第27話 緊急会議

「お帰りなさいませ、ノア様」


 グランディザイア王宮。

 元はドラウコス帝国のものだった豪奢な建物を、そのまま貰い受けている僕の居城だ。とはいえ、ドラウコス帝国が隆盛していた頃と異なり、ここに務めている人間は非常に少ない。何故なら、そもそも人間自体が僕の国に少ないからである。

 そのため、帰還した僕を出迎えてくれたジェシカが、ここで務めている唯一の人間と言っていいだろう。


「ただいま、ジェシカ。とりあえず、マリンを頼む」


「はい。お久しぶりです、マリンさん」


「……ジェシカさん」


「ひとまず、状況は伝えていると思うけど」


「はい、伺っています。会議室の方に集まるよう、幹部の皆様には伝えております。ノア様もそちらに。わたしはマリンさんを客間にご案内してから、そちらに向かいます」


「分かった」


 パピーの背に乗っていた間、ずっと「ひぃぃぃ!」と怖がっていたマリンを、ジェシカに預ける。マリンはようやく地に足がついたからか、物凄くほっとした表情をしていた。

 やはり女性同士ということもあるし、マリンのことはひとまずジェシカに任せるとしよう。ふらふらとした足取りのマリンに、「こちらです」とジェシカが落ち着いた表情で案内していた。

 ここに至るまで、僕は一応おおよその流れをドレイクに説明している。

 というのも、僕が伝心メッセージで繋ぐことができる相手が、魔物に限るという難点ゆえである。スキル《魔物心内会話》では、魔物以外との伝心メッセージが繋げないんだよね。

 だから二度手間にはなってしまったけど、ドレイクに経緯を説明して、ドレイクからジェシカに伝えてもらうようにした。


「それじゃ、パピーお疲れ。また何かあったら呼ぶよ」


「良かろう。ただし小僧、約束は忘れるなよ」


「分かってるよ。このゴタゴタが終わったら、お前を強化するから」


「くっくっく。ようやく我も最強になれるぞ! ふははははは!!」


 ばさばさっ、と翼をはためかせて飛び去っていくパピー。

 緊急事態だったとはいえ、安易な約束をしてしまった。パピーを強化するつもりなかったのに。

 まぁ、今後のことを考えたらパピーにも《人化メタモルヒューマン》を覚えてもらう必要があるだろうし、仕方ないと思おう。その上で反抗してくるなら、そのとき考えることにする。


「……」


 そして、僕は一応キングに向けて伝心メッセージのリンクを作る。

 狂ったように聖マリン大聖堂に向けて激突してきた、感情のない目をしていたキング――あれがキングじゃない別物だとは思えない。

 当然のように、僕の伝心メッセージは誰にも繋がることなく、霧散していった。

 やはり現在、キングは僕の支配下にないと考えていいだろう。


「はぁ……全く、厄介なことが増えるなぁ」


 全てが解決したはずの、ミュラー教との諍い。

 マリンを頂に据えることで、グランディザイアとミュラー教はよりよい関係を築けるはずだったというのに。

 そして謎の、職業を奪う本を所有しているSランク冒険者シェリー・マクレーン。

 さらに、職業『大教皇』を手に入れているヘンメル・ライノファルス。

 彼らに協力しているとされる、ミズーリ湖岸王国。


 もう、いっそのこと全部滅ぼしてやろうか――。

 そんな、まるで魔王のような考えが、僕の心を黒く染めた。













「……と、いう感じが、今までの流れだ」


 会議室。

 そこに集まった面々に向けて、僕は改めて説明を行った。

 軍師であるジェシカ、元冒険者であるドレイク、アンガス、そして魔王リルカーラにエルフの代表アリサ、それに加えてエリートゴブリン隊隊長ギランカ、警邏隊の代表としてゴルゴーンのアマンダにも同席してもらっている。

 ちなみに僕の仲間で古参のミロ、チャッピーは現在、オルヴァンス王国の要請に従って国境の方に兵を出しており、そちらの指揮官として向かっているため不在だ。


「話は聞いておりましたが……キング殿が向こうについたというのは、非常に厄介ですね」


「そうだな。ただでさえ、ラファスの街の防衛を行うときでさえ、総攻撃でようやく沈めた相手だというのにのう」


 ドレイク、アンガスがそれぞれ苦い顔で呟く。


「それよりも、わたしとしては職業を奪う本というのが気になりますね。マリンさんにも少し話を伺いましたが、特に予備動作があったわけでもなく、ただ本を見せられただけだそうです。その本を見た瞬間に、職業が奪われたと」


「職業を変える本ですか……そういう類のものは、『転職の書』しか聞いたことがありませんね」


「『転職の書』は、触れた瞬間に己の職業を変えるものだ。相手の職業を奪うなどという効果はない。しかも、職業を変えた瞬間に霧散してしまう。『転職の書』ではあるまいよ」


 ジェシカの言葉に答えるのは、ドレイクとリルカーラ。

 職業を変える――確かにその話で聞いたことがあるのは、『転職の書』だけだ。僕も実際、『転職の書』で職業『魔物使い』になった。

 だがそのとき、誰かから職業『魔物使い』を奪ったというわけじゃない。あのとき、僕以外に誰もいなかったし。


「ならば一体……」


「ひとまず、仮名称としてそれを『奪職の書』としておきます。ヘンメル・ライノファルスは何らかの手段で、『奪職の書』を手に入れたシェリー・マクレーンと接触し、己が職業『大教皇』になる機会を窺っていた。そしてマリンさんから職業『大教皇』を奪い、軟禁させていた。そう考えられます」


「そうだね」


「マリンさんの話によれば、『奪職の書』を使った後も、消えはしなかった様子です。つまり、今後彼らに不意に接触した場合、職業を奪われる危険があるということです」


「……」


 僕が仮に、何の対策もすることなく彼らに接触していた場合。

 職業『魔物使い』が、既に奪われていたかもしれない――そう考えると、背筋が震える。


「奪われて困るのは当然、ノア様の『魔物使い』……そして、リルカーラさんの『魔王』ですね」


「……余としては、別段くれてやっても良いが」


「渡る相手が敵であれば、百害あって一利ありません。比べてわたしの『詐欺師』であったり、アリサさんの『弓使い』であれば奪われても、最悪どうにかなります」


「ならば、ノア様とリルカーラ殿は最前線に立たない方がいいということですね」


「そうであろうな。儂らが前線に立つほかあるまい」


 ドレイク、アンガスが頷く。

 僕としては、非常に遺憾だけれど――。


「今後、戦争に発展した場合……少々、面倒なことになりそうですね」


「そうだね……」


「ええ。ノア様とリルカーラさんの力なく、キングさんを……キングハイドラを相手にしなければならないということですから」


「……」


 ああ、ほんと。

 僕がキング連れていかなきゃ、こうはならなかったのかなぁ。

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