第3話 エルフの事情

 僕の国――グランディザイアは現在、旧ドラウコス帝国領のほぼ八割ほどを占める大国だ。

 一応、旧帝国領はオルヴァンス王国と折半するという形で条文は纏まっている。だけれど、こちらの主戦力は魔物であり、住民のほとんども魔物だ。一部のエルフと物好きな人間、あとは僕の家族ってとこである。

 そして、次に僕へとやってきた難題は、そんな一部『ではない』エルフだった。


「これは……」


「『魔の森』エルフ集落の村長代理、リュートさまからの嘆願ですが……」


「うーん……また、難しいこと言ってきたなぁ……」


 僕たちが最初に訪れ、僕が王になり庇護を約束したエルフの集落。

 そもそも、僕たちの国作りはあそこから始まった。『魔の森』のエルフ集落、そして最も近かったラファスの街を占拠し、グランディザイアという国を名乗ったのである。

 そこから二年ほど動けない日々は続いたけれど、現在はドラウコス帝国の領地のほとんどを奪って支配下に治めているため、立派に国を名乗っていいくらいの領地にはなったと思う。


 でも、僕が魔王リルカーラを呪縛から解き、僕の仲間として迎え入れることで、魔物たちが異常にグランディザイアに集まった。その結果、人間たちが次々と国を出て難民となり、隣国であり同盟国のオルヴァンス王国に逃げ出している。

 幸い、ドレイクの進言とジェシカの仲介もあり、オルヴァンス王国にはハイドラの関より以西の地を人間の住処とし、ハイドラの関より以東を魔物の住処とする、という形で差別化することで、国民の国外流出を防ぐことにした。この政策は概ね成功して、荒れ地ばかりだったかつての農村を、オルヴァンス正規兵たちによって開墾を行い、そこに移民として住む形で落ち着いた。


 けれど、問題がこれで解決したわけじゃない。

 難民たちは『魔物の国』グランディザイアから逃げ、隣国に落ち延びたつもりだ。だけれど、彼らが落ち着いている場所は一応、領地としてはグランディザイアのものである。そこにオルヴァンス正規兵は常駐しているけれど、決してオルヴァンス領ではないのだ。

 そんな難民たちとの認識の齟齬は、全体的に広がっている。

 何せ、『魔の森』のエルフ集落から、こんな嘆願書がやってくるくらいに。


「……『魔の森』は、グランディザイア領だよね?」


「こちら側としても、オルヴァンス側としても、そう認識しております。『魔の森』はオルヴァンス領との国境であり、ラファスの街からハイドラの関までは、グランディザイア領です」


「でも……『魔の森』近くの住民はまるで、オルヴァンス王国に帰属したように思ってるんだよね?」


「はい。これについては、我々の不足でした」


 問題は、そんな『魔の森』の木々。

 それを、難民たちが次々に伐採しているということなのだ。

 確かに家を建てるにも荷車を作るにも、木材は必ず必要になってくる。そして、あの近辺で最も大きい森は『魔の森』だ。そして、現在は魔物のほとんどがグランディザイアの東に集まっているため、『魔の森』という名前だけ残して魔物など全くいない森なのである。

 そんなもの確かに、一般人でも伐採し放題だ。


「だからって……森の木を全部刈ろう、なんて思う?」


「こんな森があると、何かあったときに本国から支援を受けられない、などと宣っている村人が多いと聞きます」


「……本国はこっちだってのに」


「それが認識の齟齬ですね……オルヴァンス兵が先導して開拓し、オルヴァンス兵によって守られる地……これは、国民からすれば確かにオルヴァンス領と捉えても仕方ありません」


 はぁ、と大きく溜息。

 ただでさえ面倒なことばかりなのに、国民というのは集団になるとより面倒になるものだ。本来、難民を受け入れてもらうために出したお金で雇ったオルヴァンス兵が、こんな結果を招くことになるとは。

 その結果の嘆願書――『どうか、人間による森の伐採を止めていただきたい』と羊皮紙に書かれたそれは、エルフの集落から送られてきたものだ。


「アリサ」


「ああ」


「一応、提案してみるけど……『魔の森』から別の森に移り住むっていうのはできる?」


 まぁ僕としても、オルヴァンス王国とは今後とも仲良くしていくつもりだ。

 今後は色々と取引をしていったりとか、国同士を結ぶ街道を整備しようと考えている。今、オルヴァンスとの間には大きな道がないから、『魔の森』を通るか別の国を経由するしかオルヴァンスに向かう方法がないのだ。

 今後は人の往来が多くなるし、エルフたちには『魔の森』から、もっと安全な森に引っ越して貰う方がいいんじゃないかっていうのは、以前ジェシカにも進言を受けた。

 そんな僕の問いに対して、アリサが返すのは渋面だった。


「……難しい、とは思う。先祖代々、我々はあの森で生まれ育ってきた。魂は森より生まれ、森に帰る。人間にとっての墓石が、我々にとっては集落の周りにある木なのだ」


「そっか……」


「無論……ノア殿が呼びかければ、従うだろう。我々はノア殿に救われた。命の恩人の言葉であれば、決して無碍にはしない。だが……」


「それでも、不満は残るだろうね」


「……ああ」


 僕が無理やり、彼らに従うように言えば済む話だと思う。

 だけれど、できれば僕としてはエルフにも、ちゃんと納得してもらいたい。

 ただ。

 今後、『魔の森』でエルフの集落があり続けることは、難しい。


「この噂は、もう冒険者に流れているだろうね……」


「ええ。冒険者は、儲け話には耳聡くありますから」


「一般人が木々を伐採している……その情報が冒険者たちに伝わっていれば、『魔の森』へ入る冒険者も多くなるだろうね」


「ええ……残念なことに、既にラファスの街ではその話で盛り上がっているようですよ」


 ドレイクが、大きな溜息と共に言う。

 本来、強力な魔物たちが進軍を阻んでいた、天然の要塞――それこそが、『魔の森』だった。

 だけれど、魔物が姿を消した今、彼らの進軍を阻む者はいない。

 つまり今――エルフの集落を守る者は、誰もいないのだ。


「ドレイク、冒険者がエルフの集落を見つけたら、どうなると思う?」


「女子供は奴隷、老人は皆殺し、でしょうな。グランディザイアでは奴隷を禁じておりますが、他国ではまだ高く売れます」


「だよねぇ……とりあえず、魔物を一軍エルフの集落に送ろう。ギランカに、エリートゴブリン軍団を連れて赴任するように伝えて。並の魔物だけじゃ、多分厳しい」


「ええ……かつての戦友が、知っていますからね」


『魔の森』には、エルフの集落がある。

 それを知っているのは、僕たちだけではないのだ。

 ドレイクがかつて、Sランク冒険者二人と共にやってきて、その居場所を知っている。


「『破壊鉄球』ランディ・ジャックマン。『七色の賢者』シェリー・マクレーン。少なくともこの二人は、エルフの集落がある場所を知っています」

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