第26話 大聖堂からの脱出

「■■■■■■■■――――――!!!」


 キングの首の一つが、激しい咆吼を上げる。

 それと共に残る首――それぞれ、まるで理性を失っているかのように白目を剥いたそれが、集まってくるのが分かった。

 どの首にも、僕が従わせている証である、隷属の鎖は見当たらない。

 こんなこと、今まで一度もなかったのに――。


「マリン、僕に捕まって!」


「は、はいっ!」


 大地が揺れる。

 それはキングが、まさに今この聖堂を破壊しようとしている動きゆえだ。一つの宮殿にも匹敵する巨体が、何の躊躇いもなく激突してくる――それが地震にも似た動きで、僕たちの立っている床を鳴動させた。

 僕は確かに、キングにこの聖堂を破壊するよう命じた。

 だが、僕の合図があってからだと、そう言っていたはずだ。そして今に至るまで、僕はキングと伝心メッセージを繋いでいない。

 つまり、僕の指示ではない暴走。

 一体、誰がこんな真似を――。


「……」


 かつて、キングはラファスの街に進軍してきた。

 街道を破壊し、木々を押し退け、大地を裂きながら進軍していたキングハイドラ――現在の姿が、あのときとよく似ている。

 僕が威力偵察を加えても、気にすることなく進軍を続けていたあのときと。

 であるならば、その帰結は一つだ。


「逃げよう、マリン」


「……ノア様」


「多分だけど……今、あいつはヘンメルに操られてる」


 守護者を使役することができる、『大教皇』という職業。

 ルークディアが使役してきたのは、キングハイドラとゴールドバードの二体だ。どちらもレベルは99――そして、その強さはレベル以上だった。

 恐らく僕の陣営で、キングと一対一で戦って勝てる者はいないと思う。僕でも厳しいし、パピーは言わずもがな。リルカーラでも、かなり苦戦するだろう。

 体の大きさというのは、それだけ厄介なのだ。


「何故……何故、ヘンメルが、この神殿を破壊しようと……」


「それは、分からないけど……」


「わたくしは……この地を中心にして、ミュラーの教えを……ううっ……!」


 マリンが涙を流す。

 新たに大教皇となったマリンは、悩む人々にミュラーの教えを広めたいと、そう言っていた。迷える信者を拒むことなく、遍く人々に平等に教えを伝えていきたいと、そう考えていたはずだ。

 僕もこの神殿を破壊するつもりだったことは、一応黙っておく。


「とにかく、逃げるよ。グランディザイアの中に、ミュラー教の神殿を建てる。これからは、そこで布教に勤しむといい」


「ですが……」


「悪いけど、聞かない。事態は、一刻を争うんだ」


 現在も、揺れ続けている聖マリン大聖堂。

 崩壊するのも、もう時間の問題だろう。ただでさえキングの巨体は、この聖堂よりも大きいんだから。

 僕はひとまずマリンを横から抱き、肩の上に抱える。


「きゃあっ!」


「暴れないでもらえると、僕としては助かる」


「し、しかし……こ、こんな淫らな……」


「……淫らなのかな、これ」


 僕としては、荷物を抱えてる感じなんだけど。

 ただ僕の体に当たってる色々な部分が、「女の子って柔らかぁ」と思わせるのは、男の本能として許してほしい。マリン、意外と出てるとこ出てる。

 さて、それでは。


『パピー』


『小僧……悪いが、まともに近付けぬぞ。下手に近付けば、我があやつの攻撃に巻き込まれる』


『上空から、窓の近くに滑空してきてくれ。僕がお前の上に飛び乗る』


『……出来るのか?』


『出来るかどうかじゃない。やるんだよ』


 下手に出口でも探そうと思えば、その前に建物が崩壊する危険がある。

 だったら最初から、この部屋の最も近い出口――窓から脱出するしかない。

 僕一人なら飛び降りるところだが、マリンを抱えている以上、安全は確保する必要があるだろう。


『だが……』


『キングの攻撃に、当たるか?』


『あやつの攻撃を避けようと思えば、我もそれなりの速度を出さねばならぬ。だが速度を出せば、小僧が飛び乗ることが……』


『大丈夫だ。お前のトップスピードで来い』


 びきぃっ、と壁に罅が入る。

 一部がもう崩壊を始めたのか、ガラガラと何かが崩れる音も響いてきた。

 もう、時間がない――。


『それとも、お前が出せる最大速度でも、キングの攻撃は避けれないのか?』


『……舐めるなよ、小僧』


『だったら、すぐに来い。僕の位置は分かるな』


『承知した。到着する前に、三つ数える。ゼロで飛び乗れ』


『了解』


 僕はマリンを抱えたままで、窓の外にいるキングを睨み付ける。

 この場で、キングと戦う――その選択肢は、ない。

 まだヘンメルとシェリーの持っている謎の本に関する情報もないし、僕が『魔物使い』の職業を失う危険性だってあるのだ。下手に僕がキングと戦い、奴らが僕の存在を察知し、謎の本を使ってくる可能性もある。

 だから、ここは三十六計逃げるにしかず。

 ところで三十六計ってよく言うけど、内訳ってどうなってるんだろう。


『いくぞ、小僧――三!』


「マリン、しっかり捕まってて!」


「は、はい、ノア様!」


 びきぃっ、と壁の罅が強まる。

 キングの首が思い切り、弓なりに後ろに向かうと共に、勢いよくこちらに向かってきた。

 それが外壁に激突すると共に、ひび割れがさらに増す。


『二!』


「くぅっ……!」


『一!』


 現在、窓の外にいるのはキングだけだ。

 パピーは上空から、思い切り滑空してくる形であるため、僕の視界には見えない。

 だから、パピーの言ってくるタイミングに合わせることしか、僕に出来ることはないのだ。


 信じるぞ、パピー。

 信じてるからな、パピー。

 ほんと頼むよ、パピー。


『――ゼロ!』


「はぁぁぁぁっ!!」


「きゃあああああっ!」


 僕は気合いを一つ入れると共に、窓の外へと飛び込む。

 傍から見れば、遥か眼下に見える大地の上に飛び込んでいく、自殺行為だ。僕がそんな真似をすると思わなかったのか、一瞬キングの動きが止まる。

 そして、次の瞬間。

 僕の視界に飛び込んできたのは、漆黒の鱗。


「よぉし!」


「は、はわわわわ……」


 僕の飛び降りたその先に、一瞬でやってきたパピーの背中。

 そこに飛び乗った僕とマリンを、しっかり受け止めてくれた。


「しっかり掴まれ小僧! 一気に離脱するぞ!」


「了解!」


 そして、僕は片手にマリンを。もう片手にパピーの鱗を握りしめ。

 それと共に、パピーが全速力を出し、その場から離脱した。


「鱗を掴むな! 痛いではないか!」


「だったら他にどこ掴めって言うんだよ!」

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