第19話 順調な道程

 今の状況を、端的に説明しよう。

 超、楽。


「うるぁぁぁぁぁぁっ!!」


 襲いかかってきた魔物の群れに、ミロが大斧を振るう。それだけで先頭にいた集団が真っ二つに裂かれ、霧散する魔素で視界がぼやけるほどだった。


「参るっ!!」


「行きます、ギランカさん!」


 そしてバウに騎乗したギランカが回り込んできた魔物を各個撃破し、負けてはいられぬとばかりにドレイクやアマンダ、アンガスも先に立って魔物を倒してゆく。チャッピーは右肩に荷物を抱えて歩いている状態だ。

 そして殿ではキングが、九つの長い首を駆使して魔物の姿を捕捉してくれる。何より体が大きいために壁になってくれて、後ろから襲いかかられるということがほとんどない。

 僕は、そんな集団の中央でのんびりと歩くだけだ。

 もう一度言おう。

 超、楽。


「へっ。全く手応えがねぇな」


「でかいの、貴様の攻撃は大振りすぎる。味方に当たらぬよう細心の注意を心得よ」


「分かってらぁ。俺だって何も考えずに振り回してるわけじゃねぇよ」


「ふん。そうは思えんがな」


「何が言いてぇんだよチビ!」


「別に。頭の足りぬ者に何を言っても無意味と悟っているだけのことよ」


「てめぇ!!」


 ミロとギランカが、いつも通りそうやって諍いをしている。まぁ、こいつらの場合は嫌よ嫌よも好きのうち、みたいな感じだ。

 実際、さっきの戦いでもばっちり連携してたし。もっとも、間に挟まれているバウはどことなく困惑しているように見えたけど。


「はいはーい、そこケンカしないのよぉ。前からオークの群れが来てるわよぉ」


「さて、それでは私も、ノア様に我が武をお見せしましょうか」


「儂も久々に、暴れてやろうではないか。ドレイク、共に行くぞ」


「ええ、アンガス。行きましょう」


 ドレイクとアンガスが、拳と大剣という別の武器ではあるものの連携して、オークの群れへと飛び込んでゆく。

 まだリルカーラ遺跡全域の中では、中層の下の方といったところだ。このあたりなら、仲間になったばかりのミロでも無双できていた覚えがある。今のレベル99軍団なら、あっさり突破できる程度の難度だ。

 まぁ、僕はパピーの背中で座った状態で、何もしてないんだけどね。


「なぁ小僧よ」


「うん?」


「我は思うのだが……過剰戦力ではないか?」


「うん。僕もそう思う」


 襲いかかる魔物をあっさり両断する彼らを見ながら、小さく嘆息。

 正直、全く僕の出番がない。キングが敵の出現を告げて、そこに向けて突撃する僕の仲間たちは、あっさり殲滅して戻ってくるのだ。もう、誰が先に行くか競争しているような感じすらしている。

 一応僕、この辺もリルカーラ遺跡に入ったばかりの頃は苦戦してたんだけどなぁ。数ばっかりやたら多いから大変だった。


「チャッピー、重くない?」


「お、おで、だい、じょうぶ。にもつ、まもる」


「重かったらいつでも言ってね」


「う、う、うん」


 右肩に大荷物を抱えているチャッピーは、どうやら今回の道程では荷物持ちに徹するらしい。さりげなく、アンガスにも分けていたはずの荷物も全部チャッピーが抱えてるし。


「ご主人サマぁ、もう少し行ったら、下に続く階段があるわよぉ」


「了解。全員、そのまま進んで」


「おう!」


 簡単な地形の把握くらいは行えるらしいキングの言葉に、僕が全体の向かう先を指定する。勿論、その間も絶え間なく襲いかかってくる魔物たちの群れは、問題なくミロやギランカたちが倒していた。

 僕の記憶が正しければ、この先の階段を降りたあたりから、下層に入るはずだ。魔物のレベルも一気に上がり、中層ではレベル40前後くらいの魔物ばかりが出現するところを、下層に入った瞬間に平均レベルが70くらいになる。

 でもその代わりに、下層の魔物はほとんど群れで襲ってこないのが特徴だ。集団で来ることはあるものの、それは偶然近くにいただけの個体であり、連携は全くしてこない。

 もっとも、レベルの高い個体というだけで十分苦戦した記憶があるけどさ。


「しかし、早いなぁ。もう下層に到着するのか……」


「それほど早いのか?」


「僕だけで向かっていたときには、下層まで辿り着くのに十日はかかったよ。まだ遺跡に入って二日だってのにさ」


「当然であろう。小僧一人だけでは戦うのも苦労するであろうしな」


「そうなんだよねぇ……」


 なんか、十日もかけて向かった僕が馬鹿みたいに思えてくる。超苦労したのにさ。

 まぁ、あの頃と今じゃ状況が違う。そもそも、僕あの頃レベル70台とかだったしさ。リルカーラ遺跡の下層で、めちゃくちゃレベルが上がった覚えがある。本来、レベル70を超えるとなかなか上がらないはずなのに。


「ご主人、階段だぜ」


「うん。そのまま降りて」


「おう」


 ミロが先導して、それにギランカとバウが続く。そして残りは僕と中央で編成しているような形だ。

 一応階段もそれなりに大きいため、殿のキングもちゃんと階段を通れるようになっている。もっとも、キングは首を窄めて狭苦しそうに通っているけど。


「ここから、下層ですか。ノア様」


「そうだね」


 ふと、ドレイクがそう話しかけてきた。

 前の方では、ミロがどうやら敵と遭遇したらしく、戦闘音が聞こえる。ついでにミロとギランカの諍いの声が聞こえるあたり、この辺りの敵でも問題ないようだ。

 まぁ、あいつらレベル99だし、さすがにそうそう苦戦はしないだろう。


「いや、感無量ですね」


「どうしたの、ドレイク」


「私も昔、リルカーラ遺跡には挑戦したことがありまして……あの頃は、中層すら超えられませんでした。まだSランクになっていない頃ではありましたが、苦い思い出です」


「あ、そうなんだ?」


 ドレイクがしみじみと呟く。

 でも確かにドレイクって、仲間になったばかりの頃はレベル56とかだったしなぁ。さすがにレベル50台だと、中層のレベル40集団の相手もしんどいと思う。


「ええ。当時は一人でも余裕だと考えてソロで向かいましたが……正直、中層で手も足も出ませんでしたね」


「儂も、昔はどこまで行けるか挑んだものだがな……儂からすれば、ソロで中層まで行けた時点で化け物と思っていたものだが」


「アンガスでもそうだったのか」


「儂は、上層の地図作りばかりをしていた老骨です。あとは、挑む新人冒険者のサポートをしていたくらいですか」


「ふーん……」


 そんなに難易度高い迷宮だったんだなぁ、リルカーラ遺跡。

 僕、初見でよく最下層まで行けたものだ。元々のレベルの違いもあったのかもしれないけど。

 あれ。

 でも僕、リルカーラ遺跡に初めて挑んだときって、もっとレベル低かったような気がしたんだけどな。レベル50台とか、そんなもんだった気がする。リルカーラ遺跡の下層で暴れ回って、結局レベル99まで上がったんだけど。


「なかなか、レベル50を超えると上がりにくいですからね。私も、レベル58から59に上がるまで、何匹ワイバーンを倒してきたか分かりませんよ」


「儂は、上位職へ転職したのが六十歳を超えてからだったぞ。もう前線で戦う気力もなかったわ」


「はは……」


 そんな、ドレイクとアンガスの会話を聞きながら、思う。

 なんで、僕はレベル99まであんなに簡単に上がったんだろう。

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