第34話 溜まった仕事

 とりあえず、聖剣の話は保留という形になった。

 今すぐ必要というわけじゃないし、僕が扱うことができるとも限らないし、何よりまたリルカーラ遺跡に向かうのは面倒だ。遺跡の主であるリルカーラが仲間にいるとはいえ、あの長い旅路を再び行くのは、さすがに骨が折れる。

 それに、仮に僕以外の職業『勇者』が現れたとしても、わざわざリルカーラ遺跡の最奥まで行って聖剣を手に入れることはないだろう。別段、急いで入手しなければならないものじゃない、と結論づけたのである。


 で、僕は一旦首都の方に戻った。

 なんだかんだ、僕の仕事も色々と溜まっているのである。


「こちら、ノア様の裁可待ちの書類です。ご確認ください」


「……多くない?」


 僕の執務室。

 そこで山積みにされた書類に対して、僕はただ溜息を吐くことしかできなかった。

 一応ながらグランディザイアの王様的な僕は、書類仕事もそこそこある。というか、だんだん増えてきたという感じだ。国としての体裁を作り上げ、その体制を確立し、だんだんと書類が増えていったと言えばいいだろうか。

 最初は、暇だなーって毎日だらだらしていたんだけど。


「わたしの裁量で判断できるものについては、全て処理しています。ですが、ノア様の判断を必要とするものが多々ございまして」


「……全部、丸投げしたいところなんだけど」


「そういうわけにはいきません」


 びしっ、と僕に言ってくるジェシカ。

 王様って偉そうにしていればいいだけじゃなくて、こういう仕事が多いってこと、実際に王様になって初めて知った。

 つらい。


「……分かった。ただ、ジェシカ。色々と助言を求めると思うから、隣にいてくれ」


「承知いたしました」


 さて、この山積みの書類。

 処理するのに、どのくらいの時間がかかるかなぁ。












 夜中まで僕は、書類と睨み合ってきた。

 でも、まだ半分も処理できていない。というか、面倒な案件ばかりだ。

 特に、オルヴァンス王国との間に交わしている同盟における、様々な案件。今、ミロとかチャッピーを派遣している傭兵団についての契約とか、今後の商取引についてとか。

 あとは、色々な陳情だ。エリートゴブリン部隊の装備を整えたいとか、軍事行動を行うにあたっての訓練施設が欲しいとか。さすがにその場で適当に決めることのできないことばかりで、何度もジェシカと話し合って処理した。


「はぁ……」


「ひとまず、残りは明日としましょう。ノア様は明日以降、何か予定などありますか?」


「今から作る」


「それは駄目です」


 ちぇ。

 予定が入ってるって言って、残り全部ジェシカに任せたい。大体、僕の裁可待ちってことだったけど、ほとんどジェシカに助言を求めて、その通りにしてるし。

 僕が下手に判断するより、ジェシカとドレイクに任せる方がいい気がする。


「そういえば、ノア様」


「うん?」


「先日、母上……オルヴァンス王国のフェリアナ女王が、一度ノア様と会談の場を設けたいと仰っておりました。来月あたりでご都合のいい日を、と」


「あ、そうなんだ?」


 ふぁぁ、と欠伸を噛み殺しながら答える。

 フェリアナ女王との会談かぁ。正直、あまり気乗りはしない。

 でも、いつぞやオルヴァンス王国と同盟を組んで以来、僕とフェリアナ女王の二人で話をしていない。大抵、使者によるやり取りか書類でのやり取りくらいだ。あとは、建国したときに祝いの品を持ってきてくれたくらいだろうか。

 同盟国である以上、一度くらいは会談の場も設ける必要があるのだろうか。


 でも、前んときは完全に手玉にとられてたからなぁ。

 ジェシカとドレイクを隣に置いておけば、少しはどうにかなるだろうか。


「母上曰く、今後について色々と話をしたい、とのことでした。詳しくは、わたしにも分かりませんが……」


「分かった。フェリアナさんの都合のいいときでいい、って答えておいて。日付が決まったらまた教えてほしい」


「承知いたしました。その際には、わたしも同席させていただきます」


「うん」


 ふぁぁ。

 さすがに眠くなってきた。このまま寝台に向かえば、秒で寝れる気がする。

 そして、それはジェシカも同じなようで、どことなく目元がとろんとしていた。やっぱり有能で頭がいいとはいえ、体は子供だし。


「それじゃ、僕は寝るよ。おやすみ」


「はい。ではまた明日に……」


 そう、僕が椅子から立ち上がった瞬間。

 窓越しに聞こえてきたのは、激しい破砕音だった。


「――っ!?」


「えっ……!」


 何かが爆発したかのような、そんな激しい音。

 完全に閉め切っている窓硝子の向こうから聞こえるということは、それだけ大音量だということだ。

 そして――その方向は、ミズーリ湖岸王国。


「何が……」


「ノア様! ノア様! 失礼いたします!」


 そこで、執務室の扉を思い切り開いて、飛び込んできたのはドレイクだった。

 その表情に走っているのは、焦燥。


「ドレイク、何があった?」


「先程、シルメリア殿より急報が入りました! ミズーリ湖岸王国より、兵が出陣! その先頭を、巨大なドラゴンが率いていると!」


「……まさか」


「九頭の巨大なドラゴン……間違いなく、キング殿です!」


 ああ、もう。

 眠いからもう寝ようと思っていた、最悪のタイミングだ。

 こんなことなら、書類仕事なんて放って寝ておけば良かった。


「敵兵の数とかは?」


「未だ敵の規模、進軍速度は不明です。ただ、大軍であるという報は入っております」


「分かった。国中の魔物を、叩き起こして準備させて」


「承知いたしました」


 さて、困ったことになった。

 まさか、こんなに早く全面戦争になるとは思わなかった。

 というか、向こうから宣戦布告の使者とか、そういうの来たっけ?

 まぁいいや。


「ジェシカ、オルヴァンス王国に使者を。傭兵を全部呼び戻すように」


「承知いたしました。オルヴァンス王国には、国防の危機ゆえのことであると伝えておきます」


「うん。それじゃ……」


 ぼきぼきっ、と指を鳴らす。

 ケンカを売られた以上、買うしかないだろう。


「戦争といこうか」

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