第35話 ミズーリの目的とは

「陛下! 陛下! 失礼します!」


「あら、どうしたの?」


 オルヴァンス王国王宮。

 今日も今日とて、オルヴァンス王国女王フェリアナ・ノースレア・オルヴァンスは普段通りに執務をこなし、夜半となり寝所へ向かおうとしていたところだった。

 既に齢としては相応の年となるフェリアナは、女王という多忙かつ重責を持つ立場でありながら、早寝早起きを心がけている。疲労した頭では国など運営もできないし、夜更かしはお肌にも悪いし。

 そのために、寝間着に着替えていざ寝ようとしていたその瞬間。

 フェリアナの部屋に飛び込んできたのは、彼女の護衛を務める騎士の一人だった。


「お休みのところ、申し訳ありません! 急報にございます!」


「言いなさい」


「はっ! ミズーリ湖岸王国が、兵を発しました!」


「あら……」


 予想外の動きに、フェリアナは眉を寄せる。

 ミズーリ湖岸王国といえば、大陸に存在する中堅国の一つだ。決して小国というわけではないが、旧ドラウコス帝国領を占めているグランディザイア、大陸西部で覇権を握っているオルヴァンス王国と比べれば小さな国である。兵力としても生産力としても、オルヴァンス王国には決して及ばないものだ。

 そんなミズーリ湖岸王国が、妙な動きをしているという話は、もちろんフェリアナの耳にも入っている。ミュラー教の総本山を襲撃して、大教皇を拘束しているとか。

 ミュラー教を国教としていないオルヴァンス王国にしてみれば、完全に対岸の火事であったわけだが――。


「思っていたよりも早かったわね。それで?」


「は、はっ! ミズーリ湖岸王国は、巨大なドラゴンを先頭に王都より出陣、五万の兵がそれに続いております!」


「あらあら……ミズーリの全軍じゃない。後顧の憂いを考えていないってことかしら?」


 ミズーリ湖岸王国の背後には、別の中堅国――商業国家アメリアが存在する。

 通称『アメリア節』とも呼ばれる、独特な方言が特徴とされる商人の国だ。大陸の経済を握っているその国は、あらゆる国との中立を謳って様々な国と取引を行っているのも特徴である。

 確かに、あの国が背後であるならば、後顧の憂いなど考えなくとも良いが――。


「丁度いいわね。だったら空になったミズーリに、オルヴァンスから侵攻をかけようかしら。アメリアと隣接することには、利しかないわ」


「へ、陛下……?」


「とはいえ、別段気にするほどのことでもないわ。ミズーリの弱兵程度では、グランディザイアの前に全滅するだけよ。それで、報せは以上?」


「え……」


 ミズーリ湖岸王国とグランディザイアの関係が、悪化しているという情報は入っている。

 そしてミズーリが先頭に出しているとされる巨大なドラゴン――それはかつて、グランディザイアと名乗り始めたばかりだったノア・ホワイトフィールドの国を滅ぼそうと出陣した、ミュラー教の守護者キングハイドラのことだ。そのあたりの情報についても、グランディザイアに潜ませている間者から得ている。

 ゆえに、ミズーリがグランディザイアへ出陣する可能性は高いと考えていた。大陸中央部の肥沃な大地は、生産力の低いミズーリが欲しくてたまらない場所であるし。

 もっとも、数多の魔物を配下として操るグランディザイアを相手に、ミズーリが勝利する未来など、万に一つもなかろうが。


「グランディザイアから援軍の要請でもあれば、明日にでも判断するわ。まぁ、あの国が援軍なんて求めるわけないでしょうけど」


 ふぁ、とフェリアナは一つ欠伸をして。

 しかし目の前の騎士は、真剣な眼差しでフェリアナを見据えていた。


「その……陛下。ミズーリ湖岸王国、なのですが」


「ええ」


「向かってきているのは……オルヴァンス王国に、ございます」


「……何ですって?」


 思わず、フェリアナはそう声を上げる。

 ミズーリ湖岸王国とグランディザイアの関係性が、悪化しているという情報は入っていた。そしてミズーリが近々、グランディザイアの大地を狙って出陣するかもしれないという情報もまた入っていた。

 だが。

 ミズーリが全軍で、オルヴァンス王国を攻めてくる――その可能性は、フェリアナの頭の中にはなかったものだ。


「どういうこと!?」


「い、いえ、分かりません……ですが、ドラゴンを先頭とした兵は街道を西進しており、明らかにオルヴァンス王国に向けて進軍しております!」


「……」


「陛下、ご指示を!」


 ふぅ、とフェリアナは小さく息を吐く。

 あまりにも予想外の事態に、眠気など吹き飛んだ。グランディザイアとミズーリ湖岸王国が激突するならば、それはオルヴァンス王国にとって対岸の火事だ。勝手に激突して、勝手にミズーリが滅んでくれるだろうと考えていた。

 だが、まさかミズーリがオルヴァンス王国を狙ってくるとは――。


「至急、軍部を宮廷に招聘しなさい。宰相も事務官も叩き起こして」


「承知いたしました!」


 フェリアナは大きく溜息を吐いて、寝間着の上から外套を羽織る。

 着替えるほどの時間もなさそうだし、一旦宮廷の方で指示を出すべきだろう。その上で、フェリアナは頭の中だけで現在の状況を把握する。

 オルヴァンス王国が現在接しているのは、北にミズーリ湖岸王国、東にグランディザイア、南に砂の国サルーサだ。そして現在、砂の国サルーサとの関係性が悪化しており、オルヴァンス王国の持ち得る兵の半分は南方の守護にあたっている。

 そして北方の守護は、グランディザイアから招聘している傭兵――ミノタウロスを将とした一軍だ。それにオルヴァンス王国の兵が、僅かに五千程度である。

 ドラゴンを先頭に、五万の兵――それに対する備えは、北方に存在しない。


「仕方ないわね……あまり、借りは作りたくないのだけど」


 敵軍の先頭にいるというドラゴンも、元を辿ればグランディザイアに存在した個体だ。

 どういう流れでノアの仲間になったのかは分からないが、元々はミュラー教の守護者であったキングハイドラ――それがグランディザイアに所属していたという話は入っている。それが何故ミズーリに従っているのかも、疑問ではあるが。


「せめて、自分のところから脱した元配下くらい、彼らに何とかしてもらおうかしらね」


 フェリアナはそう考えて。

 既に夜であることは承知ながら、自分の娘――グランディザイアに預けているジェシカへと、《伝心メッセージ》を繋いだ。

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