第21話 魔王との対峙
ガーディアンゴーレム――ロボを仲間にしたことで、その後ろにあった巨大な扉がゆっくりと開いてゆく。
この景色を見たのは、これで二度目だ。あの頃は僕だけだったけれど、確かあのときも同じく、ガーディアンゴーレムを倒したら扉が開いた気がする。もう、随分と昔のことのようにすら感じるけれど。
さて。
そして、この扉を抜ければ、最奥だ。
かつて僕が忌々しい『勇者』を捨てて、『魔物使い』として生まれ変わった場所。
「……」
その向こうに広がる景色は、覚えがある。
滅びた文明の神殿のような、そんな廃墟が広がっている。折られた柱や石碑などが並んでいたそこに、僕が探し求めてやまなかった『転職の書』があったのだ。
あの頃は、ここがかつてリルカーラの住んでいた場所で、勇者ゴルドバとの戦いを経て劣化したのだと思っていたのだけれど。
「こちらが最奥ですか? ノア様」
「僕は、ここまで来て引き返したんだ。この先は知らないんだよね」
「へぇ。んじゃ、ちっと捜索してみっか!」
「おい、でかいの、先走るな!」
「お、おで、おで、も、さが、す……!」
僕は、この場所が最奥だと思っていた。『転職の書』が存在する場所の噂で、『世界最大の大迷宮の最奥』という話があったのだ。だから、『転職の書』が存在するこの場所こそが最奥だと思っていた。
だけれど、マリンの言葉を信じるならば、この迷宮で魔王は生きている。つまり、ここよりさらに奥が存在するということだ。
さて、それじゃ僕も探すか――そう思って、ちらりとパピーを見やると。
物凄く、殺気立っていた。
「……ん? パピー、どうしたのさ」
「……」
僕の言葉にも反応することなく、パピーがじっと一点を見ている。そして、それはパピーのやや後ろにいるキングも同じだった。
一体、二匹どうしちゃったんだろう。
他の魔物たちは、普通に「奥ってあんのかなー?」とか言いながら探してるんだけど。
「我は……滅ぼさねば、ならぬ……!」
「■■■■――――!!」
「グォォォォォォッ!!」
「お前らうるせぇ!」
ごんっ、とパピーの頭に跳び蹴りをかます。そして、それで吹き飛んだパピーに巻き込まれて、キングの体も僅かに揺れた。
はっ、と何かに気付いたようにキングが周囲を見回す。
「えっ……アタシ、どうしてたの? なんでグランちゃん……パピーちゃんがアタシに? そんな、パピーちゃん……気持ちは嬉しいけど、アタシあんたのことあんまり好みじゃないってゆうか……」
「貴様失礼ではないか!? そして我の名前を言い直すな!」
「うぅん……そうね。一夜の恋人代わりくらいなら、いいわよぉ」
「我の方が心底御免なのだが!?」
物凄くどうでもいいやり取りが交わされる。
でも、なんか妙になったのは一瞬だったみたいだったから良かった。今はちゃんと、普段のパピーとキングだ。
キングがぶるぶるっ、と九つの首を振って、改めてじっと見ていた一点へと目をやる。
「まぁ、ご主人サマは気付いてると思うけどねぇ」
「ああ」
「あっちよ。あの神殿の中に、魔王がいるわ。ちょっと、アタシも暴走しそうになっちゃった」
「お前らにだけ分かる、何かみたいなものがあるのか?」
「そうよ。まぁ、今言っても詮無いことだけどね」
うふふ、とキングが笑う。
まぁ、深くは聞くまい。僕はただ、そこに魔王がいると分かればそれでいいのだ。
「ふん……よもや、我があのように滑稽な姿を見せることになろうとはな……」
「……」
「何だ小僧、何が言いたい」
「別に」
普段の姿の方が大分滑稽だけど、それは言うまい。
むしろ、一点を見つめて殺気立ってたパピーは、ちょっと格好良かったもの。伝説に残るドラゴン、みたいな。
今は、うん。まぁ普通にパピーだ。
「それじゃ、行くよ。魔王とやらの顔を、拝みに行こうか」
「ノア様! そちらなのですか!」
「ご主人、待てよ!」
「我が主!」
パピーとキングが見つめていた神殿へ向けて、歩みを進める。
遠目からでは分からなかったけれど、近付けば近付くほど、ぴりぴりとした雰囲気に包まれるかのようだった。間違いなく、そこに強者の気配がある。
意図せず自然と、口角が上がるのが分かった。
キングと対峙したとき以上の威圧感が、神殿という物理的な壁を通してでも分かる。
それゆえか。
僕が歩みを止めると共に、魔物たちも足を止めた。
誰も、何一つ喋ろうとせず。
「ここに、いるんだな……」
ゆっくりと、剣を引き抜く。
守護者ゴールドバード――勇者ゴルドバと戦ったときに刃こぼれしてしまったから、新しくシルメリアに仕入れてもらった剣だ。以前よりも三割増しで高い名剣である。
そして、ごぅんっ、という激しい音が耳に届き、目の前の神殿が吹き飛ぶのが分かった。
ごくり、と唾を飲み込む。
「……」
そこにいたのは、まさに暴虐の化身。
そこにいたのは、まさに破壊の具現。
そこにいたのは、まさに絶望の権化。
そこにいたのは、まさに最強の魔王。
体から溢れる魔力は、人間がどれほど努力したところで到達できるそれではない。裸体に布を一枚纏っているだけの姿でありながら、まるで鉄巨人と相対しているかと錯覚するほどの巨大な気配。
まるで少女のような可愛らしい顔立ちをしながら、その視線だけで心の弱い者は死んでしまうかもしれない――そう思ってしまうほどの、途轍もない威圧感。
これが、魔王。
これこそが、魔王。
「よくぞ、ここまでやってきた」
「……」
「長きに渡り、うぬを待った。ノア・ホワイトフィールド」
「……」
何も、答えることができない。
僕の名前を何故知っているのか。何故僕を待っていたのか。本当に生きていたのか。そんな疑問すらかき消すほどの、圧倒的な存在感。
あまりの威容に僕も、僕の仲間たちも、何も言葉を発することができない。
「なんだ。魔王とは貴様だったのか」
そんな中で、唯一パピーだけが言葉を発した。
この中では、最もレベルが低いはずなのに。全くその威容に、存在感に、威圧感に、物怖じしていないかのように。
元勇者だった僕でさえ、足が少し震えているというのに。
魔王が切れ長の眼差しを、パピーへ向ける。
「久しい顔だ。随分と懐かしい」
「我を相手に尻尾を巻いて逃げ出した女が、随分と偉そうになったものよ」
「虚けを抜かせ、駄竜。今の余にとって、貴様など瓦石に等しい」
「ほう。貴様如きが抜かすものよ。もう一度、我から逃げ延びてみせるか」
「パピー……!」
魔王とパピーの会話に、そう口を挟む。
まるで顔見知りであるかのように話すその姿は、何の恐怖も感じていないかのようだ。ミロやギランカでさえ、震えているというのに。
それは、きっと――。
「言ったであろう。我が会ったことのある魔物使いだ。千年もの長きを生きるとは、人間も随分と頑丈になったものよ。それとも貴様、人間を辞めたか」
パピーが、ふん、と鼻息荒く魔王に向けて告げる。
レベルでは全く敵うはずのない相手だというのに、どこまでも不遜に。
「パピーが、会ったことのある、魔物使い……」
それはいつだったか、パピーから聞いた話だ。
千年ほど前に、魔物使いに会ったことがある、と。弱い眷属ばかりを連れていた女だった、と。
その名は。
「余は、魔王。魔王リルカーラだ」
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