第32話 決着

「ふぅ……」


 頭を失ったハイドラから飛び降りて、小さく溜息を吐く。

 準備に時間はかかったけれど、やってみれば一瞬で終わったというのが現実だ。もっとも、さすがに僕も動くハイドラを相手に狙いを定めることは難しかったし、揺れる体の上だとなかなか全員の呼吸も合わせられないと思っていた。そこに、ジェシカの足止め策があったのは僥倖と言っていいだろう。

 問題は、これでハイドラが死んだのかどうか、だ。

 自己再生レベルの高い魔物であっても、首を切れば死ぬ。それが常識だ。

 そしてハイドラは九つの首があったから、一斉に切れば死ぬだろう――そう思っていたのだ。

 だけれど現状、ハイドラが魔素に戻る気配はない。完全に沈黙しているというのに。


「やりましたな、我が主」


「ああ、ギランカ。お疲れ。とりあえず、なんとかなったのかな」


「でかいのが、随分と喚いておりましたぞ。ご主人に蹴り飛ばされたとか云々と」


「はは……」


 ま、実際蹴り飛ばしちゃったんだけどさ。

 だって、高いとこ怖いからってぐずぐずしてたのはミロだもの。僕悪くない。

 そして、戦いを終えた僕の元に、とてとてっ、と二つの影が近付いてくる。


「ノア様!」


「ジェシカ」


 まだハイドラが死んだって確認できてないけど、ジェシカも来て大丈夫かな。

 まぁ、いざとなれば僕が全力で守ろう。

 そして、そんなハイドラの胴体から次々に降りてくる、僕の仲間たち。全員の力があったから、どうにかハイドラと戦えたと思っていいのかな。


「ノア様……ハイドラは、もう大丈夫なのですか?」


「どうなんだろう……ちょっと、まだ分からないかな。普通、首を切れば魔素に戻るんだけど」


「魔素には、戻らない様子ですね」


「そうなんだよね」


 ハイドラのでっかい図体が、じっと鎮座しているのもどことなくシュールだ。

 だけど、実は上の方で再生してたりしないよね。それだと、どうやれば倒せるのかもう分からない。

 もしかすると仲間になったのかな、って一瞬思ったけど、隷属の鎖が嵌るべき首が一つもない状態だ。確認できない。


「小僧ぉぉぉぉぉぉっ!!」


「あ、パピー」


「貴様っ! 我を投擲するとは何を考えておるのだっ!? むちゃくちゃ痛かったのだぞ!?」


「うん、お疲れ」


「貴様ぁぁぁぁぁっ!!」


 あ、これマジギレだ。

 普段の冗談とかじゃなく、本気で僕を怒ってる。まぁ、そうだよね。僕、パピーには事前に「ハイドラの近くまで運んでくれ」ってしか言ってなかったし。


「そこになおれっ!」


「あ、うん」


「我の恐ろしさ、魂の底にまで刻みつけてやるわぁっ!!」


「ふんっ!」


「ぶぼべっ!?」


 うん。

 とりあえず、一撃で沈めておいた。大丈夫、殺してはない。


 パピーは下手に強化しない方が良さそうだ。普通に僕にケンカ売ってくるし。

 レベル差が高いから、今一撃で処理できてるけど、もしもパピーがレベル99とかになったら苦戦するかもしれない。そう考えると、もうパピーは完全に現状維持の方向だな。

 まぁとりあえず、今考えるべきはパピーのことじゃない。ハイドラのことだ。


「おーい……」


 と、しかし。

 そんな、情けない声は、僕たちの頭上から。


「下ろしてくれぇ……」


 相変わらず高いところが怖いミロは。

 そんな風にハイドラの胴体から顔だけ出して、情けない声を上げていた。

 やれやれ。高いとこ怖いとか、もうお前威厳全然ないよ。

 仕方ない、下ろしてやるか――そう、何気なく上を見上げて。

 そんな、情けなく顔を出しているミロの。

 その後ろに。

 鎌首を上げた、ハイドラの頭が、見えた。


「――っ!!」


 思わず、息を飲む。

 やっぱり、死んでいなかった。僕たちに見えない位置で、首を再生していたんだ。

 焦燥に、跳躍しようとして。

 そんなハイドラの首がミロの首を持ち、ゆっくりと地面に下ろした。


「え……?」


「お……? え、何だ、これ?」


 ミロを下ろした、そんなハイドラの首にあったのは。

 その存在感を示すかのような、銀色に輝く首輪だった。


 えっと。

 ハイドラ、仲間になったってこと?


「ええと……ハイドラ?」


 そんな僕の呼びかけに。

 ハイドラは、再生したばかりであろう首を僅かにくねらせて、僕を見た。


「あぁーん!」


「へ……?」


「あなた、アタシの新しいご主人様? なぁによぉ、結構カワイイじゃないの! アタシ、九頭の魔龍キングハイドラよ! よろしくねぇ!」


「……」


 その口から出た言葉は、とにかく想定外だった。

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