第15話 帰還

「あー……やっと帰ってこれた」


「苦労したのは我であるぞ、小僧。二度も召喚しおって」


「仕方ないじゃないか。全員乗れなかったんだから」


 ようやくグランディザイアに帰り着いて、パピーの背中から降りる。

 さすがに僕、ジェシカ、ドレイク、父さん、母さん、ハル兄さん、レイ兄さんという大所帯を全員、パピーの背中に乗せることはできなかった。

 だから仕方なく、道中で落ちないように第一陣を父さん、母さん、ハル兄さん、ドレイクの四人で行かせて、ドレイクは全員が落ちないように監視してもらった。そして帰り着いたのを念話で確認して、『魔物呼び寄せ』でパピーを近くに呼び、残る面々を乗せて再びグランディザイアに行ってもらったわけである。

 いや、パピー本当に便利だ。移動手段として。


「お帰りなさいませ、ノア様」


「ああ、アンガス。変わりない?」


「は。ノア様の留守中、特に変わりはありませんでした」


 元Sランク冒険者で、現在はリビングメイルの魔物――アンガス・フールガーが迎えてくれた。リビングメイルという魔物らしいのだが、最近あんまり鎧着てるとこ見たことないなぁ、とかどうでもいいことを考えてしまう。

 一応、ドレイクもジェシカも連れて行っちゃったから、その間の留守はアンガスを主体とする形で任せていたのだ。


「おう、ご主人! 待ってたぜ!」


「ご主人様! お帰りをお待ちしていました!」


「先、ドレイクと共にやってきた人間は、宮廷の方に案内しております」


「ごしゅ、ごしゅ、ごしゅじん、おかえり……」


「お帰りをお待ちしておりました、ノア様」


「ご主人さまぁ! おかえりぃ!」


「我にもう用事はないな、小僧。我は眠るぞ」


 そして、僕の帰りを迎えてくれる魔物たち――ミロ、バウ、ギランカ、チャッピー、アマンダ、キング。そして何故かパピーは去ってゆく。眠かったのだろうか。

 ここに父さんや母さん、ハル兄さんがいたら驚いたかもしれないけど、そっちはドレイクに任せていたから、こっちにはレイ兄さん一人だけだ。そしてレイ兄さんも元騎士団の人間として、魔物と戦ったことなど何度もあるのだろう。落ち着いている様子だ。

 まぁ、何事もなかったようで良かった。


「ありゃ。ご主人、怪我してんじゃねぇか」


「あー、うん。ちょっと強いのと戦ってきたから」


「なんでぇ。ご主人とドレイクだけずりぃぞ。俺らだって暴れてぇのによ」


「ははは……まぁ、次の機会にね」


 割と苦戦したから、もう一体くらいは魔物を連れて行くべきだったかな。もしもミロが一緒にいてくれたら、もっと楽にゴルドバの相手ができた気がする。

 ドレイクだけで大丈夫だろうとか慢心せずに、今後は連れて行ける戦力は全部連れて行くことにしよう。


「ただ……我が主。ご報告が一つ」


「ん? どうしたの?」


「そこのでかいのが、またやらかしましてございます」


「へ?」


 ギランカの言葉に、ミロを見る。

 そっと、僕から目を逸らした。一体何をやったのさ、ミロ。


「いや、別に……俺様、何も……」


「嘘は良くないぞ、でかいの」


「うるせぇ! てめぇ、チクってんじゃねぇよ!」


「我は我が主の忠実な家臣として、報告したまでに過ぎぬ」


 ミロとギランカが、今にも喧嘩しそうな勢いで口論する。

 ほんとこいつら、相性いいのか悪いのか分からない。こんなに仲悪いのに、戦いになるとめっちゃ息を合わせて戦うんだよな。

 まぁ、問題はミロが何をやらかしたかなんだよな。


「で、ミロ」


「うっ……」


「何をやったんだ? 怒らないから言え」


「お、俺様……ちょっと、その」


「ノア様のご家族に手を出してございます」


「言うんじゃねぇよ! チビ!」


 え?

 僕の家族に手を出した?

 おいおい、僕、魔物は僕に従ってるから大丈夫って言っちゃったんだけど。


「いや……その、ご主人のオヤジだって聞いたからよぉ」


「ああ……」


「よっぽど強ぇのかと思って……ちょっと背中をはたいただけだぜ」


「ミロ、自分がレベル99ってことをもうちょっと自覚しろ」


 うちの父さんに、僕なみの戦闘力を求められても困る。そもそも父さん、職業『商人』だからね。

 ついでに言うなら、母さんの職業は『メイド』で、ハル兄さんの職業は『計理士』だ。アンドレアス辺境伯の使い走りでしかなかった貴族家ではあったけど、領地運営とか一部を任されていたから、ハル兄さんの職業はありがたかったらしい。

 そもそも僕は元『勇者』だから強いわけで、そこに血の繋がりは何も関係ない。


「それで、父さんは?」


「多少吹き飛びましたが、それほどの重傷ではありませんでした。丁度ゴブリンクレリックが近くにおりましたので、回復魔術をかけております。命に別状はありません」


「なら良かった。母さんと兄さんは?」


「ドレイク殿が案内いたしましたが、終始恐れている様子でした。ご母堂など、『絶対に大丈夫って言ったじゃないのよ!』と叫ばれておりました。主にでかいののせいです」


「はぁ……」


 大きく溜息を吐く。

 ミロも余計なことをしてくれるものだ。なんとか僕の方から説得しておこう。

 あとは、ミロ本人にも謝罪をさせる形で。それは《人変化メタモルヒューマン》の状態でだな。


「それじゃ、父さんと母さんは宮廷にいるんだね」


「は。ドレイクと共にいると思われます」


「分かった。それじゃ、僕たちも行こう。ミロだけ一緒に来い」


「お、おう……」


 ギランカたちは、「それでは、我々は仕事がありますゆえ」と言って去っていった。そして残るのはミロだけである。

 ミロも仕事があるのかもしれないが、ひとまず今回起こした混乱を自分でどうにかしてもらおう。

 そんな風に考えながら、宮廷に続く道を歩く。


「おい、ノア」


「ん? どうしたの、兄さん」


「俺には、魔物の言葉が分からん。親父とお袋に、何があったんだ?」


「あー……まぁ、大したことじゃないよ」


 まぁ確かに兄さんからすれば、「それで、父さんは?」「キキィ! キキキィ!」「なら良かった。母さんと兄さんは?」「キキキィ! キィ!」とか聞こえてるんだろうな。

 いちいち翻訳するのも面倒だし、とりあえずレイ兄さんに対してはお茶を濁しておく。

 はぁ、と小さくジェシカが嘆息した。


「レイさん。ご安心ください。ノア様は、いつもこうですから」


「いつも……?」


「ええ。魔物たちと談笑して、報告を聞いて、お一人で納得されて、こちらから聞けば『あ、うん。大したことじゃないよ』です。わたしは、何度もそれを味わってきました」


「そうか……」


 あれ。

 なんか、僕ジェシカのこと凄くぞんざいに扱ってる感じがするんだけど。

 いや、実際大したことじゃないことばっかりだからさ。どうでもいい話とかしてること多いし。わざわざ翻訳する必要ないってくらいで。


「ちなみにレイさん、申し上げておきますが」


「む?」


「これから、グランディザイアにはオルヴァンス王国から留学生や移住を受け入れていくつもりです。勿論、帝国側からも困窮した民などの受け入れは積極的に行っていくつもりではありますが」


「あ、ああ……」


「これからあなたの周りで、『耳につくオルヴァンスの訛り』が聞こえるかもしれませんが、耐えてくださいね」


「いや、それは……その……」


 にっこり、と微笑みながらもどこか迫力を感じさせる、ジェシカの笑み。

 ジェシカ、割と気にしてたんだな……。

 と、そんなジェシカの黒い一面が垣間見えたところで、宮廷に到着する。最近、割と改築とかしてるから、前みたいな宮廷(仮)じゃなくて、ちゃんと宮廷って呼べる出来のものだ。入り口は、ケンタウロスの兵士が二体、門番をしている。当然ながら、二体ともレベル90超えの強い魔物だ。

 僕が手を上げると、ケンタウロスたちは頭を下げる。僕はほら、王様だし顔パス。


「……は、……だ!」


「……せんよ! ……に……じゃな……すか!」


 宮廷の中を暫く歩いていると、騒がしい声が聞こえた。

 この声が聞こえるのは、客間だろうか。とりあえず、ってことでドレイクがそこに案内した可能性は高い。

 そして、客間に近付くにつれて、その声は大きくなってくる。


「魔物は絶対に安全だと仰ったではないですか! 何故、父上が襲われなければ!」


「いえ、それはこちらの管理不行き届きと申しますか……大変申し訳ありません」


 ハル兄さんがドレイクを責める声と、ドレイクがそれに謝罪する声。

 ドレイクにしてみれば、ミロが余計なことをしたせいで胃痛があるかもしれない。あ、ゾンビだと胃痛とかどうなんだろう。


「兄さん」


「ノア!」


 客間の扉を開いて、声をかける。

 ちなみにこの扉は、多少大きな魔物でも通れるように、僕の身長の倍ほどもある。たまにしっかり閉めると、ジェシカだと重くて開けられないことがあって困るらしい。


「聞いてくれ、ノア! ついさっき……」


「あ、うん。聞いた。ついでに、それをやった奴も連れてきたよ」


「うわぁっ! そ、そいつだ! そのミノタウロスが、いきなり父さんを……!」


「はい、ミロ。謝る」


 ぼりぼり、とミロが後ろ頭を掻いて、ハル兄さんに頭を下げる。


「すんませんでした」


「ミロ、お前が何言っても分からないから」


「あー、そういえばそうだったか。ええと……《人変化メタモルヒューマン》」


 ミロが力ある言葉を唱えると共に、ミロの体に光が走り。

 それから、ミロが人の姿に変わった。


「ええと、これでいいのか? すまなかったな、兄さん。いや、ご主人のオヤジって聞いたから、強ぇと思ってよ。ちょっと力加減間違っちまったんだわ。許してくれ」


「……」


 そんなミロを、ハル兄さんは真っ赤な顔で見て。

 それから、混乱しているように僕を見る。

 僕も同じく、ミロを直視することができなかった。


「ミロ……」


「ん? どうした、ご主人」


「服を、着てくれ……」


 魔物が《人変化メタモルヒューマン》をすると、最初から腰布一枚しか着てないミロは、そのまま人間になってしまう。そして、明らかにサイズの違う腰布は、そのまま落ちてしまうのだ。

 全裸で胸を張る美女ミロに、僕は頭を抱えることしかできなかった。

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