第18話 リルカーラ遺跡へ

 僕の天職は、かつて『勇者』だった。


 あらゆる悪を倒し、世界に蔓延る魔物を相手にし、最終的には魔王を倒す、あの『勇者』だった。

 歴史上、今まで何度となく現れてきた魔王を倒すのは、常に勇者の役割だと決められている、あの『勇者』だった。

 世界にたった一人しか存在せず、天職として与えられた者がいれば国から認められ、魔王を倒すまで決して戻ってくることができない旅に出なければならないという、あの『勇者』だった。

 考えれば考えるほど、独善的な職業だと思う。相手が魔王であるから必ず倒さねばならない。そのために勇者は旅立たなければならない――そんな使命を与えられて、「栄誉!」とか素直に考えるのは馬鹿だけだと思う。


 だが、それゆえに。

 勇者は、忌まれる者。

『魔王』が人間たちの脅威であるように、『勇者』は魔物たちにとっての脅威であるのだ。

 生まれながらにして、魔物――彼らにとっての創造主であり母でもある『魔王』を討伐することを使命とさせられた『勇者』は、魔物にとって忌むべき存在であるのは当然のことである。

 だから僕は、今まで誰にも元『勇者』だったことを言っていない。

 ミロもギランカもチャッピーもバウもパピーもアマンダもキングも、全員『魔王』が創り出した存在だからだ。僕の『魔物使い』の力で仲間になっているとはいえ、僕が元『勇者』だと告げると、僕に対して悪感情を抱くかもしれないと考えたからだ。

 だから僕は、完全に『勇者』を捨てる。

 僕にまだ残る『勇者』の呪いを、この場で断ち切ってみせる。

 そのためなら。

 僕がこの手で、魔王を討伐してみせよう――。















「ここがリルカーラ遺跡だ」


「ふむ。ここが、かつての魔王の居城か。随分と見窄らしいものよ」


「一応、俺らの生まれ故郷なんだがな」


 リルカーラ遺跡、入り口。

 ここに来るのも、随分と久しぶりだ。地下に広がる大迷宮、リルカーラ遺跡は地上部分はほとんど廃墟のようなものだ。その代わりに、入り口から地下に降りると魔物の巣窟となっており、並の冒険者では上層すら危ういとされている場所である。

 そんなリルカーラ遺跡の入り口に、僕たちはいた。

 僕、ミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、パピー、ドレイク、アンガス、アマンダ、キング――一人と九匹の集団だ。

 ちなみに、国の防衛はアリサとジェシカに任せてきた。


「なんか、すごく久しぶりな気がするね」


「そうだな、ご主人」


「うん。マリンが言うには、ここの一番奥に魔王がいるらしいんだけどねぇ……」


「魔王、ねぇ。俺らはあんまり、そういうの意識してなかったからな」


 ミロが、僕の呟きにそう言ってくる。

 元リルカーラ遺跡の魔物だったミロとギランカも、最奥に魔王がいるかどうかは知らなかった。まぁ、一介の市民に皇帝が一番奥にいるか知ってるか、みたいな質問だっただろうし、知らなくても仕方ないと思う。

 ただ今回は、魔王リルカーラを相手にしなきゃいけない。そう考えて僕も、戦力を整えてここまでやってきたのである。普通に考えて魔王だし、ミュラー教の守護者よりも強いと考えていいだろう。

 だから、我が国の誇るレベル99魔物軍団――ミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、ドレイク、アンガス、アマンダ、キング――の、錚々たる面々でやってきたわけだが。


「でもよ、ご主人」


「うん」


「入り口、キング通れんのか?」


「……」


 ミロの言葉に、少し悩む。

 ちょっと、キングの大きさを考えてなかった。

 身の丈にしてパピーの五倍はあろうかという、超巨大なキングだ。パピーでどうにか通れるかどうかというサイズの入り口は、さすがにキングに入ることはできないだろう。

 うぅん。

 キングはやっぱり国に戻ってもらって、防衛の方を担当してもらった方がいいのかな。


「あらん。アタシをのけ者にする気なのぉ?」


「いや、そういうわけじゃねぇんだけどよ……お前でかすぎて入らねぇじゃねぇか」


「いやぁん……そんな、大きすぎて入らないとかぁ……」


「黙れ」


 ミロが、冷たい目でキングを見ていた。

 そして、それは僕も同じである。いきなりそんな風に身をよじられても困るだけだ。

 キングの方は、そんな僕たちの反応に「もぉ、冗談が通じないわねぇ」と溜息を吐いていた。


「別に、サイズくらいいくらでも変えられるわよん。戦闘力が落ちちゃうから、あんまりやらないけど」


「あ、そうなんだ?」


「そうよん。いくわよー……ぶるぁぁぁぁぁぁ!!」


 キングが咆吼すると共に、その大きさが次第に小さくなってゆく。

 小さくなれるなら、最初から小さくなってくれればいいのに。まぁ、ここまでの道中乗せてもらった身で言うのも何だけど。

 そしてキングは、パピーより僅かに小さいくらいの大きさで止まった。


「ふぅ……このくらいでどぉ?」


「まぁ、その大きさなら入れるかな」


「これで、アタシが一緒に行くのは大丈夫ね? ご主人サマは、アタシが守るわよぉ!」


「期待してるよ」


 戦闘力の面では、僕の仲間の中でも頭一つ抜けているのがキングだ。その強さを、存分に見せてもらうとしよう。

 じゃ、これでもう問題はないということで。

 ふぅ、と小さく息を吐いて、僕は仲間たちに向き直る。


「お前たち」


「おう」


「僕たちは、これからリルカーラ遺跡の最奥――魔王に挑む。どんな相手かは分からないが、相手は魔王だ。一筋縄でいかない相手だと思っていい」


「……」


「最奥まで長いし、道中の魔物も強い。でも、僕はお前たちを信頼している」


 僕がリルカーラ遺跡に挑んだとき、最奥まで到着するのに二週間かかった。

 一応余裕をもって三十日分、僕の食料と水はアンガスとチャッピーに持たせている。

 最悪はスキル『基礎魔術』の《水生成アクア》で飲料水はどうにかなるんだけど、あれって空気中の水分を使って水を作るから、洞窟内で作ると余計な不純物をいっぱい含むから臭い水ができちゃうんだよね。

 できれば、水はちゃんとしたものを飲みたい。あのとき、往復の一ヶ月間は臭い水ばっかりだったもの。

 今回は大所帯だし、僕が休んでいる間は魔物たちの背に乗せて運んでもらおうと思っている。だから、あのときよりは早く最奥まで辿り着けるはずだ。


「パピー……いつだったか、言ってたな」


「む?」


「お前たちは『魔物』……でも、それは『魔性の物』という意味でのものじゃなく、創造主である『魔王の物』であるから、って」


「ああ、そうだ。我らは魔王により創られた存在だ」


「だったら、お前たちにとって魔王リルカーラは、親のようなものだ。この世に生を与えた、僕にとっての両親のようなものだ」


「……」


 僕の言葉に、全員が黙り込む。

 傍観を決め込んでいるのは、元人間のドレイクとアンガスだろうか。この二人にしてみれば、魔王が創ったわけじゃないし。

 だけれど、他の面々は違う。彼らにとって魔王は創造主であり、母親なのだ。


「僕はこれから、お前たちの創造主を討伐しようとしている。そして、お前たちにも討伐に加わってもらう。それが嫌だって奴がいれば、今すぐ国に帰ってもいい。僕は、それを咎めるつもりはない」


「……」


 ミロが僅かに首を傾げて。

 ギランカが小さく顔を伏せて。

 チャッピーが目尻を垂らし。

 バウが尻尾をたらりと下げて。

 パピーがぽりぽりと頬を掻き。

 アマンダが閉じた目を開き。

 キングが九つの鎌首を上げて。


「関係ねぇな。俺にとって、俺のご主人はご主人だけだ。魔王だろうがオカンだろうが、知ったことか」


「我が騎士道において、主に忠誠を誓うことこそが最上。それが創造主に背くことになれど、我が騎士道に一点の曇りもありませぬ」


「お、おで、むずかしいこと、わからない。でも、たたかう」


「僕は、ご主人様の命令に従います! 僕は、ご主人様が一番ですから!」


「まぁ、見知らぬ魔王よりは小僧に手を貸してやる方が良かろうよ。我が力を見せてやろうではないか」


「ノア様のご意向に従うのみでございます。このアマンダ、全力を賭してノア様をお守りする所存です」


「アタシも、別に魔王サマに恩があるわけじゃないしー。ご主人サマのためなら、アタシ全力で頑張っちゃうわよー」


 そんな彼らの言葉に、ドレイクとアンガスも微笑む。

 そしてドレイクたちも同じく、宣言した。


「我が武が、魔王に通じるか試してみるのも一興。研鑽したこの武を魔王相手に試すことができること、武人として至上の喜びです」


「この老骨も、魔王を倒すために全力で戦いましょう。例え朽ちても、それが戦場であらば悔いはなし」


「ああ……!」


 仲間たちの、そんな力強い言葉に、僕も心の底から力が湧いてくる。

 今なら僕は――魔王だって、倒せる。


「行くぞ! 魔王リルカーラを倒す!」


「おうっ!!」


 これで僕は『勇者』を捨てることができる。忌々しい『勇者』から、縁を切ることができる。

 己に気合いを入れて、僕は最後の戦いの場。

 リルカーラ遺跡へと、乗り込んだ。

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