第15話 夜になり

「こちらでごゆっくりお休みくださいませ」


「……ああ、ありがとう」


 使用人らしい女性に案内された部屋は、随分と広いものだった。

 恐らく客間なのだろうけれど、それなりに高そうな調度品が置かれている。寝台のシーツも真っ白だし、床にも棚にもちり一つ落ちていない。いきなりやってきた僕を、それなりに歓待しているという意味に受け取って良いのだろうか。

 もっとも、今僕は怒りのピークにある。不機嫌を表に出しているからなのかは分からないけれど、女官は随分と僕にびくびくした態度をとっていた。


「ノア殿、私は……」


「アリサは別の部屋だよ」


「だが、ここは敵地ではないのか? そんな場で、離れ離れになるというのは……」


「これから、オルヴァンスは同盟国になるんだよ。ここで手を出してくることはないはずさ」


 フェリアナの言葉を聞く限り、僕に不利は何もなさそうに思える。

 少なくとも帝国と比べて、僕に対する態度は非常に良い。もしも帝国と同じく傲慢な態度をとってくるのなら、少しばかり暴れてもいいかと思っていたくらいだ。

 明日の調印式でどのような条文で結ぶのかは分からないけれど、フェリアナの言葉を信じるのならば、僕に不利益のかかるような条文は挟まないはずだ。一応、僕も事前に条文は確認しなければならないと思ってはいるけどね。さすがに、全面的に信用するわけにはいかないし。

 国家間の情勢を考えれば、オルヴァンスが僕と手を結ばない理由はどこにもない。

 僕の国――グランディザイアを囲むのは、西にオルヴァンス王国、東にドラウコス帝国だ。ちょうど、二つの国の国境に存在すると考えていい。そしてオルヴァンス王国も大国ではあるけれど、ドラウコス帝国はその領土で言えばオルヴァンスの倍、兵力に至っては三倍以上という巨大な国だ。オルヴァンス王国にしてみれば、ドラウコス帝国だけでも厄介だというのに、その間に新たにできる予定のグランディザイアまで敵に回すべきではないというのが本音だろう。

 まぁ、冷静にそう分析すると、フェリアナが自ら僕を歓待したというのも理解できるものだ。僕の国は領土にしてみれば極めて僅かだけれど、ドラゴンを筆頭に操ることのできる魔物は多いのだから。


「そ、そうか……だが……」


「安心して、アリサ。いざとなったら、僕が暴れてでも助けるから」


「うむ……ノア殿がそう言ってくれるのなら、安心だ。もしもオルヴァンスが約束を違えるようなことがあれば、私は生き残ることだけに必死になろう」


「うん」


 アリサの言葉に、頷く。

 何が現れたとしても、僕がどうにかしてみせよう。いざとなれば、門の外にいるパピーだって召集するさ。

 あれ、そういえばバウが『魔物召集の吠え声』ってスキルで魔物を集めることができたけど、僕にはそういうのできないのだろうか。最近、ちょっと忙しかったから僕、自分の《解析アナライズ》してないや。

 最後に見たときには、魔物使いレベル15だったけど、今はどのくらい上がってるんだろ。一人になったら試してみよう。


「それでは、お連れ様もお部屋にご案内いたします」


「あ、ああ……頼む」


 そして、扉からもう一人の女官が現れる。恐らく、アリサを案内するために来たのだろう。

 最後にアリサがちらりと不安そうに僕を見たから、頷いておいた。大丈夫、ちゃんと僕が助ける、そう意味を込めて。

 アリサに僕の意図が伝わったのかどうかは分からないけど、とりあえず微笑みを浮かべてくれた。

 さて、あとは明日の調印式とやらを待つだけか。

 その前に、食事とかも用意してくれるのかな。僕、最近アリサが作る料理ばっかり食べてるから、もうちょっと味の濃いものが食べたいんだよね。具体的には肉が。なんでエルフには肉食の文化がないのだろう。

 と――そんな風に思いながら。

 何故か、ここまで案内してくれた使用人の女性が、扉のすぐ近くに控えていた。


「……ええと」


「は、はい。の、ノア・ホワイトフィールド様……」


「……なんでいるの?」


 伏し目がちで、妙にびくびくしている少女である。年齢は十五、六といったところだろうか。長い黒髪で目元を隠しているけど、顔立ちは綺麗に思える。まぁ、神が与え給うた最高の美形であるエルフのアリサに比べれば、そこらの村娘くらいだろうけど。

 でもこの娘、僕を案内する役目は終わったはずだよね。

 割と一人でいる時間が好きだから、こんな風に誰かがじっと近くにいるっていうのは違和感しかないんだけど。


「は、はい……今宵、ノア様のお相手をするよう、承っております……」


「……どういうこと?」


「フェリアナ陛下にお仕えしております、女官のエルザと申します……どうか、よろしくお願いします」


「はぁ……」


 なんだろう。食事の用意とかしてくれるってことかな。

 じゃ、食事の時間までは別に用事もないし、別にいいか。

 あれ、でも相手? お相手? 話し相手ってこと?

 別に僕、話し相手が欲しいわけじゃないよ。そんなに寂しそうに見えるのかな。


「それじゃ、ちょっと用事があるから出てって」


「い、いえ、その……ノア様の、お相手を……」


「いや、だから用事あるんだって。食事の時間になったら、持ってきてくれたんでいいから」


「は、はぁ……」


 女官――エルザがそう言いながら、不思議そうに目をぱちぱちさせていた。

 僕、そんなに変なこと言ったかな。まぁ、検証するのなら一人でやりたいし。

 とりあえず出てってほしいし、ちょっとだけ。


「だから、出てって。僕は忙しいから」


「で、ですが……」


「もう一度言わせる?」


「……し、失礼、いたしました」


 すっ、とエルザがそのまま、僕の部屋から出て行く。

 いや、別に何もしてないよ。ただ、ちょっと殺気を込めただけ。一般人を追い払うには、これが一番いいんだよね。

 もっと殺気を込めると気を失わせちゃうから、調整が大変なんだけど。あと、怒ると無意識に出ちゃうのが難点かな。さっき、父さんと母さんと兄さんのこと聞いたとき、無意識に出てなかったかな。


「おっと……とりあえず、やるか」


 ひとまず、やらなきゃいけないことをやっておこう。

 僕が前に自分を《解析アナライズ》したときは、魔物使いレベル15だった。特に目新しいスキルを覚えていたわけでもない。

 でも、それはドレイクより与えられた試練――小部屋で延々と手加減をしながら仲間を増やすという拷問の前だ。あの部屋で千匹くらいは仲間にしたし、レベルも随分と上がっていることだろう。

 そう期待しながら、自分で自分に魔術を起動させる。


「《解析アナライズ》」


 違和感が体を巡るとともに、目の前に半透明の文字列が浮かび上がる。

 それは見慣れた、僕という人間の全てを示すものだ。忌々しい勇者という職業を捨て、新たな道を歩んだ、僕という人間の。


 名前:ノア・ホワイトフィールド

 職業:魔物使いレベル49

 スキル

 剣技レベル99

 体術レベル88

 基礎魔術レベル43

 雷魔術レベル45

 回復魔術レベル26

 魔物捕獲レベル49

 魔物調教レベル49

 魔物言語理解

 魔物呼び寄せ

 魔物融合

 魔物心内対話


 なんか、新しいスキルが三つ増えてる。

 とうか、魔物捕獲と魔物調教にレベルがあるのは何故なのだろう。どういう効果なのだろうか。

 ひとまず、新しいスキルをさらに深く解析してみる。


 魔物呼び寄せ

 自分の仲間にしている魔物を、物理法則を無視して一匹だけ瞬時に召喚することができる。


 魔物融合

 自分の仲間にしている魔物を二体、合体させてより強力な魔物とすることができる。


 魔物心内対話

 自分の仲間にしている魔物と、距離を無視して心の中だけで会話することができる。


 ……。

 なんか、すごいの覚えてる。

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