第31話 決戦・ハイドラ

「ノア様、総員、配置につきました!」


「うん」


 ジェシカの言葉に、頷く。

 既にハイドラの巨体は、肉眼で確認できる程度まで僕たちの国へと迫って来ていた。そして、僅かに一日という短い時間ではあったものの、準備は整ったと言っていいだろう。

 僕も、作戦通りに戦うだけだ。


 ハイドラのスペックを、ジェシカにも報告した。

 結果、僕の作戦は採用された。さすがにあれだけの巨体だし、真正面から戦うような真似はできない。それを勇気ととるか蛮勇ととるかは人それぞれだと思うけれど、僕は蛮勇であると考えた。

 いくら僕が元勇者レベル99で、配下も軒並みレベル99とはいえ、体格の差は埋められないのだから。正面からあんなバケモノと戦うわけにいかないだろう。


「それじゃ、ジェシカ。あとは、地上での采配は任せたよ」


「はい! お任せください、ノア様」


「ああ。パピー、準備は?」


「ふん。もう、小僧以外は全員乗っておるわ。まったく、これだけの数の載せるなど、聞いておらぬぞ……」


 ひょいっ、と跳躍して僕もパピーの背に乗る。

 その背には、既にミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、アマンダ、ドレイク、アンガス――僕がレベル99にした幹部たちが乗っている。さすがに重量オーバーなのか、パピーが僅かにふらついているのが見えた。

 でも、仕方ないよね。うちの陣営の中で、飛べるのパピーだけなんだし。


「我が手伝うのは、ここまでだ。これ以上は、我は手出しせぬぞ」


「いいよ。それは仕方ない」


 ちきっ、と腰に差した剣の柄を鳴らす。

 この剣で、ハイドラの首を斬り落とすことができることは、検証できた。あとは、仲間達が上手くやれるかどうかだけど。


「それじゃ、作戦通りに。パピー、飛べ!」


「ちぇっ……また高ぇところかよ……」


「はっはっは、でかいの。そういえば貴公は高いところが苦手だったのだな!」


「うるせぇ! 苦手なモンくれぇあるだろうが!」


「お、おで、おで、も、やる……たた、かう……!」


「僕も! 僕も一生懸命噛みつきます!」


「ああ、お前たち――」


 ゆっくりと、パピーが浮上する。

 特に翼を揺らすこともなく、重力が離れてゆくような感覚だ。僕たちはこのまま、ハイドラの頭上を目指す。

 そして地上での作戦が上手くいけば、その瞬間に僕たちは一斉に攻撃だ。


「存分に、暴れろっ!」


「おぉっ!」


「はっ!」


「う、うん……!」


「はいっ!」


「うふふ……承知ですわ」


「承知いたしました」


「任せぃ!」


 七体の魔物が、それぞれに闘志をあらわにして。

 パピーの体は急浮上し、ハイドラを見下ろす。そんなハイドラはのっしのっしと一歩一歩踏みしめるような鈍重な動きで、じわじわと僕たちの国へと近付いていた。

 そして、そんなハイドラを迎撃するのは、僕の部下たち――魔物の群れだ。


「全軍、構えっ!」


 これは、ジェシカの作戦である。

 意思を持たない魔物に対しての、極めて単純な命令――『ここを押さえてじっとしていろ』というそれは、それぞれに先端の尖った丸太を持たせてのものだ。この丸太の準備に、時間のほとんどを費やしたと言っていいだろう。

 鋭く尖った丸太を五つ並べて、それを支柱となる丸太で押さえる。それを都合、千個ほどは作っただろうか。

 その全てを魔物たちが抱えて、先端をハイドラに向けてじっとしている。

 そこには、命令を守る意思だけを持ち。強大な敵を相手にしての恐怖など全くなく。

 突進してくるハイドラに、その丸太の先端を突き刺す――そのために、彼らは動かない。


「しかし、上手くいくのでしょうか……いくらハイドラが魔物であるとはいえ、さすがに尖った丸太へ向けて突進するとは思えません」


「……儂も、それは思うな。それこそ、仕掛けも何もしていない落とし穴を用意することと、何も変わらん気がする」


「大丈夫だよ、それも作戦のうち」


 ドレイクとアンガスの呟きに、補足する。

 確かにいくら魔物であっても、自分が傷を負うような場所に突進はしない。それは最初から分かっていたことだ。落とし穴も回避するんだから、そんなことは想定内である。

 だけれど、尖った丸太部隊と落とし穴は、大きく違う。

 それは、罠が動くことができる、ということだ。

 ハイドラが回避しようとすれば、別の丸太部隊がその進路を塞ぐ。その進路を変更すれば、さらに別の丸太部隊が塞ぐ。その繰り返しによって、ハイドラを足止めする――それが、彼らの役割である。


「ハイドラの足を止めることができれば、僕たちの出番だ」


「なるほど、そういうことでしたか」


「ハイドラの首は、九つある。ただ、自己再生レベルがかなり高い。一つの首を切り落としても、次の首を切り落としてる間に、最初の首が再生する。だから、僕たちは一斉にあいつの首を潰す」


「ですが……それだと、足りないと思われますが」


 ミロ、ギランカ、チャッピー、バウ、アマンダ、ドレイク、アンガス、僕。

 その頭数は八。そしてハイドラの首は九。

 確かにドレイクの言う通り、頭数が一足りないのが現実だ。


「大丈夫。そこは、僕に任せて」


「は。承知いたしました。この身はノア様の下僕。その意に従いましょう」


「我が主には、何かお考えがあるということですな」


「そういうことだよ、ギランカ。僕が合図をするから、それと共にお前たちは、一斉に首へ攻撃をしてくれ」


「承知いたしました」


 ハイドラと丸太部隊の距離が、縮まる。

 それと共に、ハイドラの歩みが僅かに弱まるのが分かった。さすがに、尖った丸太に対して突進するほど愚かではなかったらしい。

 だけれど、丸太部隊は四方に広がっている。ハイドラがその足をどこに向けようと、そこには丸太部隊が常に存在しているのだ。

 これがジェシカの、『人海戦術』。

 どこに向かおうとも迎撃される――その現状に。

 ハイドラの足が、止まった。


「今だっ! パピー!」


 叫ぶと共に、パピーの体が急降下する。

 昨日の偵察で分かったことだが、パピーにとってハイドラは同胞。そしてハイドラにとってもパピーは同胞。それゆえに、パピーは攻撃されない。

 そしてそれは、パピーの背に乗っている僕たちに対しても同じことだ。どれほどハイドラに近付いても、パピーの背に乗っている限り攻撃されないということになる。

 ゆえに。

 僕たちは、その距離限界まで――ハイドラのうねる首に剣が届くほどまで、パピーを近付ける。

 そしてここまで来ても、全く攻撃は受けない。


「全員、降下っ!」


「おぉぉぉぉぉぉっ!!」


 パピーから、魔物たちが飛び降りる。その先は、ハイドラの胴体と首を結ぶ体の上だ。

 ミロだけは高いところが怖いからか二の足を踏んでいたけれど、僕が蹴り飛ばした。「ご主人、覚えてやがれぇっ!」とミロらしくない罵声は浴びたけれど、それは今気にすることじゃない。

 それぞれ魔物たちが、自身が倒すべき首へと向かう。

 ミロは新品の斧を、ギランカは黒光りする山刀マチェットを、チャッピーは鋼鉄でできた棍棒を、バウは鋭い牙を、アマンダは硬い鱗で覆われた蛇の体を、ドレイクは鍛え抜かれた拳を、アンガスは身の丈ほどもある大剣を。

 そして、僕は。


「パピー」


「む……小僧、まだ乗っていたのか。我はもう……」


「あと一本の首は、お前に任す」


「は……?」


 僕は降下すると共に、パピーの尻尾を掴む。

 レベル66とはいえ、パピーの鱗は硬い。それこそ、ハイドラの硬い外皮を貫けるほどに。以前に僕が奪い取った鱗も、ちゃんと再生している。

 だったら、こいつにも役立ってもらうのが最善だ。


「ちょ……小僧っ!? 何を――!?」


「ふんっ!!」


「どういうことなのだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ぶんっ、ぶんっ、とパピーの体を振り回し、遠心力でしっかりと加速がついたところで。

 ハイドラの体――その中央で唸りを上げる首目掛けて、思い切り投げた。

 名付けて、パピー爆弾。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「やれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 それと共に、僕も剣を構えて跳躍する。

 これが、僕の合図だ。ハイドラの首の根元へ向けて、加速のついたパピーの体が思い切り突き刺さる。

 そして僕の剣も唸りを上げて、その首を一つを根元から掻き切った。

 それなりに高い剣を要求したからか、ハイドラの硬い外皮などどうということもない――まるでチーズに切れ込みを入れるみたいに、あっさりと僕の剣はハイドラの首を両断する。


「おらぁっ!」


 ミロの斧がハイドラの首を切り裂き。


「はぁっ!!」


 ギランカの山刀マチェットがハイドラの首を分断し。


「や、やる……!」


 チャッピーの棍棒がハイドラの首を打ち砕き。


「えいーっ!」


 バウの牙がハイドラの首を噛み切り。


「いきますっ!」


 アマンダの蛇の体がハイドラの首を捻じ切り。


「はぁぁぁぁっ!!」


 ドレイクの拳がハイドラの首を弾き飛ばし。


「ぬぅんっ!」


 アンガスの大剣がハイドラの首を根元から断ち。


「……」


 沈黙するパピーの体がハイドラの首元に埋もれて。

 僕の合図と共に一瞬で、ハイドラの胴体から、その九つの首が一斉に落ちた。


「――――」


 そして僅かな、首の揺らぐ動きと共に。

 ハイドラが、沈黙した。

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