第25話 緊急会議

 全員が宮廷(仮)の前まで到着するまで、さほど時間はかからなかった。

 アリサはジェシカをすぐに呼んでくれて、最初に到着したのはジェシカだった。そして僕は、幹部それぞれ一匹ずつ《交信メッセージ》を繋いで、宮廷の前に来るように伝えた。


 結果。

 現在、宮廷の前に集まっているのは僕の仲間――アリサ、ジェシカ、ミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、ドレイク、アンガス、パピー、そしてアマンダの人間一人、エルフ一人、魔物八匹だ。


「あの、ノア様。どういうことなのでしょうか……? わたし、急いで来いと言われただけなのですが……」


「我々も、急いで来いと言われただけですが……」


「まぁ、ちょっと待って」


 ジェシカとドレイクの問いに、僕は頷く。

 別に、隠していたつもりはない。ただ、とにかく早く来いとだけ伝えたのだ。

 詳しくは、アリサの方から説明してもらおう。


「アリサが、こちらに向かってくる巨大な魔物を発見したそうだ」


「ほう……巨大とな」


「パピー殿よりも、遥かに大きな魔物だった。それが山を砕いて現れて、まっすぐにこちらに向かって来ている」


「アリサさん……それは、本当ですか?」


「ああ。間違いなく、この目で見た」


 ジェシカの問いに、そう答えるアリサ。

 その表情に見えるのは、焦燥だ。隠れ里で、かつてパピーに感じていたものと同じ、焦りと恐怖の色が濃い。

 これだけの魔物がいて、僕がいて、それでも尚恐怖を感じる相手だと、そういうことだ。


「私が見たのは、巨大な……ドラゴンのように見えた。だが、その大きさは桁違いだ。それに、何本も頭があるのが見えた。角のない、蛇のような頭だ」


「ふむ……」


「大きさは……遠目だったから正確なところは分からないが、パピー殿の三倍はあると思う」


「そりゃ、でけぇな。パピーの三倍かよ」


 ミロの意見に、僕も賛成だ。

 うちの陣営で、一番大きいのはパピーだ。ただでさえそんなパピーも、僕の五倍くらいでっかい。

 つまり、その巨大な魔物は僕の十五倍でっかいってことだ。逆に分からなくなってきた。

 それだけ大きいのなら、歩幅も大きいだろう。つまり、この街に来るまであまり時間はないと考えた方がいいのかな。

 ハイドラの関まで、馬車で二日くらいの距離だから……ええと、どのくらいだろう。


「でしたら、準備する時間はありそうですね」


「え、そうなの?」


「ええ。数々の魔物と戦ってきましたが、中には巨大なものもいました。そして体が巨体になれば、それほど素早く動くことはできません。どうしても、足にかかる荷重が増えますからね」


「その分、外皮が硬くなかなか攻撃が通じぬがな……それだけ巨大となると、並の武器では貫けまい」


 ドレイク、アンガスの元冒険者コンビがそう言ってくる。

 僕も五年間の旅路で色々魔物を相手にしてきたけど、さすがに元Sランク冒険者は年季が違うってことか。確かに、リルカーラ遺跡にいたガーディアンゴーレムとか動きは鈍かったもんね。その分、めちゃくちゃ硬かった覚えがある。

 でも、何を準備するんだろう。


「ってこたぁ、俺の斧も壊れるかもしれねぇな」


「でかいのの斧は、まだましであろうよ。我の山刀マチェットは、もう錆びておるからな……」


「お、おでの、こんぼう、つよい、たぶん」


「僕の爪も折れちゃうかもしれないです! 折れたら痛いです!」


「つまり、体術に頼る形になるということですか……そうなれば、主に戦うのはノア様とこの私、不肖ドレイクということになりますね」


「儂の大剣も、年季ものだからのぉ……」


「不肖このアマンダも、蛇格闘術を習得していますわ。是非戦わせてくださいませ」


 魔物たちがそれぞれ、自分の武器を見ながらそう言っている。

 まぁ、一応武器についてはシルメリアにお願いしているんだけど、まだ来ないのかな。十日くらいって言ってたから、もうすぐだとは思うんだけど。

 最悪はドレイクの言った形で、僕とドレイク、それにアマンダが体術で戦う感じかな。

 巨大な魔物のレベルが幾つかは分からないけど、こっちは元レベル99の僕とレベル99の魔物七匹だ。元々の大きさのスペックが違うとはいえ、そう簡単に負けはしまい。


「あの、ノア様」


「ん? どうしたの、ジェシカ」


「できれば皆様、人間の姿になっていただきたいと思っています……わたし、言葉が分からないものですから」


「あ、それもそうか」


 ジェシカとアリサのこと、忘れてた。

 情報の共有は必要だよね。さすがに、巨大な魔物を相手に作戦を立てろ、っていうのも無茶な話だけどさ。


「お前ら、全員人変化《メタモルヒューマン》使ってくれ」


「んあ? ああ、そこの嬢ちゃんは言葉分かんねぇんだったな」


「そういうこと。はい、さっさとする」


 使える者がそれぞれ、《人変化メタモルヒューマン》を使う。

 それと共にミロは妙齢の美女に、ギランカは温厚な紳士に、チャッピーはおどおどした少年に、バウは元気そうな女の子に、アマンダは可愛らしい少女へと変貌した。

 ただ、どいつもこいつもどうして全裸で平気なのさ。さすがに目のやり場に困るから、すぐに服に着替えてもらった。

 ちなみに、パピーだけはドラゴンのままである。そういえば、さっきからパピー一言も喋ってないな。


「これでいいか、ご主人」


「ああ、いいよ」


 ふぅ。

 とりあえず全員が服を着たので、これで会議再開である。

 全員人間型なら、会議室とかで良かったかもしれない。パピーはどうせ何も喋ってないし。


「では……ええと、向かってくる巨大な魔物への対策ですが」


「おう」


「ひとまず、迎撃するという方針でよろしいですか、ノア様」


「うん。それで」


 さすがに、この地を放棄するという考えはない。せっかく得た、僕たちの橋頭堡だ。

 この場所は、僕の国が始まった場所でもある。絶対に守り通してみせよう。


「では、不肖このドレイクから作戦を」


「はい。では、ドレイクさんお願いします」


「ああいった手合いに効くのは、落とし穴です。まっすぐこちらに向かってくるのならば、その中途に巨大な落とし穴を掘ればいいでしょう。穴に嵌って動けない状態で、頭部を攻撃するのが最善と考えます」


「なるほど」


 確かに、魔物って知性がないからすぐに罠に嵌るんだよね。

 行動パターンが決まっているのなら、その途中に罠を仕掛けるのは良いかもしれない。

 だけれど、そんなドレイクの提案にジェシカは僅かに眉を顰めた。


「それは確かに、良い手段でしょうけれど……」


「何か問題でも?」


「それだけの巨大な魔物を落とせるだけの穴を、作ることができるでしょうか。お話によれば、まっすぐこちらに向かっているとのことですし」


「魔物を全員投入すれば、どうにか……」


「それに、さすがに知性がないとはいえ、まっすぐ向かってきた場所に穴があれば、魔物であれ迂回するでしょう。そうなると落とし穴に気付かれない細工が必要となります」


「あー……」


 穴の上に折れやすい木枠とかを乗せて、その上に草を置くとかそういうのが一般的な落とし穴だ。

 だけれど、さすがにその細工を用意するのは簡単じゃない。下手くそな細工だと、穴があることに気付くだろうし。

 ドレイクも、ジェシカの指摘に「確かに……」と眉を寄せている。


「……」


 落とし穴、いい作戦だと思ったんだけどなぁ。

 でも、作戦立案にかけては頭のいいジェシカに任せるのが一番だ。その言葉には、素直に従っておくべきだろう。

 そして、そうなると。


「……」


「……」


「……」


「……」


 誰も、何も言わない。

 そもそも、ミロやギランカ、チャッピーにバウ、このあたりに作戦立案能力はない。さっきまでの落とし穴のくだりも、「へー」「ほー」言いながら聞いてただけの奴らである。

 まぁ、僕にもないから何も言えないんだけどね。作戦とか考えるのは頭いい人で、僕は戦う人。


「え、ええっと……他に、何か意見のある方は……」


「……」


「……」


「えっと……」


 ジェシカが戸惑っている。

 ドレイクもアンガスも、多分何か考えているのだろうけれど、特に浮かばないのだろう。


「では……わたしの考えた作戦なのですが」


「お? 何かあんのか、嬢ちゃん」


「是非、そのお考えを我もお聞きしたい」


「ええ……えっと、ノア様。少し、お聞きしたいことがあるのですが」


「うん?」


 あれ。矛先が僕に来た。

 僕、特に何も考えてないけど大丈夫かな。


「ノア様の配下に、まだ意思を持っていない魔物も大勢いると思うのですが」


「うん」


「その意思を持たない魔物は、どの程度の命令なら従いますか?」


「あー……そんなに複雑な命令はできないかな」


 僕もこれ、何回か検証はしたんだよね。

 大きな石をあそこへ運べ、みたいな命令はできたし、ちゃんと従ってくれた。だけど、森に行って大きな石を見つけて持ち帰ってこい、って命令は駄目だった。結果、森に行け、大きな石を見つけろ、石を運べ、って三回に分けたら可能だった。

 一応、検証結果としては『一つの行動に対する命令なら可能』ってことだった。まっすぐ進め、あれを倒せ、じっとしていろ、みたいな。


「でしたら、『ここを押さえてじっとしていろ』という命令は可能ですか?」


「あ、うん。それくらいなら大丈夫だと思う」


「分かりました。ありがとうございます」


「……?」


 どういうことなんだろう。

 まぁ、そもそも僕が配下を全員、ちゃんと意思を持たせていれば早かったんだけど。ちゃんと、今後は真面目に手加減作業しよう。

 うわぁ、今から考えるだけで超面倒くさい。


「ジェシカ、一体どういう……」


「あ、はい! 今から作戦を説明します。これならば、人海戦術が可能かと思います」


「それは……」


 ジェシカが、そう説明しようとした瞬間に。

 空気を読まない、ちょっと前に聞いた声が、その場に響いた。


「まいどー。いやー、ぎょーさん雁首並べてどないしたん? ノーフォール商会シルメリア支店、ご注文の品届けに来たでー」


 ヒヒン、と鳴く二頭立ての馬。

 その馬が引く、幌のついた荷馬車。

 そして、その御者としてそこに座るおっぱい眼鏡。


「案外人間も大勢おったんやなぁ。ま、ええわ。ああ、なんか変なデカブツがこっち向かってきとるで。そのあたりの情報も持ってきたから、ちぃと茶ぁでもしばいて話さへんか?」


 それは、僕が注文した品を、丁度十日で届けに来た。

 シルメリアだった。

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