第14話 取引成立

「え……」


「ウチは、まぁまぁ手広くやっとる商会でな。特に情報は大切にしとる。情報なんざ、っちゅう考えかたもあるかもしれへんけど、ウチは同業者に勝つために、最も必要なんは情報やと思っとるんや。断言してもええけど、あんたらの国……食料が必要ないって気付いとんは、帝国広しといえどウチだけや」


「……」


 シルメリアの話を、真剣に聞く。

 僅かにでも、聞き漏らしがないように。この女との対話が、この国の未来を決定するかもしれない――そんな予感すら、覚えてしまう。

 それはドレイクとジェシカも同じようで、眼差しは真剣だ。


「ウチの手勢は、帝国の中枢にもミュラー教の大神殿にも、オルヴァンス王国の内部にも潜入しとる。その情報を、一手に集めとるんがウチや。帝国の今後の動き、ミュラー教大教皇の動き、姫さんの前で言うんもアレやけど、オルヴァンス王国の考え……まぁ、そのあたりの情報を提供したる」


「それ、は……」


「まぁ、ウチも鬼やない。簡単な情報くらいは、サービスで教えといたるわ。ただし、アメリアの商人は吝嗇ケチなのが共通や。あんたらの最も欲しい情報は、取引が成立せぇへん限り教えへんで」


「聞こう」


「ノア様!?」


 ドレイク、ジェシカの二人が言い淀んでいる中で、僕が口を挟む。

 シルメリアは、己の価値を売り込みに来た。そして、その価値を今、ここで示した。

 ならば、その価値を判断するのは、僕の役目だ。


「サービスで教えてくれるんだろう。だったら、まずそれを聞かせてもらう」


「ああ……ええ判断やで、今代魔王様」


「ノア・ホワイトフィールドだ。ノアでいい」


「ほんじゃ、ノアさんやな。まぁ、大した情報ってわけやないけどな……帝国が、ハイドラの関まで防衛線を下げたこと、知っとるな?」


「それは知ってる」


 その情報は、既にフェリアナから教えてもらったものだ。目新しくも何ともない。

 それが、サービスで出せる情報だと言うなら――。


「まぁ、聞きぃ。面白いんは、こっからやで」


 くくっ、とシルメリアが唇を歪める。

 そして、その形の良い唇は。

 信じられないことを、告げた。


「そのハイドラの関な。守っとる隊長は、あんたの兄……レイ・ホワイトフィールドや」


 それは、兄さんが生きていたことに対する安堵よりも。

 いずれ、兄さんと戦わなければならない、そんな未来を。

 僕に、告げた。













「それじゃ、今後ともよろしく」


「ああ、よろしゅう頼むで」


 話は、とんとん拍子に進んだ。

 ひとまず情報を得ることは、僕たちにとっても大切なことだ。そして、帝国の中枢やミュラー教大神殿への伝手を持ち、情報を流してくれる相手は貴重ということで、取引を開始する流れになった。

 結局、取引内容としては毎月僕たちが金貨十枚を支払い、偽の食料品輸送ルートを作ってもらい、必要に応じて情報を流してもらう、という形だ。最後までシルメリアに翻弄されていた気はするけれど、ひとまず落ち着くべき場所に落ち着いたと言っていいだろう。

 信頼できる取引相手というわけじゃないけど、金払いさえ良ければ信用はできる相手だ。


「それで……まぁ、当面はこういう形でやってもらうよ」


「ま、それはしゃあないわな。ウチも、ないもんを出せとはよー言わんわ」


「まぁ、ね」


「それに、元々ウチの目的はこれや。まさか一発目で手に入るとは思わんかったけど、これならナンボでも歓迎やで」


 笑いながらシルメリアが持ち上げるのは、じゃらっ、と音がする小袋だ。

 当然、その中に金貨なんて入ってるわけがない。というか、この国のどこを探したところで、金貨十枚なんて大金は見つからないだろう。

 その中に入っているのは、パピーの鱗だ。

 そもそもシルメリアの提示した『魔物の素材』――そのうち、シルメリアが最初に価格を示したドラゴンの鱗である。パピーの鱗三枚で金貨一枚という破格の値段で買ってもらえるわけだから、こちらとしても助かるというものだ。

 当面は、ひとまずパピーの鱗を剥いでシルメリアに引き取ってもらう形で、取引は進んでいく予定である。


「あと、ご注文の品は十日以内に届けに来るわ。その分も上乗せしてもろとるしな」


「うん。待ってるよ」


「毎度。今後とも、ノーフォール商会シルメリア支店をよろしゅう頼むで」


 パピーの鱗は、数えたら四十枚ほどあった。

 計算上は、パピーの鱗三十枚で取引は成り立つのだけれど、端数を残しておいても仕方ないってことで全部渡したのだ。その代わりということで、僕が注文した品がいくつかある。

 それは、幹部たちの武器だ。

 ミロの斧はかなり劣化しているし、ギランカの山刀マチェットも錆びている。チャッピーの棍棒も安っぽい代物だし、バウには後付けの爪とかあったら強いだろうと思った。そのあたりを色々言って、シルメリアに全部仕入れてもらうことになったのだ。

 あとはリルカーラ遺跡で折れてしまった、僕の剣も。僕の剣は、下手なものだとすぐに折れてしまうから、それなりに高いものを選んだ。


「あのさ」


「ん?」


「一つ、教えてほしいことがあるんだけど」


 踵を返し、去っていこうとしたシルメリアを、そう呼び止める。

 別に、大したことじゃないんだけど。ただ、ちょっと気になったことがある。


「シルメリアは……僕の国に食料が必要ないってこと、シルメリア以外は知らないって言ってたよね」


「ああ、言うたで」


「なんで? もしかすると、他の国だって情報を得てるかもしれないじゃないか」


「そんなもん、簡単や」


 ははっ、とシルメリアは白い歯を見せて、快活に笑みを浮かべた。

 そんな質問なんて、想定内だとばかりに。


「あんたらが街を占拠して、七日目くらいか。その時点で、食料品を仕入れとる様子がなかったからな。こりゃええ機会やと思って、ウチの商会が卸しとる形をとったんや」


「え……」


「まぁ、賭けやったけどな。蓋を開けてみりゃ、十日経っても二十日経っても食料品を仕入れとる様子がない。こりゃ、魔物はメシを食わへんこた間違いないわって思ったで。ま、ウチの先見の明ってやつやな」


「……」


「帝国は完全に、おたくらの国がウチの商会から食料品を仕入れとることを信じとる。他の国も一緒や。せやから、この事実はウチ以外に知らんって言うたんや」


 まじかよ。

 シルメリア、最初から全部分かってた上で、既に手を打ってやがったのかよ。

 これは、僕たちの完敗だ。


「ほなな」


 ひょいっ、とシルメリアが片手を上げると共に、馬車の手綱を引く。それと共に、馬車が動き始めた。

 馬車の影が次第に遠くなり、豆粒のように小さくなった時点で、僕の口から大きな溜息が漏れる。


「はー……完全にやられちゃったねぇ」


「ノア様、申し訳ありません……あまり、お役に立つことができず……」


「いいよ、ジェシカ。向こうが一枚も二枚も上手だっただけさ」


 まぁ、商談とかは軍師の領分じゃないもんね。

 ジェシカには、これからやってもらうことが多々ある。下手に。今回の件で評価を下げることはない。

 それはドレイクも同じだ。ドレイクだって、元は冒険者ってだけで僕のサポートをしてもらっているわけだし、シルメリアにやり込められたからといって怒りはしないさ。

 ただ、ちょっと高い授業料にはなったかな。

 あれ。

 でも、少しだけ疑問に思う。

 ジェシカ、『魔物が食事を必要としない』ってこと、知らなかったはずだよね。

 何も驚いてないように見えたけど、どうしてだろう。


「……」


 ジェシカを見るけれど、普段通りだ。

 あれかな。いきなり与えられた情報だけど、それを加味して立ち回った、みたいな感じなのかな。さすがは軍師、ってことか。

 さて。

 それより、僕は僕のやるべきことをやらなきゃね。


「さて……『魔物呼び寄せ』」


 頭の中でパピーの姿を思い描いて、スキルを発動する。

 このスキル使ったことなかったけど、まさに今こそ使う機会だろう。あいつ、今どこにいるのか分からないし。

 僕の力ある言葉と共に、目の前に白い光が生まれて、それが輪となる。

 その輪の中に――ゆっくりと、パピーが現れた。


「む……? む? なんだこれは。おい小僧、貴様何をした。我は森の塒で昼寝をしていたはずなのだが」


「ああ、パピー。よく来てくれたね」


「は……?」


 ぼきぼきっ、と指を鳴らす。

 それと共に、パピーが僅かに一歩たじろいだ。


「さ、やろうか」


「こ、小僧。わ、我、嫌な予感しかせぬのだが……!」


「大丈夫。痛くするからね」


「その言葉のどこに大丈夫な要素があるのだ!? お、おい、貴様ら!?」


「往生してください、パピー殿」


「ドレイク!? どういうことなのだ!?」


 慌てるパピーに、ゆっくりと近付いて。

 僕は、満面の笑みを浮かべた。


「パピー」


「こ、小僧……?」


「これは必要なことなんだ。決して僕がパピーを憎いとか、お前最近生意気だからこらしめてやろうとか、僕の命令普通に拒否するから腹立つとか、合法的にお前を虐めるチャンスとか、そういう気持ちは一切ないんだ」


「本音がダダ漏れだぞ!?」


「だから」


 体術レベル88の、その全力でパピーに近付いて。


「鱗よこせやぁぁぁぁぁぁっ!!」


「何故だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る