第29話 偵察

 結局シルメリアは、さっさと逃げていった。

 ジェシカへの裁きを終えてから、「じゃ、ウチも無罪やな! ほな!」と風のように去っていったのだ。まぁ実際ハイドラが迫っているわけだし、早々に逃げ出したかったのが本音だったのだろう。

 そして僕は、シルメリアの残した馬車から武器を回収し、注文していた剣を腰に差した。あとはミロの斧とかギランカの山刀マチェットとかチャッピーの棍棒とか色々あったけど、それはジェシカが回収して各々に配る形にしてもらった。ちなみに、「横領しないようにね」と言うと「そんなことしません!」と真っ赤な顔で言われた。


 ジェシカも、少しは素直に接してくれるようになったかな。

 さて。

 あとは、あのデカブツ――ハイドラの対処だけだ。


「ひゅー。壮観だねぇ」


「あまり身を乗り出すな。落ちるぞ」


「はいはい」


 そんな会議を終えてからすぐに僕は、パピーの背中に乗って国を飛び出した。

 これが普段の状況なら、ジェシカくらいは連れてきても良かったのだろうけれど、ジェシカはジェシカでやることがある。

 そして僕のやるべきことは、これから戦うべき相手の確認だ。


「なぁ、パピー」


「む……何だ、小僧」


「お前、ずーっと大人しいけど、どうしたのさ」


 僕は一応、偵察としてパピーと共にハイドラのもとへ向かっている。

 だけれど、もう一つ別の理由があって、僕はここにいる。実は、パピーと話す時間を作ろうと思ったのだ。

 みんな、変に思わなかったのかな、パピーが何も言わないこと。普段はうるさいくらいに喋るのに、妙に黙ってるんだからさ。


「ふむ……別段、大した理由ではない」


「どういうことだよ」


「あやつは、同胞だ。人の子がつけた名ではあるが、あやつも我も同じ古竜王エンシェントドラゴンだ」


古竜王エンシェントドラゴン、ね」


 その言葉、聞いた覚えがあるな。

 確か、冒険者が言ってたんだっけ。そういえば、パピーって何気にグランディザイアとかかっこいい名前で呼ばれてんだよな。

 まぁ、今は僕の国がグランディザイアだから、ちょっとややこしいけどさ。


「千年を生きたドラゴンは、古竜王エンシェントドラゴンと称される。我は強欲の邪竜グランディザイア、あやつは九頭の魔竜キングハイドラ……あとは天空の覇竜ゴールドバード、深海の蒼龍リヴァイアサン、絶影の黒龍ライトニングロア、紅鱗の飛龍クリムゾンファングくらいか。我が知っているのは」


「なんでそんなに無駄にかっこいいんだよ」


「我に聞くな。人の子がつけたものだ」


 絶影の黒龍ライトニングロアとか紅鱗の飛龍クリムゾンファングとか、かっこよすぎない?

 グランディザイアって初めて聞いた時も、めちゃくちゃかっこいいって思ったけどさ。そういう、名前をつける専門の人とかいるんだろうか。

 それなら是非、僕にもかっこいい二つ名をつけてほしいものだ。


「まぁ、同胞ではあるが、多少苦手な奴ではある」


「だったら……」


「だが、小僧。お前はお前の多少苦手な人間をどう殺すか、魔物たちが会議をしていればどう思う。どう殺せば良いか意見を言うか?」


「……」


 パピーの言葉に、思わず詰まる。

 確かに、僕にとって多少苦手な人間であっても、そんな会議には参加したくないだろう。そして、それがパピーにとってのハイドラなのだ。

 魔物に、仲間意識とかないって思ってたんだけどなぁ。


「別段、邪魔をするつもりはない。だが、あまり気乗りがしないことも事実だ。我は此度、役に立たぬと先に言っておこう」


「お前、役に立ったことってあったっけ?」


「おい!?」


 思い出すのは、こいつの悪行だけだ。

 僕の家燃やしたり、国名に自分の名前を名乗らせたり、街を手に入れようってときには遅刻したり。

 僕が強化してやるって言ってんのに、普通に拒否したりさ。そんなのが重なって、こいつの評価ものすっごい低いんだけど。


「あ、運んでくれるぐらい?」


「我の存在価値は移動手段だけなのか!?」


 まぁ、パピーのおかげで、こうして偵察にも出ることができてるわけだし。

 少しは認めてやらないこともない。


「ふん……まぁ、良い。小僧もいずれ、我の凄さが分かるであろう」


「はいはい」


 パピーが拗ねるように言ってくるのを、軽く流す。

 そして、ようやく眼下にハイドラが見えてきた。シルメリアの言う通り、その移動速度は馬車と同じくらいだろうか。

 物凄く大きな体なのに、動きは鈍重で、のっしのっしと一歩一歩踏み出しているような歩き方である。


「あれが、ハイドラか」


「うむ」


「パピー、もう少し近付いて。まだ《解析アナライズ》が届かない」


「承知した」


 ゆっくりと、パピーとハイドラの距離が近付く。

 完全に無防備で近付いてるけど、大丈夫なのかな。


「パピー」


「どうした?」


「近付いて、って言ったのは僕だけど、そんなに無防備に近付いて大丈夫? 攻撃とかされない?」


「我にとってあやつは同胞であり、あやつにとっての我も同胞だ。同胞に攻撃は仕掛けぬ」


「本当に?」


「当然であろう。我らとて、仲間意識はある」


 だったらいいんだけどさ。

 とりあえず、届きそうな位置までは来た。このあたりでいいだろう。


「《解析アナライズ》」


 力ある言葉と共に、僕の魔術はハイドラを捉えて。

 その情報を、半透明の文字列にして目の前に浮かばせた。


 名前:なし

 職業:ハイドラ レベル99

 スキル

 噛みつき レベル99

 火炎放射 レベル95

 締め付け レベル90

 魔術耐性 レベル90

 物理耐性 レベル80

 自己再生 レベル50


 とんでもない。

 それが、僕の見たハイドラという魔物の情報だ。


「こいつは……やばいね」


「そうであろう。我の同胞であるからな」


 まず魔術耐性レベル90ってことは、ほとんどの魔術は効かないと考えていい。

 そして物理耐性レベル80なんて、リルカーラ遺跡でも見たことのない数字だ。僕の知る最大の物理耐性を持っていたのはガーディアンゴーレムだったけれど、それでも物理耐性レベル68だった。倒すのに、割と時間がかかった覚えがある。

 何より、自己再生レベル50というのが大きい。これは、傷を負った場所から次々に再生していくっていう最悪のスキルだ。どれほどの攻撃を与えたところで、攻撃した場所からどんどん再生していくのである。

 この自己再生を防ぐためには、一撃で頭を落として絶命させるのが定石だ。だけれど、ハイドラは九頭の竜。その頭を一斉に切り落とすのは難しいだろう。

 全部で九つの首があるのだから、一つを落としても次をの首を落としているうちに再生してしまう。そう考えると、倒すことに絶望するほどの再生力を持つと考えていいだろう。


 これは確かに、魔王リルカーラが逃げたってのも頷ける相手だ。

 このハイドラが、パピーと同じ古竜王エンシェントドラゴン――。

 あれ。

 ハイドラとパピーが、同胞……?


「パピー……」


「どうした、小僧」


「お前、めちゃくちゃ雑魚だなぁ……」


「何故そうなる!?」


 パピーと同胞とか、同列に並べるべきじゃないよ、こいつ。パピーより遥かに強いし。

 その脅威度も、パピーとは比べものにならない。パピーを倒そうと思ったら一瞬で終わるし。

 一応、ジェシカの策は聞いてるけど、それで本当にハイドラを止められるのだろうか。


「わ、我が……雑魚……」


「はい、気にしない。つい本音がこぼれただけだから」


「本音ではないか! 気にするに決まっておろう!」


「お前案外ハート弱いよな」


「誰のせいだ!」


 くそっ、と吐き捨てるパピー。

 僕は事実を述べただけだってのにさ。


「まぁ、どっちにしても……やるしかない、か」


 もう、あまり時間は残されていない。

 僕も、気合いを入れて戦わなければならないだろう。


 久しぶりに、全力で戦える。

 その事実に――少しだけ、胸が躍った。

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