第24話 脅威の影

 兄さんが電撃的にグランディザイアを訪れてから、七日が過ぎた。

 そしてこの七日間、特に帝国にもオルヴァンス王国にも大した動きはなかった。強いて言うなら、ハイドラの関より以西の元帝国領――住民を失い、廃村となった地をオルヴァンス王国の所領とすると、正式に発表があったくらいだろうか。

 現在も、オルヴァンス王国の国民たちが元帝国領に移住しているらしい。そしてハイドラの関まで防衛線を下げた帝国は、基本的に関での防衛に専念するらしく、オルヴァンスとの小競り合いすら起こっていないのだとか。

 まぁ、平和である。

 二国がそれぞれ睨み合い、国境は封鎖され、何かのきっかけでもあれば暴発しそうな状況とはいえ、平和である。


「はー……いい陽気だねぇ」


「おう、ご主人。気持ちいいなぁ」


 そして、僕も今日も今日とて、宮廷(仮)の屋上で日向ぼっこである。

 やらなきゃいけないことは結構あるんだけど、面倒で投げ出しているというのが本音だ。意思を持たない魔物への手加減作業とか、各軍の隊長を強化したりとか。でも、特に何もしてないせいか、僕の魔物使いレベルは未だに49のままである。

 ただ、ね。

 僕は本来、こういう風にのんびり過ごしたかったんだよ。そもそもスローライフを目的にやってきたのに、なんか魔王扱いされたり王様やってたり不思議なものだ。

 ちなみに、普段は一人で日向ぼっこをするのが好きなんだけど、今日は暇らしいミロと一緒である。


「平和だねぇ」


「んだな」


「陽気もいいし、眠くなってきた」


 屋上に設置された木製の椅子と、木製のテーブル。

 これは、倉庫にあったものを僕がわざわざ屋上まで運んだのだ。理由は日向ぼっこをするため。ちなみにミロが椅子に座ると壊れそうなので、床に座ってもらっている状態である。それでも視線はそれほど変わらないんだよね。

 それより問題としては、やっぱり眠い。昨夜しっかり寝たはずなのに、陽気ってすっごい眠気誘うよね。


「なんだご主人、眠てぇのか」


「あー、うん。ちょっとね」


「よっしゃ」


 何故か、ぽんぽん、と自分の太腿を叩くミロ。当然、そこは毛むくじゃらである。

 何これ。


「ほれ」


「いや、ここで寝ないよ僕」


「ん? 《人変化メタモルヒューマン》した方がいいか?」


「尚更やめて」


 ミロの気持ちは嬉しいけど、違う。

 ミロが僕に安眠を提供しようとしてくれるその気持ちは、まぁありがたく受け取っておこう。でも僕がその膝枕で寝る場合、頭以外は全部石の床だからね。硬くて体痛くなるやつだ。

 そうじゃなくて。

 寝るなら自分の寝室で寝るよ。


「はー……」


 しかし、平和だ。

 眼下には、広い街並みが見える。街を闊歩する魔物たちの姿も。

 そして、方角的にはこの宮廷(仮)は東向きだ。自然と目に入る街の入り口も東門であり、その遥か向こうには山脈が見える。

 あの山並みにあるのが、ハイドラの関だそうだ。

 山脈を抜け、オルヴァンス王国と帝国を繋ぐ街道は、一つしかない。その街道に設置されたハイドラの関はその街道の最も狭いところに設置されており、左右を切り立った山脈に囲まれているのだとか。自然、軍を進めるのなら街道を行くしかなく、ハイドラの関を落とさない限り進軍できないという。

 よくもまぁ、そんな丁度いい立地があるものだ。左右は山脈という自然の要塞で、街道に関があるだなんて。

 ちなみに、関を通るには身分証の提示が必要になるから、僕の旅路は自然と山脈を抜けることになった。まぁ、転職の書が存在する場所の噂の一つに、『大陸最大の巨峰の頂上』ってのもあったから、ついでに見にいったんだけど。

 雪しかなかったのもいい思い出だ。


「なぁ、ミロ」


「あん?」


「ちょっと……相談があるんだけどさ」


「どうしたんだよ、ご主人」


 ふーっ、と大きく息を吐く。

 つい事故のようなもので見てしまって、でも本人は気付いてないみたいだから、僕としても判断に困っているというのが事実だ。

 ギランカに協力してもらって、知っていることもある。僕はこれを糾弾するべきかどうか、ずっと悩んでいるのだ。


「ジェシカの件なんだけど」


「あー……そういや、チビが何か言ってたな。なんか、ご主人の指示で動いたとかよ」


「ああ、うん。その件だよ」


 僕が知ってしまった、ジェシカの秘密。その件についてギランカに協力してもらったのを、ミロも聞いているのだろう。

 以前に彼女を《解析アナライズ》したときの情報と、今の情報が違うということ。

 僕もよく分かってないし、何故そうなっているのか予想もついていない。

 だけれど。

 僕が以前に見たジェシカの職業は『軍師』で。

 兄さんが来たときに見てしまったジェシカの職業は、『詐欺師』だったのだ。


「もしもジェシカがさ」


「ああ」


「天職『軍師』じゃないって言ったら、どう思う?」


「……?」


 ミロが首を傾げて、それから頬を掻いた。


「いや、別にいいんじゃねぇの?」


「え」


「人間が職業を大事にするってのは知ってるけどよ。俺らにしてみりゃ、ご主人の職業が何だろうが関係ねぇよ。あのちっこい姫さんが何でも、俺にはどうでもいいな」


「……そっか」


「大体、人間から魔物になるような変な奴もいるんだ。変な奴が増えても問題ねぇだろ」


「……」


 なるほど。

 ミロの意見も、確かに一理ある。天職は、その人を判断する一つの目安でしかないもんな。

 僕だって天職『勇者』だったけど、魔王を討伐するつもりなんかさらさらなかったし、勇者らしい行動なんてしたことない。

 うん。

 ちょっと一度、しっかりジェシカと話してみよう。それで判断する。

 天職が何であれ、ジェシカが頭いいことには変わりないし。

 まぁ、やってしまったことには、ちゃんと責任をとってもらわなきゃいけないけど。


「うん……? おい、ご主人!」


「うん?」


「あれゃあ、何だ……!?」


「え、何が……」


 ミロが、目を見開いて東を見ている。

 その方角に見えるのは、山脈だ。あと、何やら煙のようなものが見える。

 よく見れば、その煙は山から吹き出しているようだ。山火事でも起こってるのかな。

 まぁ、これだけ離れてるから、山火事の被害はうちの国にまでは及ばないだろう。ついでにハイドラの関を燃やしてくれたらいいんだけど、そう上手くはいかないよね。


「待て……」


 だけれど。

 そんな風に、山火事だと思っていた僕の目に映ったのは。

 ゆっくりと、二つに割れてゆく山だった。


「え……」


 煙だと思っていたそれは、土煙だ。それは恐らく、あの大きさの山が割れているから起こるもの。

 そして山が割れる理由なんて、僕に思いつくはずもない。地震でもあったのかと一瞬考えたけど、それほど大きな地震があって、こちらに何の振動がないのもおかしな話だ。

 だったら、あの山を割った『何か』がいるということになる。

 僕の全力をもってしても、山なんて割れるはずがない。というか、どんな大魔導師でも無理な話だろう。

 ならば、どうして――。


「ノア殿!」


 それと共に。

 屋上の扉を開いて入ってきたのは、エルフのアリサだった。

 その表情に見えるのは、どこか鬼気迫るものが感じられるほどの焦燥。信じられないものを見た、とばかりに目を見開いている。

 恐らく、それはさっき、僕が見たものと同じ――。


「アリサ、あれは……」


「東門から、急いでここまで来た……私は、東門の監視塔で帝国側の物見を行っていたのだが……」


「何が……見えたの?」


 アリサを含めて、天職『弓手』を持つエルフたちには、監視塔で物見の役割をしてもらっている。

 天職『弓手』は獲物を見つける目に優れていて、普通の職業よりも遥かに視力がいいのだ。だから、その役割に就いてもらっていたのだが。

 そんなアリサの目に、何が見えたのか――。


「あの山から現れたのは……巨大な、魔物だ……!」


「……」


「こちらに、向かっている!」


 アリサの目は、抜群にいい。

 その目が捉えたのならば、それは間違いないだろう。

 だったら、僕がやるべきことは一つだ。


「アリサ」


「あ、ああ!」


「ジェシカに、宮廷の前に来るように伝えて」


「承知した!」


 アリサの言う『巨大な魔物』が何かは分からないけど。

 こっちに向かってくるって言うなら、迎撃するまでだ。

 僕と、僕の仲間たちの力で。

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