第14話 諍いの結末

「ヘンメルの身は、騎士団に引き渡します。また、皇帝陛下にも父上が考えていたこと、洗いざらい話をいたします」


「そうなの?」


 暫く父さんがぎゃーぎゃー喚いていたけど、とりあえずレイ兄さんに羽交い締めにされていた。

 父さんにしてみれば、息子がいきなり魔王扱いされてることなど疑問しかないだろう。僕も早計ではあったけれど、それで魔王の家族として拘束され、監禁され、人質として僕との交渉材料に用いられたのだ。確かに僕が逆の立場であれば、説明を求めるに決まってる。

 でも、まぁ、うん。

 面倒だから、とりあえず後回しで。


「父の企んでいたことは、許されることではありません。帝国を簒奪し、ミュラー教による支配など……そのようなことは、聖ミュラー様のお望みではありませんから」


「ふぅん……僕としては、大教皇じゃなくてマリンが相手なんだったら、協力してもいいと思ってたけど」


「ありがたいお話ですが、遠慮します。私は教国などの野望は持ちませんし、宗教が力を持つべきではないと考えています。これまでと同じく、私は信徒たちに聖ミュラー様のお言葉を伝えていくだけです」


 僕の体も、動ける程度には回復した。

 まださすがに、全力で戦えるわけじゃないけれど。疲労困憊で倒れた僕に、マリンが回復魔術をかけてくれたのだ。

 あとは、数日ゆっくり休めば全快するだろう。


「あと、勿論のことですが家族も無事にお返しいたします。今、連れてまいりますね」


「うん」


 マリンの表情は、生き生きとしている。

 大教皇としてこれから、責任を持たなければならないマリンだ。その重圧は勿論あるのだろうけれど、それ以上に父親から解放されたことの喜びがあるのだろう。

 久しぶりに姿を見たとき、随分と心苦しそうな顔をしてたから。

 そんなマリンが部屋の奥へ向かい、それから嬉しそうな声が響いた。


「あなたっ! 無事ですかっ!」


「父さん!」


 そして、マリンに先んじて奥から現れるのは、姉と間違われそうなほどに若々しい僕の母、マリッサ・ホワイトフィールド。そしてもう一人、眼鏡をかけた知的な僕の兄、ハル・ホワイトフィールドの二人だ。

 憔悴はしているものの、目に見える傷もない。そして出てきた母さんに、父さんが嬉しそうに抱きついた。


「マリッサ、無事で良かった……!」


「あなたっ……! それに、ノアにレイ! あなたたちも!」


「ノア、レイ……これは、一体どういうことなんだ? 説明をしてくれるのか?」


「ああ、勿論さ、ハル兄さん……」


 全部――全部、説明しよう。

 僕のこれまでのこと。今日のこと。そして、これからのこと。

 でも僕は、許してくれとは言わない。僕は、僕の選択を何一つ後悔していないから。












「ま、そういうわけ」


「ノアは、職業『魔物使い』だったのか……まさか、嘘を吐いていたとは……」


「ああ」


「まったく……お前は、儂に職業『村人』だったと言ってきたではないか。儂は、最後までお前が旅に出ることには反対したのだぞ。『村人』では、冒険者としても大成はするまいと……」


「まぁまぁ、あなた。それで……あくまで『魔物使い』、なのね? 魔王じゃないのね?」


 最初から全部、一部を隠して家族に説明した。

 僕が元『勇者』だったことだけは隠して、僕は最初から『魔物使い』だということにした。下手に僕が元『勇者』だって教えると、それでトラブルに発展するかもしれないし。

 あとは紆余曲折あって、今では魔物の国――グランディザイアの王になっている、と。

 端的に話すと、それほど大した半生じゃなかった。


「ああ。あくまで『魔物使い』なんだ。魔王じゃないから安心して」


「だったら良いのだが……」


「ひとまず父さんも母さんも兄さんも、僕の国に来てほしい。帝国にいたら、また皇帝に捕らえられるかもしれないし」


「その通りだな。ノアが帝国で魔王とされている以上、国外に逃げるしかない。だが、国外に当てなどないからな……ノアが受け入れてくれるのなら、俺はそれを受け入れるべきだと思う」


「ハル兄さんにそう言ってもらえれば、僕も気が楽だよ」


 思っていた以上に、ハル兄さんには素直に受け入れてもらえた。父さんと母さんは生まれ故郷を捨てることに若干表情を渋くしているけど。

 だけど、ホワイトフィールド家の当主は今、ハル兄さんだ。ハル兄さんが、我が家の決定権を持つとさえ言っていい。そしてハル兄さんが僕の提案を飲んでくれて、僕の国に来てくれるのならば、そこに父さんも母さんも一緒に来るのが当然なのだ。


「その……魔物の国なんだろう? 儂らは、襲われたりせんのか?」


「それは心配しなくていい。僕の国にいる魔物たちは、全員僕に従ってるから」


「ええ。不肖、このドレイクが保証いたしましょう。断じて、グランディザイアにおいて魔物が皆様に手をかけることはありません」


「高名なドレイク殿にそう言ってもらえるのなら……」


 ドレイクの言葉に、頷く父さん。

 僕は知らなかったけれど、ドレイクって結構有名人であるらしい。まぁ、世界にあんまり存在しないSランク冒険者の一人だし、帝国からは爵位も貰っているらしいのだ。その言葉に説得力を持っているのかもしれない。


「ノア……」


「ん? レイ兄さん、どうしたの?」


「……俺も、連れていってくれんか? お前の国に」


「え……兄さん、帝国騎士団長じゃないの?」


「臨時の、それも誰もやりたくない役割を押しつけられただけだ。もう、未練などない」


 レイ兄さんが言ってから、小さく嘆息する。

 確かに、ハイドラの関を守る騎士団長だとかレイ兄さん言ってたけど、誰もやりたくないっていうのも当然かもしれない。

 だってハイドラの関って、僕が帝国に侵攻した場合の最前線になるわけだから。


「分かった。レイ兄さんも、一緒に行こう」


「ありがとう。俺も、もう家族に矛を向けたくはない」


「うん」


 父さん、母さん、ハル兄さん、レイ兄さん。

 立場はあの頃と変わってしまったけど、僕たち家族は、ようやく再び集まることができたんだ。

 今はそれを、素直に喜ぼう。


「帰路は、ミュラー教の方から大教皇の印がついた馬車を出します。皆様が帝国領を越えるまでは、誰にも止められぬよう指示しておきますね」


「ありがとう、マリン」


「いえ、私にはそれくらいしかできませんから」


「それじゃ、帰ろうか」


 よいしょっ、と気合いを入れる。

 まだ体は微妙に重いけど、道中に現れる魔物の対処くらいはできるだろう。あとは、そのあたりもドレイクに任せればいいかな。

 あとは、帝都から離れたら一旦パピーでも呼びつけて、そのままさっさと帰ろう。


「ノア様」


「うん?」


「改めて、お礼を。父上の野望は、ノア様のおかげで潰えました」


「僕が勝手にやったことさ。お礼を言ってもらうようなことじゃない」


「それでも、ありがとうございます。私に出来ることがあれば、何でも言ってください。聖ミュラー様の名に誓って、私はノア様の助力となりましょう」


「ありがとう」


 まぁ、何か困ったときには、マリンに助けを乞うこともあるかもしれない。

 最初は帝国を潰すつもりだったけど、もう僕の家族は殺されていなかったし、助けることもできたのだ。ここからは、オルヴァンス王国と一緒に帝国への対処を行っていくくらいのものだろうか。

 そのときも、ミュラー教の施設は攻撃しないように厳命しておこう。


「それでは、神殿の前に馬車を手配しておきます。あなたがたの帰路に、聖ミュラー様のご加護があらんことを」


「ああ。また」


 こうして、僕とミュラー教の諍いは終わった。

 目的を果たし、帰り道の馬車の中には、父さんと母さんと兄さんを伴って。

 僕の国は、人と魔物の共存を謳っている。

 その第一陣となってくれる相手が僕の家族だというのは、良いと思う。


 ただ、ね。

 父さん、母さん。

 そこで「ふむ、儂が国王の父ということは……何になるのだ?」「私は国母になるのでしょうかね」「わからんなぁ」とか。

 悪いけど、僕の国には貴族制ないからね。

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