そう傲岸不遜に笑うシルメリア。

 そして改めて僕を見て、シルメリアはひらひらと手を振った。


「まぁ、これはさっきの話の、ちょっと発展した形や。これだけやと、そっちの利としては弱いことくらい分かっとる」


「……」


「せやから、ちゃんとあんたらの利として、でっかい商品は持ってきたで。これなら、満足してもらえると確信しとる」


「……早く、それを話してください」


 ジェシカが、疲れたとばかりに額に手をやる。

 まるで、話術だけでこちらが追い込まれているような感覚だ。自然と、シルメリアの話を聞いてしまうような。

 僕には、口を挟むことができない。

 むしろ、シルメリアの堂々とした態度に、畏怖すら覚えてしまっていた。


「情報や」


 シルメリアの形の良い唇が。

 そう、『でっかい商品』とやらの正体を、端的に告げた。

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