第22話 決戦

 僕は、魔王リルカーラについて詳しく知っているわけじゃない。

 むしろ、その名前こそ有名であるけれど、その詳しいことを知っている人間などそういないだろう。それこそ、ミュラー教の大神殿には詳しい文献など残っているのかもしれないが、僕たちのような一般庶民は名前を知っている程度の存在だ。

 ただ、リルカーラ遺跡という大迷宮の奥底で、当時の勇者ゴルドバにより討伐されたという、歴史にその名を刻む魔王である、と。


 曰く――それは、災厄の魔王。



「あのさ……」


「……」


「僕を待ってた、って今言ったよな? どういうことだ?」


「言葉通りだ、ノア・ホワイトフィールド。余はうぬがやってくることを、長きに渡り待ち侘びた」


「どうして、僕を?」


 リルカーラが答えず、細い右腕を挙げる。

 それと共に、リルカーラの現れた神殿――その左右に並んでいた朽ちた神殿跡のような場所に、まるで異次元に繋がっているかのような穴が現れた。まるで次元の歪みであるかのようなそこから、現れるのは異形の面々。


 鷲の頭と翼を持つ獅子が。

 血塗られた剣を持つ小鬼が。

 蛇の尾を持つ雄鶏が。

 犬の頭をした小さな戦士が。

 酸の液を滴らせる蜘蛛が。

 黄金に輝く体を持つ人形が。

 三つの首を持つ魔犬が。

 群れを成す影の狼が。


 まるで異界から召喚したかのように、まるで魔物の気配などなかったこの空間に、瘴気を満たすかのように。

 絶望の顕現であるかのように――そこに、現れた。


「そん、な……」


 自然と僕は目に魔力を集めて、全力で敵軍を《解析アナライズ》していた。

 目の前に存在する魔物の群れは、その数が百を越える大群だ。そして何より、その中央にいる魔王リルカーラ。

 あまりにも、その情報量の多さに、僕の頭がパンクしそうになる。


『魔王 レベル99』

『グリフォン レベル98』

『ゴブリン レベル95』

『バジリスク レベル97』

『コボルト レベル98』

『アラクネ レベル93』

『ゴールデンゴーレム レベル94』

『ケルベロス レベル98』

『シャドーウルフ レベル95』

『サイクロプス レベル94』

『オーガキング レベル96』

『ペガサスナイト レベル94』


 ほか、多数。

 僕の視界に映るその全てが、レベル90以上ばかりという大群だ。

 比べて、こちらはミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、ドレイク、アンガス、アマンダ、キング――レベル99で戦える面々は、僅かに八体。パピーはレベルも66と低い。仲間にしたばかりのガーディアンゴーレム――ロボは、レベルのやや低い91である。

 敵の中にレベル99まで至っている者はいないが、限りなくそれに近い者がほとんど。さすがに、これで楽勝だと思えるほど、僕は頭悪く出来ていないんだよ。


「これぞ、余の従僕。うぬの従僕と競わせようぞ、ノア・ホワイトフィールド」


「もう少しフェアな戦いをしてくれると助かるんだけど」


「余は魔王。そして魔王が与うるは試練。乗り越えてみせよ」


 にやり、とリルカーラがその可憐な表情を歪めて、僕を見る。

 まるで、全てを知り尽くしているかのように。

 知っているはずのない、僕の秘密を、告げた。


「勇者よ」


「――っ!!」


 それは僕が、心から捨てたいと思っていた僕自身。十五歳のとき、天より与えられた忌まわしき職業。

 もう、僕は『魔物使い』に転職したというのに。

 だというのに。

 なのに、まだ僕に、呪いのように残ってくれてやがるのかよ、『勇者』。


「勇者……?」


「ノア様が、勇者……?」


「ご主人、勇者だったのかよ。強ぇはずだぜ」


「我が主が、勇者だったとは……」


「ご、ご主人様が、勇者だなんてっ!」


「ごしゅ、ごしゅじん、ゆう、しゃ……」


「小僧が、勇者……」


「ノア様が、勇者だなんて……」


「まさか、そうとは思わなかったわぁ……」


 魔物たちが、困惑の言葉を次々と吐き出す。

 人間にとって忌まわしい相手が魔王であるように、魔物たちにとって忌まわしい相手は勇者だ。

 古来より、魔王を倒す力を持つのは勇者のみ。それが全ての生きとし生けるものの共通認識だ。つまり勇者とは、魔物たちにしてみれば己の母を殺す相手である。

 この事実が知られたら、僕は仲間の魔物たちから忌むべき存在と見られるかもしれない。そう思って、僕はずっと黙っていたのだ。

 仲間たちが、僕をどんな目で見ているか。それが怖くて、振り返ることができない。

 魔物にとって勇者は、天敵であるのだから――。

 ぎろりと、リルカーラを睨み付ける。


「僕は、勇者を捨てた身だ。僕は、魔物使いノア・ホワイトフィールド。間違えないでくれ」


「いいや、間違ってなどいない。余を誅殺することができるのは、勇者のみ。そして、余の後継となることができるのは、魔物使いのみ」


「は?」


「貴様は、勇者であり魔物使い。そのどちらも持ち合わせし者」


「どういう……」


「これ以上、言葉は必要あるまい」


 宙に浮かんでいたリルカーラが、ゆっくりと大地に降り立つ。

 ふわりと長い髪を靡かせて、しかしその威容は魔王そのもので。

 その背後にいる、百を超える従僕へ、彼女は告げた。


「余に忠誠を誓う従僕たちよ。こやつらを滅せよ」


「オォォォォォォォッ!!」


 迷宮全体が震えるような、巨大な雄叫び。

 これほど高いレベルの魔物が一堂に会することなど、ない。ゆえに、その咆吼に込められた力も、今まで味わったことがないほどのものだ。

 だが、僕の仲間たちは、ゆっくりと前に出る。


「なるほど、なるほど……ご主人が勇者ってこたぁ、分かったぜ」


「ミロ……」


「だが、それがどうした! 俺様はミロ! ご主人の一の子分! てめぇらがご主人に手ぇ出すってなら、まず俺様が相手にならぁ!」


 直情的に、斧を振り上げてミロが叫ぶ。


「でかいのも、偶には良いことを言うものだ」


「ギランカ……」


「我が忠誠は、既に我が主に捧げている! そこに創造主がおられようと、我は我が信念と共に戦うのみ!」


 冷静沈着に、刀を構えてギランカが告げる。


「僕も、僕もご主人様に従います!」


「バウ……」


「ご主人様は、僕たちのご主人様です! 僕たちを強くしてくれたのも、僕たちと一緒に戦ってくれたのも、ご主人様です! 僕はご主人様に、恩返しをします!」


 力強く、牙を剥いてバウが吠える。


「おで、おで、は、わからない……」


「チャッピー……」


「でも、おで、ごしゅじん、すき。だから、おで、おまえ、たおす」


 おどおどと、しかし決意のこもった眼差しでチャッピーが述べる。


「ふむ。確かに我々にすれば、ノア様が勇者であれ何であれ関係はありませんね」


「ドレイク……」


「私は、この武をノア様に捧げるのみ。永劫に生きることのできる体を得た今、私は自分がどこまで高みに行けるか試したい。例えば、魔王にこの拳が通じるか」


 くくっ、と笑みを浮かべてドレイクが構える。


「我は、小僧が勇者であろうとどうでもいい」


「パピー……」


「むしろ我は、貴様を倒したくてたまらんな、魔王。何故だろうな。貴様を前にすると、血の気が騒いでたまらぬわ」


 ぎろりとリルカーラを睨み付けて、パピーが唸る。


「ふむ。儂も少しは役に立てるところを見せねばなっ!」


「私の忠誠は、ノア様にのみ捧げています。覚悟なさい、魔王」


「あらん。アタシのことも忘れちゃやーよ。ご主人サマ、役に立ってみせるわよぉ!」


「テキ、ニンシキ、シマシタ。マスター」


 アンガス、アマンダ、キング、ロボがそれぞれ、やる気を示す。

 彼らにとって、僕が魔物使いでも勇者でも、何も関係はない。ただ、彼らは僕のことを唯一の主であると認めてくれている。

 それが『隷属の鎖』の力であったとしても。

 嬉しかった。


「よし、お前たち……!」


 咆吼を上げ、今にも襲いかかってきそうな魔物の群れに向けて。

 僕は、笑った。


「行くぞっ! 魔王を、この手で倒す!」


「オォォォォォォッ!!」

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