第26話 脅威の守護者

「ふー……相変わらず、ええ茶葉使うとるなぁ。今日のは南のラジーリ産やな。この苦味がええんよ。よー分かっとるなぁ」


「別に、お茶について今はどうでもいいんだけど」


 お茶を啜るシルメリアが感想を述べるのに対して、小さく溜息を吐く。

 今はお茶について議論している場合じゃないんだよ。何せ、シルメリアの言うところの『デカブツ』とやらがこっちに向かってきているんだから。

 できれば、早急にその対策をしなけりゃいけないってのに。


「ノア様。時間も惜しいですし、魔物たちには先に作業に入ってもらってもいいですか?」


「あ、うん。ジェシカ――」


 おっと。

 このまま承諾しちゃ駄目だ。ちゃんと、言っておかないと。


「ごめん、ギランカだけは残して。ちょっと用事があるから」


「あ、はい! 分かりました。でしたら……ミロさんが先導して、魔物たちを率いて森の方に向かってください。バウさんとチャッピーさんも、あとアマンダさんもお願いします」


 人間形態のミロ、バウ、チャッピー、アマンダそれぞれに指示を出すジェシカ。

 一匹ずつやるべきことを伝えて、それぞれ納得してもらってからだ。その指示には淀みがなく、ジェシカがどれほど頭がいいのかよく分かる。


「……と、いう形で、皆さんお願いします」


「おう。任せな、嬢ちゃん」


「はい! 僕もご主人様のために頑張ります!」


「お、おで、も、いく……」


「ノア様のため、与えられた任務をこなしてみせますわ」


 ジェシカの指示で、部屋を出てゆく魔物たちを見送る。

 あとこの部屋にいるのはソファに座る僕とジェシカにアリサ、その対面に座るシルメリア、背後にドレイク、アンガス、ギランカという形だ。パピーは会話が聞けるように窓の外である。

 シルメリアが来る前からだけど、パピー何も言わないな。

 こいつが大人しいとか珍しい。


「それで、シルメリア。その『デカブツ』ってのは……何なんだ?」


「なんやノアさん。結論急ぐなぁ」


「そのために、対価は支払ってるはずだ」


「せやな。ウチも、約束を反故にするつもりはあらへん。ま、落ち着きや。この茶ぁ、美味いで」


「知ってる」


 シルメリアの言葉に、眉を寄せてそう返す。

 今はお茶について云々言ってる場合じゃないんだよ。なんでそれが分からないかな。


「ま、そんなに急ぐこたあらへん。あのデカブツの足やと、ここまで来るには二日はかかるで」


「本当に?」


「ウチは情報屋や。嘘は言わへん。ま、馬車と大して変わらん足や」


「……なら、いいんだけどね」


 二日。

 これを短いととるか、十分時間があるととるかは、人それぞれかもしれない。

 少なくとも僕はシルメリアの態度から、まだ時間があるものと受け取った。


「ま、先に言うとな……アレ、ミュラー教の手先や。『聖ミュラー様の遣わされた守護者』とか言うとったで」


「……ミュラー教の、守護者?」


「せや。ハイドラゆうてな」


 ミュラー教自体は、帝国民だった僕も知ってる宗教だ。

 何より、いつだったかリルカーラ遺跡で助けた神官――マリンが、信捧していた宗教である。父なる聖ミュラーの元に全ては平等であり、人類に与えられるもの全ては聖ミュラーより下賜されるもの、みたいな考えだったはずだ。

 だけど、ミュラー教の守護者なんて言葉、僕は聞いたこともない。


「ハイドラ……ね。ハイドラの関って名前、まさかそこから来てるわけ?」


「案外鋭いやん、ノアさん。その通りや」


「では、過去にも現れたということですか? その、ハイドラという守護者が」


「せやで、嬢ちゃん。まぁ、この辺りはミュラー教が秘匿しとる情報やからな。手に入れるんは苦労したで」


 ジェシカの問いにも、あっさりと頷くシルメリア。

 そんな化け物が現れた歴史があるなら、僕だって少しくらい知っていてもおかしくないと思う。

 だけれど、『ハイドラの関』という名前が残りながら、『ハイドラ』という守護者が現れた歴史は秘匿されているなんて、妙にちぐはぐなものを感じてしまう。


「ノアさんに嬢ちゃん。ハイドラの関については、どう聞いとる?」


「ええと……かつて、魔王リルカーラを退けた関、みたいに聞いてるよ」


「ええ。千年前に現れた魔王リルカーラが帝国に侵攻しようとして、自然の要塞でもあったハイドラの関において防衛した、と記録が残っていると聞いています」


「まぁ、普通の認識ならそうやろな。ウチもそう聞いとる。でもな……よー考えてみ」


 くくっ、とシルメリアが笑みをうかべる。


「ノアさん、あんた、帝国に侵攻しようと思ったときにな」


「ああ」


「ハイドラの関、怖いか?」


「……」


 いや、それは。

 そりゃ、切り立った崖の隙間に立ってるって話だけど、どうなんだろう。

 前にドレイクが言っていた通り、パピーが飛べば高さなんて関係ないし、巨人族の投擲でどうにかなるかもしれない。そうでなくても、わざわざ関を落とさなくても、僕の陣営は食事が必要ないのだ。

 どうしても帝都を落としたいのであれば、ハイドラの関なんか無視して山脈を抜けるなり飛ぶなりして、一直線に帝都に向かう方が明らかに楽である。


「別に……そうは思わない、けど」


「んじゃ、なんで魔王リルカーラは退けられたんや? 今代魔王は関が怖くも何ともないっつーのに」


「それ、は……」


 確かに、それは矛盾だ。

 僕が魔王というのはさておき、リルカーラも魔物使いだったと聞いている。だったら、僕と同じ程度の魔物の陣容があったはずだ。

 だというのに、ハイドラの関によって退けられた理由は。


「その最大の理由が、守護者ハイドラや」


 つまり。

 そのハイドラという守護者に、魔王リルカーラは敵わなかったということ――。

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