第23話 最終決戦:ミロ&チャッピー

「うぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ミロは、目の前に襲いかかってくる魔物の集団に対して、己の持つ巨大な斧を振り回した。その一撃で、向かってくる集団の一部が魔素へと変質してゆく。

 死ねば、こうやって魔素に変わるのが魔物という存在だ。ミロ自身にその自覚はないが、ミロもまた魔物――ミノタウロスである。たった一匹でこのリルカーラ遺跡に生まれ落ち、そしてたった一匹で戦い続けていた。

 その記憶も、最早遠いものだ。ミロはノアと出会い、瀕死となり、その首に『隷属の鎖』が巻かれてから、生まれ変わったようなものなのだから。


「オォォォォォ!!」


「はっ! てめぇらが、同じ魔物だとは思えねぇな!!」


 咆吼を上げて襲いかかってくる魔物の集団は、どいつもこいつもレベルが高い。少なくとも、ノアの手によってレベル99に上がったミロからすれば、一撃を入れても死ななかった魔物など極めて僅かなものだ。例えば、キングハイドラとか。

 そのあたりの、参考にしてはならない事例を除けば、ミロの攻撃に耐えられる魔物など存在しない。


「おらぁっ!!」


 だというのに、ここに現れた魔物たちは、ミロの一撃で死なない奴らばかりである。

 それどころか、一部の魔物に至ってはミロの攻撃を受け止めているほどだ。矢鱈と外殻の堅いマッドタートルとか、黄金の光沢を放つゴールデンゴーレムとか。

 ぎぃんっ、と激しい激突音と共に、マッドタートルの甲羅にミロの斧が止められる。同時に両腕に痺れが走るが、それよりも注意すべきは次々と襲いかかってくる敵の群れだ。


「ちっ……てめぇだけに構ってられねぇんだよ!」


「オォォォォォ!!」


「うらぁっ!!」


 もう一度斧を振り上げて、今度は確実な致命傷を与えるために振り下ろす。

 同時に発動するのは、ミロの持つスキル――『怪力』である。一時的に膂力を倍増させるそれは、極めて短時間しか発動することができない代わりに、無双の威力を誇るのだ。

 必ず受け止めてみせる、と首を甲羅の中に引っ込めたマッドタートルに対して、ミロはその甲羅ごと打ち砕く。鮮血が散ると共に、マッドタートルが魔素となって消えてゆくのを見届けて、再び斧を持ち上げた。


 こちらは、ミロを含めて十体。

 つい先程仲間になったロボ、そしてレベルが一体だけ劣るパピーを除けば、僅かに八体だ。だというのに、まるで目の前には無限かと思われるほどの軍勢が押し寄せてきている。


「オォォォォォ!!」


「オォォォォォ!!」


「てめぇら、それしか言えねぇのかよ!!」


 ただただ、こちらに敵意を向けて襲いかかってくる魔物たちを見ながら、思う。

 こいつらと俺様は、圧倒的に違う。

 ここにいる魔物たちは、ただ殺せという命令に従っているだけだ。仲間との連携も考えず、攻撃の虚実も考えず、ただ愚直に突進してくるだけの存在だ。

 比べ、ミロは違う。

 攻撃には虚実を織り交ぜ、時には退いて仲間と連携し、自分の攻撃範囲に味方がいないように考えて戦う。そして己に与えられたスキルも、完膚なきまでに使いこなす。長く戦場で『切り込み隊』を率いてきたミロは、それが自然にできるほどに戦い慣れしていた。


「くっ……!」


 されど、数は暴力。

 百を越える群れが一斉に襲ってきては、さすがのミロでも一度に殲滅できない。斧はノアが用意してくれた一級品だが、それでも武器というのは消耗品なのだ。既にマッドタートルやゴールデンゴーレムを相手に、何度もスキル『怪力』を用いて振り回しているため、そう長くは保たないだろう。

 いざとなれば、敵の魔物が持っている武器を奪い取ってやる――そう思いながら、斧を振り回し。


「オォォォォォ!!」


「――っ!」


 斧を振り下ろした直後に、敵の背後から何かが跳躍してきた。

 それは、赤い帽子を被ったゴブリン――その速度は好敵手、ギランカと相違ないものであり、恐らくレベル90以上だろう。その手には、きらりと鈍色に光る剣を持っている。

 まずい、と脳が警鐘を鳴らす。

 伸びきった腕と、その腕の先に持つ斧は、すぐには戻ってこられない。そして速度よりも力を重視したミロの戦い方は、その戦法が『殺られる前に殺る』である。

 無防備なところにゴブリンの速度の乗った一撃を加えられては、さすがのスキル『物理耐性レベル60』でも、少なくないダメージを負うことになるだろう。

 覚悟を決めて、せめて体に力を入れて、少しでもダメージを減らす――そう考えたその瞬間に、ゴブリンの横っ面に棍棒の一撃が入った。


「なっ……!」


「グゲェェェェッ!!」


「お、おで、まもる!」


 その棍棒の主は、チャッピー。

 ミロにしてみれば弟分の魔物であり、ノアが仲間にしたオーガだ。いつもおどおどしている様子だが、そのレベルはミロと同じ99であり、スキル『怪力』に至ってはミロよりもレベルが高いほどである。

 くくっ、とミロは自然、凶悪な笑みを浮かべた。


「おぅ……ありがとよ、チャッピー」


「だ、だいじょう、ぶ?」


「なぁに、俺様の心配をするなんざ、百年早ぇぜ!」


 ミロの大斧と、チャッピーの棍棒が同時に持ち上げられる。

 いくらレベル90台の魔物の群れとはいえ、スキル『怪力』をかけた二匹の攻撃の前では、ただの一撃で朽ちる者も多い。そしてミノタウロスであるミロ、オーガであるチャッピーのどちらも、力に特化した魔物だ。

 ゴーレムを砕き、マッドタートルを弾き、ただただ力による蹂躙を行う。


「ひゃはは! いいぜ、チャッピー! さすが俺様の弟分だ!」


「う、う、うん! お、おで、おとうとぶん! ねえさん!」


「そういうときは、姉さんじゃねぇ! 姐さんだ!」


「う、うん、あねさん!」


 チャッピーの棍棒が、次いでやってきた魔物たちを弾き飛ばす。

 しかし、その隙間を縫って襲いかかってくるのは、小柄なゴブリンやコボルトといった魔物たちだ。どうしても大振りになるミロとチャッピーの戦い方では、少なくない討ち漏らしが出てしまうのである。

 しかし、それもミロは考える。どうすれば後ろに敵をやらずにおれるか。どうすれば一度に敵を打破することができるか。

 比べ、敵は考えない。ただ数の暴力だけに頼って、魔素になり残らぬ屍を乗り越えてこちらに寄せてくるだけだ。


「よっしゃ、チャッピー!」


「う、うんっ!」


「お前は、そこで存分に暴れろっ! 俺様が、残りはなんとかしてやる!」


「う、うんっ、わ、わかったっ!」


 だったら、やるべきことは簡単だ。

 チャッピーを巨大な壁として、存分に棍棒を振るわせる。そしてやや後方に陣取ったミロが、その討ち漏らしや回り込んできた魔物の相手をする。

 隙間を縫って駆け抜けてくる相手は、大抵速度に自信のある魔物ばかりだ。それでも、チャッピーの後方でその様子を確認さえすれば、こちらも準備ができるというもの。


「へへっ……やっべ。俺様、軍師になれんじゃね?」


「あ、あねさん?」


「ああ、気にすんなチャッピー。お前はそこで暴れてな」


「う、うんっ!」


 くくっ、とミロはさらに凶悪に口元を歪めて。

 それから、再び大斧を振り上げた。


「かかってきなっ! 俺様はミロ! ご主人の一の家来よぉっ!」


 かつて、リルカーラ遺跡でたった一人で戦ってきたミロ。

 その日々のことは、ほとんど覚えていない。むしろ、思い出す必要すらない。


 ミロは、ノア・ホワイトフィールドに。

 世界でただ一人の魔物使いに従う、最強のミノタウロスである。

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