第4話 呼び出し

 丁度公開演習も終わったところだし、とりあえずドレイクと、控え室でアリサと話していたジェシカに声をかけて、一緒に街の入り口へと向かった。


「この時期に、帝国の使者ですか? 目的が見えないですね……」


「宣戦布告する手間が省けたといったところですな。何でしたら、使者の首を塩漬けにして送り返してやりましょう」


「お前の発想が怖いよ、ドレイク」


 さすがに、それは帝国の怒りを買うだろう。

 それに、もうラファスの街を落としたことで、宣戦布告は終わっているようなものだ。そもそも、オルヴァンス王国の最前線に傭兵は派遣しているから、帝国からすれば僕の国とも現在進行形で戦っているようなものである。

 つまり現在、僕の国と帝国は敵対関係にあるのだ。そんな敵国に対して使者を送る、帝国の考えが理解できない。

 ジェシカが、「目的が見えない」と言って悩むのも当然だろう。


「もしも和平の提案でしたら、どうなさいますか? ノア様」


「断る。以上」


「使者の首は」


「斬らないよ。戦場でもあるまいし、そんな血生臭いことはねぇ」


 ドレイク、そんなに使者の首に拘らなくても。

 そんな風に話しているうちに、街の入り口が見えてきた。当然そこには、騎乗したままの全身鎧が十数名に妙に豪華な馬車が一大。そして門番のエルフとオーガーのチャッピーがいた。

 そういえばチャッピーいないなぁ、って思ってたけど、今日は門番担当だったんだね。


「ノア様!」


「ご、ごしゅ、ごしゅじん……!」


「お待たせ。ここからは僕が代わるよ」


 帝国騎士の鎧を纏った、騎馬兵たち。

 馬から下りていない時点で、全く友好的に応対しようとするつもりがないのが分かる。全く、わざわざ何をしに来たのさ。

 あと、先頭はやっぱり見たことのある姿だし。


「久しいな、ノア」


「やっぱり兄さんか。何の用?」


 その先頭にいた騎馬兵の隊長――それは、僕の兄レイ・ホワイトフィールドだった。

 以前は、「配下の魔物たちを皆殺しにして帝国に降伏すれば、お前だけは助けてやる」とか戯言を宣っていた。僕が受け入れるはずもないというのに。

 またそんな下らないことを言ってくるなら、もう兄とも思わない。僕は僕の国を守るために、帝国と戦うだけだ。


「ここで戦うって言うなら、別にいいよ。もう、血の繋がった家族だとは思わない」


「あまり結論を急ぐな。今回やってきたのは、お前と戦うためじゃない」


「は?」


「そもそも、今日の俺は帝国の使者ではない」


 レイ兄さんの言葉に、僕は眉根を寄せる。

 レイ兄さんが所属しているのは、ドラウコス帝国だ。それも、騎士団長という立場にある。本人曰く、ハイドラの関を守っているのだとか。

 そんな兄さんが帝国の使者ではないとか、ちょっと何言ってるか分からない。


「今日の俺は、ミュラー教の使者だ」


「ミュラー教?」


「ああ。大教皇ルークディア・ライノファルス様の名代としてやってきた」


「……」


 ミュラー教が、僕に一体何の用なのだろう。

 そもそも僕の国に、宗教とかそういう概念はないし。というか、ミュラー教って僕詳しく知らないんだよね。

 魔物の信者も受け入れるとか、そういう懐の広い宗教なのかな。だから、グランディザイアの国民――魔物にも信仰を受け入れさせるように、教会を作るとかそういう話か。

 正直、魔物が宗教を信じるとは思えないけど。


「一緒に来い。大教皇が、お前に会いたいと言っている」


「やだよ。大教皇って、帝都にいるんだろ。僕は今、帝国と敵対している状態なんだけど」


「それも承知の上だ。その上で、大教皇はお前と話したいと言っている」


「へぇ……」


 兄さんの言う通り、本当に大教皇が僕を呼んでいるのかもしれない。

 だけれど、かといって僕が従う必要はどこにもないよね。

 大体、用があるなら自分で来ればいい。わざわざ僕を呼び出さなくても、大教皇が自分でここまで来ればいいんだ。

 だというのに僕をわざわざ帝都に呼びつけるということは、僕のことを下に見ているのだと考えていい。


「さすがに、それは無礼が過ぎると思いませんか、帝国騎士」


「田舎者のオルヴァンス訛りが聞こえるな」


「でしたら、どうぞ耳をお塞ぎください。わたしはノア様の言葉を代弁しているに過ぎませんので」


 ジェシカを相変わらず馬鹿にするのも、兄さんの悪癖だ。

 こんな態度をとるから、僕だって真面目に話しているのが馬鹿らしくなってくるんだよ。


「大教皇がノア様に御用とあれば、そちらから来るのが礼儀でしょう。大教皇にお伝えください。用があるなら、そちらから来い、と」


「……ほう。ミュラー教の大教皇を相手に、随分と不遜な物言いだ」


「我が国で、ミュラー教は信奉しておりませんので。故国でも、この国でも」


「俺もできればそう伝えたいが、できない事情がある」


「事情?」


 兄さんの言葉に、僕がそう尋ねる。

 恐らく、兄さんも僕にそう告げるのは本意でないということだろう。だからといって、僕も全てを受け入れるというわけじゃないけどさ。


「ノア」


「ああ」


「父上も母上も、兄上も生きている」


「――っ!?」


 思わず、僕は目を見開いた。

 それは、僕がフェリアナから聞いた情報と、真逆のものだ。父さんも母さんも、ハル兄さんも、全員が処刑されたと聞いたのだ。だから僕は、帝国を滅ぼすつもりだった。

 だというのに。

 僕の家族は――皆、生きている。


「兄さん、それは……!」


「全員、ミュラー教の総本山……聖アドリアーナ大神殿の地下に幽閉されている。俺も、ここに来る前に会ってきた。憔悴してはいたが、全員生きている。それは間違いない」


「だったら……!」


「だが、お前が来なければ殺すと、そう言っていたのだ」


「――っ!」


「来てくれ。これは、大教皇の使者としての言葉じゃない。お前の兄として、両親の子としての、俺の願いだ」


 兄さんが、震えるほどの力で手綱を握っているのが分かる。

 そして、振り返ることなく視線だけで後ろを示す。それは恐らく、周囲の騎士が大教皇の手の者だと僕に示しているのだろう。

 だから、迂闊なことは言えない。本当ならば、兄さんだって家族を救いたいに決まっているのだ。


「ノア様……」


「ジェシカ、ドレイク……」


「我々は、ノア様の判断にお任せします」


 そう、僕の背中を押してくれるドレイク。

 僕は――。


「……二人とも、悪いが、一緒に来てくれ」


「承知いたしました、ノア様。このドレイク、どこまでも従いましょう」


「未だ至らぬ身ではありますが、わたしの智はノア様に捧げております」


 本当に、僕の個人的事情だ。

 そこに国同士の諍いなど、全く関係がない。だから僕は、こんな招聘になど乗ってはいけない――それは、分かっている。

 だけれど。

 だけれど、さ。

 僕の家族が、生きていてくれたのなら――。


「いいよ、兄さん。一緒に行こう」


「……すまん、ノア」


 兄さんと離れて五年、僕たちは会わなかった。

 そして以前にやってきたときには、兄さんは皇帝の名代としてやってきていた。その言葉も、兄さんの言葉ではなく皇帝の言葉をそのまま告げていただけだ。

 だから、なんとなく。

 すごく久しぶりに、兄さんの言葉を聞いたような――そんな気がした。

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