第30話 威力偵察

「それじゃ、パピー」


「む……?」


「ちょっと上の方に上がってて。ハイドラの攻撃が届かない位置」


「先も言うたであろう。あれは同胞だ。我には攻撃を……」


「いいから」


 むぅ、と不満そうな顔をするパピー。

 僕は偵察要員だ。偵察ってのも、ただ見て《解析アナライズ》をするってだけの役割じゃない。

 威力偵察、ってのもあるよね。


「それじゃ、呼んだらまた来い」


「小僧っ!?」


 パピーの背中から、飛び降りる。


 元『勇者』レベル99は伊達じゃない。この程度の高さから降りたところで、僕の体術なら問題なく動くことができる。

 それに加えて、何よりこの腰に差した剣。かつてリルカーラ遺跡で折れてから、ずっと持っていなかった剣だ。

 これで僕の本領――『剣技 レベル99』が生かせる。


「ふんっ!」


 ハイドラの胴体へと、まずは蹴りを一つ。

 先端の鋭い、鉄製の足鎧サバトンでの全力の蹴りだ。落下しながらであるため体重の乗った一撃とは言い難いけど、それでもダメージにはなるだろうと思っていた。

 だけれどハイドラの外皮には、そんな僕の蹴りで僅かにへこむ程度の衝撃しか与えられなかった。

 逆に、蹴った僕の足に痺れが走るほどに、その外皮は硬い。


「硬ぁっ!」


 くそっ。

 ドレイクとアンガスが言った通り、こいつの外皮めちゃくちゃ硬い。剣で攻撃したところで、通るのか不安に思うほどだ。

 うねうねと蠢く九つの首が、一斉に僕を見た。


「■■■■■■■■■――――!!」


「くっ――!」


 危険を察知し、ハイドラの胴体を再び蹴り上げて体を浮かせる。

 それと共に、僕の体があった場所へとハイドラの首が駆け抜けた。さすがの僕も、レベル99の噛みつきを耐えられる自信はない。

 なるほど。

 胴体の下に太い足が二本と、尻尾。腕のようなものはなく、代わりに自在に動く九つの首ってことか。

 これは尚更、首を狙っていかなきゃいけないか。


「はぁぁぁっ!!」


 剣を抜き、ハイドラの胴体を駆けて、首の根元へと向かう。

 その間も、ハイドラの首は僕へと襲いかかってきた。僕の胴体など丸呑みにしそうなほど巨大な顎が開かれ、思い切り噛み付いてくるのを紙一重で躱す。ぎゃりんっ、と牙と牙が擦れる音は、その顎の力がどれほど強いのか思い知らされるほどだ。

 だけれど、止まらない。重力に逆らって、ハイドラの胴体が大地であるかのように駆け。


「はぁぁっ!!」


 襲いかかってくる首の一撃を辛うじて避けると共に、僕は剣を振るった。

 この剣は、一応それなりに高いものをシルメリアにお願いした。だからといって、魔術の力が込められた剣だとか、そういう代物ってわけじゃない。あくまで、歴戦の職人が打った鍛造性の逸品というだけである。

 だけれど、その剣はハイドラの首を、あっさりと斬り落とした。


「お、っと」


「■■■■■■■■■――――!!」


 ハイドラが声にならない絶叫をあげて、首の一つが落ちてゆく。

 僕のスキルが『剣技 レベル99』というのも、その理由の一つだろう。だけれど、分かったことがあった。

 ハイドラの外皮は、確かに硬い。でもそれは、胴体部分だけだ。

 腕のように自在に動かすことのできる首は、硬さよりも柔軟性のある外皮で構成されている。つまり、首に対しては斬撃も通じるということだ。


「なるほど、ねっ!!」


 返す剣で、さらにもう一本の首を斬り落とす。

 足場らしいものもなく、空中での戦いだ。だというのに腰の入っていない、腕の膂力だけで振るう剣でも通じてくれる。これは、嬉しい誤算と言っていいだろう。物理耐性レベル80は、あくまで胴体より下の部分ということだ。

 だけれど、それ以上に悲しい事実がひとつ。


「ちぇ……もう再生してるのかよ」


 先程、僕が斬り落とした首は二つ。

 それから、ほとんど時間も経っていないというのに。

 僕の目の前では、九つの首がしっかりと僕を見据えていた。


「■■■■■■■■■――――!!」


 絶叫と共に、ハイドラの首が再び僕へと襲いかかる。

 どうにか不安定な足場じゃなく、首の根元まで行くことができればいいんだけど。そうすれば、一気に数本の首を切り裂くこともできるはずだ。

 そう思いながら、一進一退の山登りのように、ハイドラの胴体を駆け上がる。


「ふんっ!」


 襲いかかってくる首の一本を斬り落とし、噴き出す血に塗れながら。

 しかしその首があっさりと、その根元から生えるのを見る。

 さすがに、スキル『自己再生 レベル50』は伊達じゃないってことか。いくら首を切り落としても、いたちごっこにしかならない。

 つまり、こいつを倒す方法は。


 九つの首を、一度で全部落とすこと。


「……」


 これ以上、検証は必要ないか。

 ハイドラの外皮を思い切り踏みしめて、跳躍。それと共に僕の体は、ハイドラの背後へと回り込む。

 九つの首のうち、三つの目が僕を見て。

 ずんっ、と僕が大地に降り立ち、剣を仕舞うと共に。

 その三つの首も、僕への興味を失ったかのように再び前を向いた。

 後ろに回り込んだ僕へと、追撃はしてこない。現状の僕を敵だと認識しているにも関わらず、こちらへ攻撃を仕掛けてくる素振りは見られなかった。


「……」


 違和感だらけだ。

 レベル99で、パピーと同じ『古龍王エンシェントドラゴン』であるならば、会話が通じてもおかしくないと思うのだけれど、ハイドラからは絶叫しか聞こえない。

 それに加えて、僕という敵がいながらにして、戦うよりも前進を優先していること。

 そんな僕が、ハイドラに感じる違和感。

 それは何かに操られて、『とにかく前進を続けて破壊しろ』みたいな命令を受けている――そんな風に感じるのだ。

 まさか僕以外に、魔物を使役できる職業があるということだろうか。

 それも、ミュラー教の中枢に。


「……ま、いいか」


 ひとまず、これでやるべきことは分かった。

 まず、ハイドラを足止めする。その上で、胴体の上に着地する。

 そして、九つの首を一気に落とす。この首の外皮は、胴体ほど硬くない。つまり、それなりにレベルの高い魔物であれば首の一歩くらいは落とせるということだ。


 僕の戦力として存在するのは、八匹の魔物。

 ミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、パピー、ドレイク、アンガス、アマンダ。

 彼らと機を合わせて、首を一斉に斬り落として。

 あとは僕が、最後の首を落とせばいいだけの話だ。

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