第28話 看破と一つの結論
「……」
「……」
僕の言葉に、シルメリアが僅かに眉を上げる。片やジェシカの方は、表情を変えない。
これは多分、スキル『真実秘匿レベル8』の効果なのかな。比べてシルメリアの方は、少し表情が動いた。
これは、逆にジェシカの方が怪しすぎる。
あまりにも、ポーカーフェイス過ぎるのだ。普通、意味の分からないことを言われたらもう少し慌てるべきだろう。
だというのに、それがない。
「あの……ノア様。仰っている意味が……?」
「うん、大丈夫。分かってるから」
「はい……?」
今度は、少し不安そうな表情を浮かべるジェシカ。
これは多分、スキル『演者レベル5』の効果かな。僕が何も知らなければ、多分騙されると思う演技力である。
でも、残念。
僕は、簡単には騙されない。
「ギランカ」
「はっ、我が主」
「今、持ってる?」
「はっ。我が主の御心のままに、この懐に携えております」
「ありがとう。それじゃ、いいよ。出して」
「はっ」
ギランカがそう返答をすると共に、懐から取り出されるのは革袋だ。
それなりに大きな袋に、三分の一ほど埋まっている。勿論、その中身は全部同じものだ。
はっ、と一瞬目を見開くジェシカ。
何故なら。
その袋に刻まれているのは、オルヴァンス王家の印であるのだから。
「ひっくり返して」
「はっ」
「待――」
ジェシカの言葉も待たずに、じゃらぁっ、と音を立てて中身が床に撒かれる。
その革袋に詰められていたもの――それは、金貨だ。オルヴァンス金貨から帝国金貨まで様々で、しかし一様に言えるのはその金貨の端に小さな歯形がついていることだろうか。
何故――そんな表情で、ジェシカが目を見開いている。
「さて……この金貨、どこにあったと思う?」
「……」
「ジェシカ、きみの部屋だよ」
「……」
僕の問いに答えないジェシカに、あっさりと答えを述べる。
勿論、僕だって客人であるジェシカに、プライバシーは与えている。鍵付きの部屋をちゃんと与えているし、大事なものを保管するための金庫も渡していた。
そしてジェシカは常に、部屋の鍵は施錠を怠ることなく外出する。そして、その部屋の鍵はジェシカしか持っていない。これは間違いない事実だ。
だというのに、ギランカがジェシカの部屋の金貨を持っている。
それが不思議なのだろう。
「な、何故……わたしの……」
「勝手に部屋に入ったことは、申し訳ないと思ってるよ」
「……」
驚くのも、当然だ。
ジェシカは僕の渡していた鍵で部屋を施錠していたけれど、金庫周辺は僕のことを信用していなかったのか、ごつい鎖と南京錠でしっかり縛っていたのだ。絶対に金庫だけは開けられないように、と。
そして、この金貨は当然、金庫の中にあったものだ。
そんなものが、何故ここにあるのか。
その理由は、簡単だ。
「ギランカの持つスキルは、『盗むレベル99』だよ。あの程度の金庫は、問題にしない」
「ジェシカ殿の不在の間に南京錠を外し、金庫を開き、再び鎖を巻いて南京錠を嵌めるなど容易いこと」
ぷるぷると、ジェシカが震えているのが分かる。
何かを言おうとして、しかし何も言えない。そんな状態なのだろう。
「それにしても、すごい量だよねぇ。百枚くらいはあるのかな?」
「どう、して……」
「ちなみに、調べはついてる。『魔物に食事が必要ない』ってことをシルメリアに流して、空取引を持ちかけたのもジェシカだろう? その報酬としてシルメリアから受け取ったのは、十二枚だったっけ?」
「はっ、その通りです。我が主」
「――っ!」
ぎぎぎっ、とジェシカは錆び付いた扉のような動きで、ギランカを見て。
そこで、ようやく気付いて。
それから、諦めたように、呟いた。
「あなたが……あのときの、ゴブリン……!」
「そういうこと」
「……」
ジェシカが膝をついて、崩れ落ちる。
まぁ、そりゃそうだよね。僕、完全にジェシカのことを信頼している風に振る舞っていたもの。
「ノア様……いつ、から……」
「まぁ、最初。フェリアナさんと一緒に帰るとき、ジェシカ、意思を持たない魔物を護衛にしてほしいって言っただろ?」
「え、ええ……」
「あれ、僕じゃなくてもおかしいって思うよ。ジェシカに危険があったときとか、意思を持つ魔物の方が素早く動けるからね。だってのに、わざわざ意思を持たない魔物にしてくれ、って僕に言ってきたじゃないか」
つまり、フェリアナとの帰路で聞かれたくなかったことがあるとか、何をやっているのか僕にばれたくなかったってことだ。
そんなの、僕に疑ってくれって言ってるも同じだ。
「結局あの場は、意思を持たないレッドキャップに一緒に行かせたけどね。残念だけど、その後は全部、ジェシカの護衛についていたのはギランカだよ。ちゃんと意思を持たないように振る舞わせてね」
「人間にはゴブリンの個体差が分からないとは聞き申したが……されど、これほど分からぬものかと、我は驚きましたな」
「まぁ実際、僕にも分からないしねぇ」
事実、ゴブリンの区別は僕にもつかないのだ。全員同じ顔に見えるもの。
まぁそれは、他の魔物にも言えることだけど。
「全部……ご存じだったのですね、ノア様」
「まぁ、ね」
「申し訳、ありませんでした……」
「はぁ……どうして、そんなことやったのさ?」
「それは……聞けば、笑うと思います」
ふっ、とジェシカが自嘲する。
その笑みは、まるで八歳の少女らしくないものだった。
「わたしは、金貨が大好きです」
「……」
「将来の夢は、金貨の詰まったベッドで眠ることです。金貨の詰まったお風呂に入ることです。金貨で床を埋め尽くして、金貨で壁を埋め尽くすことです。大好きな金貨に囲まれて暮らしたいと、ずっと夢見ていました」
「……」
……。
…………。
………………。
思ってた以上にくだらない理由っ!
「あー……」
「……」
「う……うん。す、素敵な、夢だね……」
「ノア様……ありがとうございます。わたしはこれから、どうなるのでしょうか」
全てを諦めたような、ジェシカの言葉。そんな彼女に対して、僕はふぅっ、と大きく溜息を吐いた。
まぁ、僕が出所を知っているのは、この百枚の金貨の中でも十二枚だけだ。残りの金貨を、ジェシカがどうやって得たのかはさっぱり分からない。
だけれど、これは僕の国の情報を勝手に流して、その上で商人であるシルメリアに協力させて、不正に得た金貨だ。
「これは、法に則って罰を下すのが普通だよね」
「……」
「まぁ、残念だけど……」
ジェシカが、顔を伏せる。
まるで、僕からの断罪を待つかのように。全てを諦めたように。
「僕の国には、裁くべき法がないんだよね」
「え……」
意味が分からない、と顔を上げるジェシカ。
だって実際、僕の国の法って、かなり適当なんだもの。
『僕の命令がない限り、人を殺すな』。
『僕の命令がない限り、仲間を殺すな』。
『僕の命令がない限り、この街から外に出るな』。
これが、グランディザイアにおける法である。
不正に金貨を得ようとした場合の罰とか、そんなものないんだよ。残念ながら。
「だから、僕の勝手な意見で裁きます」
「は……はい?」
「とりあえず、シルメリアに『魔物が食事を必要としない』件について情報流出しちゃったことは、その情報の流出を事前に食い止めたってことでトントンにする。その金貨は、まぁ報酬としては妥当だよね。ってことで、お咎めなし。以上」
「え……」
信じられない、とばかりに目を見開いているジェシカ。
まぁ、僕もこれ以上、この話を続けるつもりもない。何せ、これから取り組むべき課題は多いのだ。ここに近付いているデカブツとか。
まぁ、『軍師』じゃなくて『詐欺師』だったのは残念だけど。
「ジェシカが頭いいことには変わりないしね。ま、金貨は勝手に集めてもいいから、何をするのか僕に先に言うように」
「よろしい、の、ですか……?」
「それよりも、ハイドラについて対策しなきゃいけない状態だよ。ジェシカにいなくなられちゃ困る」
まぁ、甘いと言われるかもしれないけどさ。。
それでも、うん。
真っ赤な目で「ありがとうございます!」と叫ぶジェシカの姿に。
僕は間違っていなかったと、信じよう。
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