第36話 援軍要請

「迎撃準備は?」


「はい、整いました。国中の魔物を、国境に配備しています。この隙を突いて他国が狙ってくる危険はありますが、ストーンゴーレムによる壁が一時的な防衛は可能です」


「じゃ、問題ないね」


 ジェシカの報告に、僕は頷く。

 夜中の、突然のミズーリ湖岸王国の動きに対して、ジェシカは素早く指示を発した。そして睡眠を必要としない魔物たちは、ジェシカの指示に対して問題なく従い、既に迎撃準備は整っている。

 少なくともキング――古竜王エンシェントドラゴンの一角たるキングハイドラが相手だったとしても、一時的な防衛は可能だろう。それに続く人間の軍など、鎧袖一触だ。


「でも、何でいきなり出陣してきたのか気になるね。勝てると思ってるのかな」


「ミズーリと新生ミュラー教が、協働していることは間違いないですね。もしかすると、キング殿の他にも守護者がいる可能性があります」


「あー……」


 かつて、僕が聖アドリアーナ大聖堂で戦った相手――ゴルドバ。

 僕とさして変わらない体格だった、騎士のような姿をしていたかつての勇者。守護者ゴールドバードの姿を思い出す。

 凄まじく強かったゴルドバを相手に、どうにか勝利をおさめたけれど。


「でも、僕たちもあの頃とは違う」


 僕と幹部全員で、どうにか勝利をおさめたキングハイドラ戦。

 あの頃は、まだレベル99になっていた魔物は数えるほどだった。ミロ、ギランカ、バウ、チャッピー、ドレイク、アンガス、それにアマンダ。個々の能力こそ優れていたけれど、数の上では僅かに七体だけだった。

 だが、今は違う。

 リルカーラをはじめとし、ロボやエリートゴブリン隊などレベル90台の魔物は多く存在しているし、かつてリルカーラに従っていた魔物たちも、僕に従ってくれている。彼らを全て合わせれば、恐らくレベル90台の魔物は百体以上いるだろう。

 それこそ、キングの動きをただ阻むだけならば、ギランカの率いるエリートゴブリン隊だけでもなんとかなる気がする。


「国の中には入れさせない。国境で決着をつけよう」


「はい。あ、失礼します、ノア様……」


 ふと、ジェシカが空を仰ぐ。

 耳元に手をやり、視線が宙を泳ぐ――この仕草は、恐らく《伝心メッセージ》だ。

 恐らく、誰かから通信が入ったのだろう。


「えっ……!」


 しかしその直後、ジェシカが驚きに目を見開いた。


「ノア様」


「どうしたの?」


「その……先程、オルヴァンス王国のフェリアナ女王より、《伝心メッセージ》が入りまして……」


「相変わらず、耳が早いね……それで、何て?」


「ミズーリ湖岸王国なのですが……どうやら、オルヴァンス王国に向けて進軍している様子です」


「へ?」


 思わず、僕もそう間抜けな返事をすることしかできない。

 なんでさ。

 ミズーリが進軍してきたって話だったから、完全にグランディザイアを狙っているものだとばかり思っていたんだけど。


「敵の意図は不明ですが……キングハイドラを先頭とした軍が、南下ではなく西進しているそうです。勿論、ここから進軍ルートを変更する可能性もありますが……」


「だったら、僕らは動かなくてもいいってこと?」


「いえ……少々、お待ちください」


 ジェシカがそう言って、再び《伝心メッセージ》に集中する。

 僕はそんなジェシカを見ながら、そのころころと動く表情で推測することしかできない。こうして見ると、ジェシカも年相応の女の子って感じなんだけど。

 そういえばジェシカって、うちの国で友達とかいるのかな。

 毎日、仕事ばかりさせてる気がする。なんか申し訳ない。


「……なるほど」


「何て?」


「フェリアナ女王より、要請です。同盟国として、援軍を求めるそうです」


「……まぁ、そうだろうね」


「先頭を走るドラゴンを……グランディザイアに任せます、とのことでした」


「……」


 キング。

 確かにオルヴァンス王国では、キングの相手をするのは難しいだろう。オルヴァンス王国にミロを筆頭とした魔物の傭兵部隊を派遣しているとはいえ、レベル99なのはミロとチャッピーくらいのものだ。

 巨大なキングを相手にするには、あまりにも足りない。


「それと……」


「うん」


「自分のところから離反した部下の始末くらい、自分たちでつけろ、と」


「……」


 まぁ、うん。

 キングを奪われてしまったのは、確かに僕の責任だ。僕が不用意にキングを連れて行かなければ、まだ彼は僕の仲間だったかもしれない。

 かつて魔王リルカーラの進軍を止めた守護者が、先頭を走っているのだ。フェリアナがそう言いたくなるのも当然だろう。


「はぁ……」


「その……母上が、申し訳ありません……」


「いや、まぁ仕方ないよね。オルヴァンス王国からしても、予想外のことだろうし」


「ええ……」


 まぁ、だったら逆に丁度いい。

 僕としても、色々と腹が立っていたのだ。

 全員で必死に頑張って、進軍してくるキングハイドラを阻み、全員で協力してどうにか仲間にしたキング――そんな彼を、あっさり奪われてしまったことに。

 聖ミュラーが自ら選んだ大教皇であるマリンから、職業を掠め取るだけで、あっさり奪いやがったあの男に。


「分かった、キングの相手は、僕たちでやろう」


「……ノア様」


「ただし、殺さない。僕はもう一度、キングを仲間にする」


「えっ……!」


 考えた。

 キングをもう一度仲間にしても、結局ヘンメル――奴の大教皇の力によって、再びキングは奪われるだろう。だから、もう殺さなければならないと。

 でも僕は、一度自分の仲間になったキングを、そう簡単に殺すことができるほど割り切れない。

 だったら、簡単な話だ。

 奪われないようにしてから、仲間にすればいい。


「ドレイク」


「お側に」


 僕の言葉に、背後から応える声。


「今まで話、聞いてたよね?」


「はい。ノア様のご希望通りの働きをお見せしましょう」


「だったら僕が、何を命じるかも分かっているな?」


「無論です」


 ジェシカが目を見開き、僕とドレイクを交互に見る。

 軍師としての働きは、ジェシカの方が間違いなく上だ。だけれど、最初期から僕に従ってくれているドレイクは、僕の考えなど全部分かっているだろう。

 そして、それを可能とする実力も持ち合わせている。


「ヘンメル・ライノファルスを殺してまいります」


「任せた」

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