第16話 ジェシカとの語らい

 とりあえず、ミロとハル兄さんは和解した。ついでに、母さんにも色々事情を説明して、どうにか納得してもらった。

 あとはドレイクが、全ての魔物に改めて人間を襲わないよう通達するということだ。まぁ、そもそもミロだって襲うつもりではなく、「ご主人のオヤジだから強ぇはずだ」みたいな謎の理論で背中を叩いただけである。

 これから、下手に諍いが起こることもあるまい。


「はぁ……」


 そして、父さんと母さん、ハル兄さんにレイ兄さんそれぞれに宮廷の部屋を割り振って、僕も自室へ戻ってきた。僕の国には貴族制度がないけれど、一応それぞれ国王である僕の家族だ。実権は与えないにしても、それなりの待遇は必要だろう。そう思って、一応宮廷の中の部屋をあてがったのである。

 もっとも、さすがに側仕えまでは用意できないから、そこは自分たちでどうにかしてもらうしかない。


「はぁ……疲れた」


 ゴルドバと熱戦を繰り広げたのは、日付の上では昨日になる。

 さすがに早いパピーでも、帝都近くからグランディザイアまでは半日程度かかるため、一陣目が向かったときに僕たちは待っていたのだ。その間、ドレイクも不在であったため僕が寝ずの番をして、馬車に残る者の無事を確認した。

 まぁ、途中からレイ兄さんが変わってくれたから、僕もそこそこは寝ている。だけれど、それでもゴルドバとの戦いで疲労した体は、まだ完全に回復していない。

 今夜、ゆっくり眠ったら少しは違うのだろうか。


「ノア様」


「ん……?」


 こんこん、と僕の部屋の扉が叩かれる。

 扉を開けると、そこにいたのはジェシカだった。もう日も落ちているというのに、何か用なのだろうか。


「あ、失礼します。少し、お耳に入れておきたいことがありまして」


「どうかした?」


「はい。母上……オルヴァンス女王、フェリアナより文が来ました。以前から言っていたことではあるのですが、オルヴァンスの国民を一部、グランディザイアに移住させたいと」


「ああ、言ってたね」


「それに伴いまして、少しばかり面倒なことを提案されました」


 部屋の中央にあるテーブルの上に、フェリアナから送られてきたのだろう文、そして地図を広げるジェシカ。

 その地図に載っているのは、オルヴァンス王国とドラウコス帝国、そしてその間に存在するグランディザイアだ。世界地図というわけでなく、近郊の地図といったところか。

 その地図を覗き込む。


「どういうこと?」


「グランディザイアは今、このラファスの街を中心とした国になっています。今のところ、領土については帝国の領地を切り取った部分は五分に分け合うと盟約で決まっておりますが、グランディザイアに領地の管理をできる者がいないという理由で、オルヴァンス王国側が借り受けているような状態です」


 主にこの辺りからこの辺りですね、とジェシカが地図の上で指を動かす。

 地図を見ても、いまいちぴんとこない。ハイドラの関より以西は帝国側が撤退したから、そのあたりの部分なのかな。


「そして今回、オルヴァンス王国は領地の一部を、グランディザイアに返還すると申し出てきました」


「へぇ」


「ラファスの街と隣接したこちら……ユーミルの街とオーランの街の二つですね。帝国民はほとんどが逃げてハイドラの関を越えたらしいですが、一部の元帝国民は残っています。そちらに、オルヴァンス王国からの移住者を加えている形ですね。元帝国民は、領地を得た国への帰属を求めています」


「なるほど」


 まぁ逃げ出したっていっても、全員ってわけじゃないとは思ってた。

 中には、別の国に支配されても自分たちの生まれ故郷だから、みたいな人もいるとは思ってたし。


「ただ、これにあたってグランディザイアとしては、どう動きますか? まず領主となるべき存在は、グランディザイアに寄るべき人材だと思われます。下手にオルヴァンス側の人間に権限を与えてしまっては、もしオルヴァンス王国との関係が悪くなったとき、そちらに味方する可能性がありますから」


「あー……そうだね。つまり、グランディザイアから領主を出すような形ってこと?」


「そうですね。ノア様の直轄地としても良いですが、その場合でも町長にすべきは息のかかった人間の方が良いと思います」


「ふむ……」


 あれ。

 ジェシカの言うことが、正しいのは分かる。確かにオルヴァンス王国とは同盟を結んでいるといえ、関係が悪くなる可能性は十分にあるのだ。その場合、オルヴァンス王国の人間が領主のような立場になっていれば、僕を裏切る危険性があることも分かる。

 だけど、なんとなく疑問だ。

 なんでジェシカは、ここで元オルヴァンスの人材に、領地を任せようとか思わないのだろう。今は僕の軍師をしてくれているジェシカだけど、その所属はオルヴァンス王国であるはずなのに。


「それは僕も賛成なんだけど……」


「はい」


「ジェシカは、それでいいの?」


「どういうことですか?」


 こてん、と首を傾げるジェシカ。

 言っていることは物凄く軍師っぽいけど、こういう仕草は年相応である。


「ジェシカは、フェリアナの娘じゃないか。いざというとき、オルヴァンス王国に有利になるように立ち回った方がいいんじゃないの?」


「ああ、そういうことですか」


 そんな僕の言葉に、ジェシカが苦笑を漏らす。

 まるで僕がジェシカを信用していないように思えるかもしれないが、僕は十分にジェシカを信頼しているつもりだ。ただ、グランディザイアとオルヴァンス王国を天秤にかけた場合、オルヴァンス王国に傾くものだと思っている。

 だからこの場合も、「オルヴァンス王国の者をグランディザイアに帰属させて、領地の管理を任せましょう」とか言うと思ってたんだけど。


「ノア様」


「うん?」


「わたしは今、ノア様の軍師です。実家がどうあれ、わたしはノア様に不利益なことはいたしません」


「……ほんとに?」


 なんとなく、猜疑的な目を向けてみる。

 ジェシカの職業は、『詐欺師』だ。その本質は、ひたすら金貨が欲しいというだけである。僕にはあまり理解できない感情だけど。

 そんなジェシカが、全面的に僕の味方とか。


「いえ……少しばかり、違うのかもしれませんね」


「どういうことさ」


「むしろ、わたしからすれば……実家よりもこっちの方が落ち着くんですよね。実家だと、常に気を張っていなければいけませんし、職業『詐欺師』だとばれたら、わたしが処刑される可能性もありますし」


「あー……」


 そういえば、そんなこと言ってたな。

 王家に生まれた者で、その職業が適さない者がいた場合、放逐されたり処刑されたりすることもある、って。


「ですから、わたしとしましてはグランディザイアにずっといたいんですよ。特に、盟約における条文で『大使』の滞在期間とかはありませんでしたし」


「それは、僕としてはありがたいけどさ……」


 あれ。

 そういえば、ふと疑問に思った。

 本来、全ての人民は十五歳で『天職の儀』を受ける。僕もそうだった。

 でも、ジェシカは今十歳だ。そして僕の仲間になったのは、八歳の頃だった。その時点で、既にジェシカには職業があったのである。

 普通、『天職の儀』を受けていない者は、《解析アナライズ》で見ても職業『???』になるんだけど。


「なぁ、ジェシカ」


「はい?」


「その……ジェシカは、もう『天職の儀』を受けてるんだよね?」


「あ、はい。五歳の頃に受けました」


「なんで?」


 僕が知らないだけで、オルヴァンス王国では五歳から受けることができるんだろうか。

 でも、それオルヴァンス王国超有利じゃないか。十五歳まで職業を知ることができないから、貴族の子弟は全般的に教育を受けるって聞いたことがあるんだけど。


「ああ、王家に属する者は、五歳で優先的に受けられるんですよ」


「そうなの?」


「はい。一般的には十五歳にならなければ『天職の儀』を受けられないのですが、オルヴァンス王家は職業『王』の者に幼い頃から帝王学を学ばせるために、お抱えの神官が五歳になると『天職の儀』を行うんです。わたしも、それで受けました」


「へー」


 なるほど、王族の特例ってことか。

 よくよく考えれば、今まで疑問に思ったことなかったけど。


「ですから、わたしは今、『詐欺師』であることを隠さなくていいことに満足しています」


「そっか。まぁ、もう全員知ってるもんね」


「それに、わたしの目的が金貨を集めることだということも、皆さん知ってますし」


「ああ……うん」


 金貨の詰まったベッドで眠り、金貨の埋まったお風呂に入り、金貨で床を埋め尽くし、金貨で壁を埋め尽くし、大好きな金貨に囲まれて暮らしたい、だったっけ。

 思っていた以上にくだらない理由だったことに驚いた記憶がある。


「ですから」


「うん」


「わたしが金貨を巻き上げる相手が、オルヴァンス王国に変わっただけですよ」


「……」


 ふふっ、と笑みを浮かべるジェシカは可憐だったけれど。

 しかしその物言いは、物凄く黒かった。

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