第17話 上位職を目指して
僕が国――グランディザイアに戻って、七日が経った。
フェリアナから領土を返還するという正式な使者の相手をして、ユーミルの街とオーランの街という二ヶ所がグランディザイアの領地となった。
そしてジェシカの助言通りオルヴァンス王国の者ではなく、僕の父さんと母さんにユーミルの街を、ハル兄さんとレイ兄さんにオーランの街を任せることにした。元々父さんは貴族家の当主だったわけだし、ハル兄さんは現当主だ。町長という立場には不慣れかもしれないが、下手にエルフの者が向かうよりは上手くいくだろう。ちなみに、後日やってきたレイ兄さんの妻子も、オーランの街に行ってもらった。
加えて、一緒に魔物の千匹隊も連れて行かせたから、防衛面でも問題はない。基本的には従うように言ってあるし。
「ふーむ……」
名前:ノア・ホワイトフィールド
職業:魔物使いレベル49
スキル
剣技レベル99
体術レベル88
基礎魔術レベル43
雷魔術レベル45
回復魔術レベル26
魔物捕獲レベル49
魔物調教レベル49
魔物言語理解
魔物呼び寄せ
魔物融合
魔物心内対話
目の前に浮かんでいる僕の情報を見ながら、嘆息する。
相変わらず僕の職業は『魔物使い』のままで、レベルも49から動いていない。ドレイク曰く、レベル49から50になるには上位職の試練を受けなければならないとか。
そして、上位職になるための試練が何なのか教えてくれるのは、ミュラー教の神官だと言っていた。あの頃は僕、ミュラー教の守護者キングハイドラを倒しちゃった身だったから、聞くのは無理だろうって思ってた。
でも、今は状況が違う。
僕はミュラー教と和解し、新たな大教皇マリンとは友好的な関係を築くことができたのだ。つまり、マリンならば僕に上位職になるための試練を教えてくれるのではなかろうか。
ついでに、『魔物使い』の上位職が何になるのかも。
「どうすれば、上位職になれるんだろうなぁ」
今は、宮廷の屋上だ。基本的に仕事がないときには、僕はここで日向ぼっこをしている。
サボっているわけじゃないよ。ほら。前だってハイドラが来るの察知したし。
うん、まぁ。
城下では魔物たちが忙しなく仕事をしているのが見えるんだけど。無駄にでっかいキングの姿は、街の端っこにいるというのにばっちり見えた。
「どうしようかな……」
上位職になるための試練は、多分マリンに聞けば教えてくれると思う。だけどその場合、もしも予想通りに『魔物使い』の上位職が『魔王』なのであれば、僕はどうすればいいのだろう。
そもそも『魔王』が生まれたそのとき、『勇者』も生まれる。それが鉄則だ。誰が決めたのか、誰が操っているのかは分からないけれど、そう決まっている。
つまり僕が上位職の『魔王』になった場合、この世のどこかに『勇者』が生まれるかもしれないということだ。
そして僕は、その『勇者』に死ぬまで狙われるのである。
「うーん……」
でも、僕としては上位職が何なのか――その疑問は、興味深い。
もしも上位職が『魔王』じゃなくて『魔物調教師』とか『魔物操縦士』とかだったら、もっと僕は仲間にした魔物を強化できるのかもしれないし。
そう考えると、やはり。
僕にそれを教えてくれる相手は、マリンだろう。
せめて、『魔王』じゃありませんように、と願って。
さて、やってきましたドラウコス帝国帝都カルカーダ中央、聖アドリアーナ大神殿。
ついこの前、元大教皇ルークディア・ライノファルスに呼ばれてやって来た気がするけれど、今回は別件でやってきた。
「ふー、相変わらずでっかいねぇ」
「左様ですな」
帝国領内に入っているわけではあるが、別段トラブルは何もなかった。
パピーの背に乗ってくれば早かったのだろうけれど、さすがに敵対している帝国内にパピーに乗って入ったら、帝国の兵士が黙ってはいないだろう。そう考えて、まだ帝国に僕の仲間になっていることが知られていないであろう元Sランク冒険者、『鉄塊』アンガス・フールガーに事前に帝国内に入ってもらったのだ。
そしてアンガスが大教皇――マリンへの謁見を取り付け、僕が相談したい旨があることを事前に伝え、帰り道は大教皇の印が入った馬車で戻ったのである。そして、僕がそれに乗って帝国内までやってきた、ということだ。
色々面倒な手順を踏んではいるけれど、下手に刺激をするわけにもいかないし。
「このまま降りたんでいいのかな?」
「良いかと思われます」
「それじゃ、降りようか」
ちなみに、今回やって来たのは僕とアンガスの二人だ。
アンガスは、いざというときに身分を明かして説明するためで、荒事は特にないだろうと考えて少人数だ。
アンガスが先に、聖アドリアーナ大神殿の入り口へ向かう。当然、そこは今日も二人の神殿騎士が門番をしているわけだが。
「大教皇猊下の使いである。通るぞ」
「はっ!」
僕たちが大教皇の印がある馬車から降りたことは、当然彼らも目にしている。
大教皇の印って便利だなぁ。
そして、以前と同じく神殿騎士が門番をしている階段も、特に妨げられることなく通過する。
どうやら、アンガスが割符のようなものを見せたようだ。あれにも、大教皇の印みたいなのが刻まれているのだろうか。
階段を上り、さらに廊下を進み、その最奥へ。
以前は元大教皇、ヘンメル、マリンの三人が待ち受けていた部屋へ向かうと。
「ようこそいらっしゃいました。ノア様」
そこでは、マリンただ一人が待っていた。
以前と同じくその目から下に布を覆い、顔立ちを隠している。そして着用しているのも、以前に見た神官服ではなくもっと豪奢なものとなっていた。金の刺繍が至る所に刻まれたそれは、恐らく神官服でも最上に位置するものなのだろう。
「久しぶり、マリン」
「お久しぶりです。そちらのアンガス様から、私に御用と伺ったのですが」
「うん。少し、相談に乗って欲しいことがあってね」
「私にできることであれば、精一杯の助力をさせていただきます」
マリンの言葉に、安堵する。
いきなり大教皇という立場になったわけだから、色々混乱しているんじゃないかと思ってたけど、割と落ち着いているようだ。
というか詳しくは僕聞いてないけど、神殿の中で前大教皇が殺されて、次代の大教皇が任命されたことって、普通に考えると大事件だ。このあたり、どういう風に折り合いがついたのだろう。
ま、いいか。
僕には関係のないことだし。
「実は、僕は『魔物使い』レベル49なんだ」
「レベル49……なのですか?」
「ああ。それで仲間に話を聞いたんだけど、普通はレベル49になると、もう自然には上がらなくなるんだって。ミュラー教の神官に、上位職になるための試練を聞かなきゃいけないって話を聞いてさ」
「なるほど、そういうことですか」
マリンが頷く。
ミュラー教の神官に聞けば分かるってことは、大教皇であるマリンに聞いても分かるということだろう。
あと、もう一つ。
「それで、マリンに一つ相談があってさ」
「はい」
「僕の国に、ミュラー教の神殿を作らないか? 神官を何人か派遣する形で。無理に信仰を押しつけるようなことさえしないなら、僕の国でもミュラー教を認めてもいい」
「まぁ……!」
マリンの口元は分からないが、目元に喜色が走るのは分かった。
僕としては、ミュラー教とは和解をしたことだし、国に一つミュラー教の神殿があってもいいかなと思ったのだ。でないと、今回みたいに上位職を知るために帝国内まで来なきゃいけないわけだし。
もしレイ兄さんや他のエルフなど、レベル49で頭打ちしてしまった者がいた場合、国内にミュラー教の神殿が一つあれば上位職を知ることができる。
そんな僕の提案に、マリンは頷いた。
「承知いたしました。神殿の建設費などは、こちらで持たせていただきます。また、派遣する神官も採択しておきますね」
「うん。助かるよ」
「いえ、こちらこそ、新たに聖ミュラー様を戴く場所ができること、感謝いたします」
「無理矢理な信仰の押しつけはやめてね」
「それは勿論、分かっております」
マリンの快い承諾に、僕も笑みを浮かべる。
さて、本題はここからだ。
「それじゃ、マリン。一番やって欲しいお願いなんだけど」
「はい」
「僕が上位職になるための試練と、僕の上位職が何なのか、教えてほしい」
「承知いたしました」
すっ、と頭を下げるマリン。
そして目を瞑り、金の指輪が五本の指全てに嵌められた右手を挙げて、僕に向ける。
何が始まるんだろう。
「《
マリンがそう、力ある言葉を呟くと共に、右手に微かに走る光。
力の種類は、どこか《
「偉大なる聖ミュラー様、お言葉を賜りたく存じます。かの者は職を極めし者。かの者に更なる研鑽を。かの者に未知なる究理を。かの者に聖ミュラー様より試練を与えたまえ」
マリンの右手に光が収束すると共に、ゆっくりと目を開く。
その目でじっと僕を見て、それから光が自然に霧散していった。
ふぅ、と小さくマリンが嘆息する。
「ノア様、聖ミュラー様よりの《聖言》を賜りました」
「ああ……」
「しかし、このような形は、私も初めてで……少し、何と説明していいのか迷っています」
マリンの目に浮かんでいるのは、混乱だ。
まぁ、確かに僕は『魔物使い』だから、他にやったことなどないだろう。
「まず、ノア様の上位職ですが……現在のところ、分かりません」
「分からない? そんなことあるの?」
「いえ……今まで、私も何度か上位職の試練に関する《聖言》を賜ったことがあるのですが……はっきり言って、異常です。他の職業であれば、三つ……最低でも二つは、上位職の転職先があります。ですが、ノア様はたったの一つしか提示されませんでした」
「たった、一つ……」
確か、ドレイクも言ってたな。三つくらい試練を教えられた、って。
でも、僕の転職先はたったの一つ。しかも、その内容すら分からない。
「そして、ノア様が上位職に転職するための方法なのですが……」
「ああ」
「その……」
マリンの目が、泳ぐ。
そんなにも、厳しい内容なのだろうか。今の僕だったら、大抵のことはできそうなものだけれど。
顔を隠す白い布の向こうで、マリンが小さく嘆息すると共に、言った。
「リルカーラ遺跡の最奥に存在する、魔王を討伐すること……だ、そう、です……」
「えっ……?」
ちょ、ちょっと、待って。
上位職に転職する方法が、魔王を倒すこと……?
僕、もう勇者じゃないんだけど――。
「魔王の、討伐……」
「はい、聖ミュラー様より、そのように……しかし、本来魔王を討伐する役割は勇者であるはず……」
「……」
「しかし、託宣に間違いがあるとは思えませんし……」
うぅん。
考えてもよく分からない。というか、魔王を討伐することが試練で、その魔王はリルカーラ遺跡の最奥にいる――それ、どう考えても魔王リルカーラだ。
僕はリルカーラ遺跡の最奥に行って、転職の書を手に入れたわけだ。だけど、そこに魔王なんていなかった。
もしかすると、あそこよりも奥があるのかもしれない。
「ノア様、このような結果となりましたが……」
「ああ……ありがとう。よく分かったよ」
「しかし、何故魔王の討伐が……」
マリンが頭を抱えているけれど、それはなんとなく分かる。
それは、僕が元『勇者』だからだ。もう転職して『魔物使い』になってはいるけれど、呪いのように僕を縛っているのだろう。
つまり、僕はまだ勇者を捨てられていないのだ。
縁を切り、『魔物使い』になったはずだというのに、僕の体にはまだ『勇者』が残っているんだ。
大きく、溜息を吐く。
「それじゃ、マリン。また」
「もう、よろしいのですか?」
「ああ。これから、リルカーラ遺跡に行かなきゃいけないからね」
「承知いたしました。あなたに、聖ミュラー様のご加護がありますように」
「ありがとう」
アンガスに目配せをして、マリンに背を向ける。
僕がやるべきことは分かった。僕は、まだ『勇者』の呪いから解き放たれていないらしい。
だったら、いいさ。
魔王を討伐して、綺麗さっぱり『勇者』から縁を切ろうじゃないか。
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