第27話 糾弾

「守護者ハイドラ――こいつの記録が公式に残ってないのは、理由があってのことや」


「その、理由って……」


「ハイドラの関より以西がな、その当時……ハイドラによって皆殺しにされたそうや。残ったんは焦土だけやってな。魔物の大半をぶっ殺されたリルカーラは、ハイドラの手が及ばん場所まで逃げたらしいで。それが、今のリルカーラ遺跡やって聞いたわ」


「なるほど……」


 不思議ではあった。最強の魔王であるリルカーラが、何故あんな入り組んだ遺跡の最奥に住んでいたのか。

 それは、ハイドラというリルカーラでも及ばない魔物から、逃げるためだったというのか。


「リルカーラはハイドラを相手にするために、遺跡の地下深くで戦力を整えるつもりやったらしいわ。でも、その成果が出る前に、当時の勇者ゴルドバの手で殺された……まぁ、それが歴史の真相らしいで」


「……」


「ミュラー教自体は、自分とこの守護者が当時大陸の西を皆殺しにしたって事実は、さすがに公表できんかったみたいや。せやから、ハイドラの記録はミュラー教の神殿地下にしか残ってへん。よっぽど高位の司祭しか見ることはできへんらしいわ」


「そんな歴史が……」


「結局、ハイドラは大陸の西にいた人民を皆殺しにして、大地を焦土に変えてから、再び眠りについたっつーことや。こいつを殺した記録ゆーのは残ってへん。まぁ、ウチとしても非常に遺憾ながら、あのデカブツをどうにかする方法までは提供できへんわ」


 シルメリアの言葉に、大きく嘆息して腕を組む。

 巨大な魔物が来ているということは分かっていたし、どうにか対策しなきゃいけないとは思っていた。だけれど、シルメリアからしてみれば、この状況は絶望的だと思っているのだろう。

 かつての魔王でも倒せなかった相手だ。


「ま、そういうわけや。ああ、武器は馬車に乗っけとるから、勝手に取ってな。何やったら、馬車ごとくれてやるわ。お茶、ご馳走さん。ウチはこれでお暇するで」


「シルメリア……」


「ハイドラをどうにかすることができるんやったら、今後ともよろしゅう。ウチはさっさと逃げさせてもらうで」


「ああ、そうだろうね」


 シルメリアにしてみれば、かつての魔王リルカーラも今代魔王ノア・ホワイトフィールドも、大して変わらない評価なのだろう。魔王リルカーラが退けられた相手ならば、僕も同じく退けられると思っているのだ。

 だから、危ない橋は渡らない。この死地には長居せず、僕たちが上手いこと迎撃できたら儲けもの、くらいにしか考えていないのだろう。


「なぁ、シルメリア」


「何や? ノアさん」


「一つ、商談をしたいことがあるんだけど」


「ほう。そりゃ愉快な話や。商談はいつでも大歓迎やで」


「ああ」


 笑みを浮かべる。

 僕と魔王リルカーラには、圧倒的な差がある。僕は、それを知っている。

 それは、かつてパピーが言っていたことだ。


「ドレイクとアンガスが、前に言ってたんだけどね」


「ふむ」


「ハイドラ……あれだけの巨体だと、外皮がかなり硬いんだって。並の武器じゃ、貫けないくらいに」


「せやろな。大きい魔物はそれだけ、硬くできとる。ドラゴンの鱗が高値で売れるんも、そういう理由や」


「だったらさ」


 パピーは言っていた。

 リルカーラと名乗った魔物使いが連れていた魔物は、矮小にして脆弱な者ばかりだった、と。

 当時のリルカーラが、魔物使いのレベルいくつだったのかは知らない。だけれど、パピーと出会った時点では、彼女は決して高いレベルではなかった。つまり、魔物使いに転職をする前のレベルも高くなかったということだ。魔物使いのレベルと前の職業のレベルを合わせても、そのレベル以下の魔物しか仲間にできなかったというのだから。

 そして、自分のレベル以下の魔物ならば確実に仲間にできる。しかし、自分のレベルよりも高い魔物を仲間にできる確率は、二厘――僅かに、0.2パーセントしかない、と。

 さらに、『魔物融合』で検証した結果を考えると、『全ての魔物はレベル99が上限である』という結論に行き着く。

 結果。


「ハイドラの外皮、いくらで買い取ってくれる?」


「あんた、本気か? いや……正気か?」


「正気さ。悪いけど……僕は、あんな奴に負けるつもりはないよ」


 僕は元レベル99の『勇者』。現在はレベル49の『魔物使い』。

 合わせてレベル148の僕に、仲間にできない魔物は存在しないということだ。

 それが、聖ミュラー様の守護者とやらであっても。

 そんな僕の言葉に、シルメリアは肩をすくめる。


「はん……現品見な、判断つかへんな。下手に堅すぎても、加工がしにくいんや」


「あ、そうなの?」


「せやで。特に、外皮は一枚モンやろ。そうなると、加工に時間もコストもかかりすぎるわ。ドラゴンの鱗は、堅い割に繋ぐんが簡単やから高値で取引されとんや」


「あー、なるほど」


 確かに、その考えはなかった。

 ただ堅いものを用意すればいいって考えてたけど、そりゃ商品として売り出すんなら、加工の手間とかあるよね。

 ってことは、あんまりいい値段にはならないのかな。


「あとさ、もう一つ確認したいことがあるんだ」


「何や? ウチ、もうそろそろ逃げたいねんけど」


「まぁ、そんなに大したことじゃないよ。そんなに時間はとらせない」


 さて。

 近々ジェシカに話を聞こうと思ってたんだけど、丁度ここには片棒を担いでいるのだろうシルメリアもいる。ここで切り出すのが正解だろう。

 そのために、僕はギランカをこの場に残したんだから。


「ジェシカ」


「は、はい! 何でしょうか……?」


「シルメリアに、いくら貰った?」

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