第4話 ゴブリンからの報告

「ノア様、『魔の森』に派遣しているギランカ殿からの使いが来たそうです」


「ああ、うん。会うよ」


 ふーっ、と大きく息を吐く。

 今日は、魔物たちへの戦闘訓練を行っている。というのも、集団戦闘における魔物同士の連携が、種によって得意不得意が目立つからである。

 元々集団で行動していた魔物――ゴブリンやオーガ、ワイルドドッグのような群れで行動する魔物は、魔物の混成軍でもそれなりに足並みを揃えて戦うことができる。だけれど、元々群れでなく単体で行動していた魔物については、なかなか集団戦に馴染むことができないのだ。

 キングハイドラのキングみたいに、単体でもう軍を超えるような暴力ならまだしも、一応戦いにおける連携などを、僕が魔物に叩き込んでいたのである。主に、僕を集団で倒してみせろ、という形で。


「しかし、リルカーラ殿の言う通りでしたね。連携を教えずとも、これほど戦えるようになるとは」


「うん。まぁ、魔物は本能的に戦い方を覚える、って言ってたからね」


 僕の目の前で転がる、魔物たち――ゴーレムやミノタウロス、カトブレパスにグリフォンと種類は様々だが、共通しているのは彼らが、単体で行動し群れないことだ。

 そこで、最初はドレイクが連携のやり方などを教えていって、次第に実践させていく形がいいのではないかと言ってきたのだが、ここに待ったをかけたのが魔王リルカーラだった。というのも、魔物は戦い方を誰かから教わるのではなく、本能的に自分で見つけていくものであるらしい。

 だから、とりあえず単体で動く連中を集めて、僕と模擬戦という形にしたのだ。


 最初は、ひどいものだった。

 どいつもこいつも我先にと僕へと向かってきては、別の魔物に体が当たって妨害され、時に他の魔物を妨害し、連携の一つもなくあっさり僕の拳で落ちた。

 だけれど、次第に彼らもそのコツを掴んできたのか、カトブレパスが視界を遮り、その影からグリフォンが襲ってくる――そんな風に、連携を見せてくるようになってきたのだ。正直、ここにいる連中はほとんどがレベル90台なので、ちょっと後半やばかったくらいだ。

 僕としても疲れてきた頃合いだし、休憩には丁度いい。


「それで、誰が来たの?」


「はい。エリートゴブリン隊斥候頭、レックス殿が来ております」


「……えーと」


 基本的にギランカに任せているエリートゴブリン隊なんだけど、正直僕はその全容が掴めていない。

 ギランカの要請があったため、新たにやってきたゴブリンに対しては比較的早期に『魔物融合』を行い、知性を与えるようにしている。その結果、膨れ上がったゴブリン隊――その中でも選ばれし者だけが入れるのがエリートゴブリン隊、と区分けしているらしい。

 このゴブリン隊からエリートゴブリン隊への昇進、エリートゴブリン隊からゴブリン隊への降格――その辺は全部ギランカに任せているから、僕は誰がエリートなのかそうじゃないのか分からないのだ。

 あと、ついでに言うとゴブリンは最初から名前がついているから、正直全員の名前を覚えていない。


「最近、有望な若手らしいですよ」


「ギランカから、その文言で何匹のゴブリンの評価を聞いたか分からないよ」


「確かに。ひとまず、玉座の間で待たせております」


「応接間でいいよ。仲間なんだし」


「いえ。そこはやはり、王としての貫禄を見せていただきたい」


 はぁ、と小さく嘆息。

 魔物から、僕に対して報告にやってくることは多くある。そして、そのたびに僕は玉座で話を聞くのが毎回のことだ。

 ドレイクには何度も、応接間とかで聞くって言ってるんだけど、譲ってくれない。

 わざわざ仲間を相手に、高い位置から喋りたくないんだけど。


「とりあえず、行こうか……」


 でも、現状どうしようもないし、既に玉座の間にいるらしいし。

 仕方なく、僕は重い足取りで玉座の間へと向かった。












「お久しぶりでございます、我らが王」


 玉座に座った僕に対して、恭しく頭を下げるゴブリン。

 ちなみにそんな僕の右隣にはドレイクが、左隣にはリルカーラが立っている。ジェシカは今不在だ。


「ああ、うん。レックス、ご苦労」


「は。レックス・グランディザイア・ホワイトフィールド・ギランカ、報告ならびに助言をいただきに参りました」


「……」


 相変わらず、ゴブリンは名前が長いことだ。

 これは、基本的にギランカの部下全員が名乗っている名前でもある。何でも、ゴブリンの名前というのは『自分の名前』『部族の名前』『氏族の名前』『父の名前』を全部名乗るのが当然であるのだそうだ。

 元々ギランカ・ドラン・エルベート・グリフィッサムという名前だったギランカは、直訳すると『ドラン族のエルベート氏族、グリフィッサムの子ギランカ』という意味であるらしい。だけれど彼は現在、改名しているのだ。

 その名前は、ギランカ・グランディザイア・ホワイトフィールド・ノア。

 僕に理性を与えてもらったから、僕を父の名としホワイトフィールド――僕の姓を氏族としているらしい。そして部族という大きな単位が、国名のグランディザイアなのだ。

 ちなみに、《解析アナライズ》で見てもこの名前に変わっている徹底ぶりである。


「『魔の森』に近付いていた人間たちは、ひとまず追い払いました。それぞれ強力な個体に化け、『魔の森』には未だ魔物が健在という噂が、周囲の村で流れております」


「それは良かった」


「近隣の村へと《人変化メタモルヒューマン》によって潜入し、同様の噂が流れているのを確認しております。ですが……今度は人間たちが、冒険者へと魔物討伐の依頼を出しました」


「……だろうね」


 頭が痛いことだ。

『魔の森』に魔物が現れたと聞けば、恐らく冒険者たちが出張ってくるだろう、とは思っていた。何せ今、国中の魔物が僕の国に集結しているせいで、冒険者たちは閑古鳥であるらしい。

 その状態で魔物が現れたと聞けば、恐らくSランクでも受注するだろう、というのがドレイクの読みだが――。


「それで、指示通りに?」


「は。一般人には手は出さず、あくまで追い払うのみに留めております。冒険者も数人既に訪れており、明確な敵意を持って襲ってくる相手のみ捕縛しております」


「うん、とりあえずそれでいい。今、下手に人間を襲う方がややこしくなるからね」


「ですが、隊長――ギランカ様より、ノア様に助言をいただくよう申しつけられております」


「うん」


 ギランカには最初から、自分だけの判断で難しいようであれば、僕へ伝令を出すように伝えている。

 だから今回、何かギランカが悩んだ結果、僕へと聞きに来たのだろうと思っていた。その予想は、どうやら正しかったらしい。


「一般人には手を出すな、というご指示ですが」


「うん」


「もしも一般人が我々を襲ってきたら、どうなさいますか? もし逃げた場合、『魔の森』の魔物は人を襲わない、という噂が流れる可能性があります。その状態で、冒険者が一般人に扮して森へ入ってくる可能性もあります」


「……」


 確かに、それは考えていなかった。

 僕に魔物の区別がなかなかつかないように、魔物にも一般人と冒険者の違いは分かりにくいのだ。だから基本的に、ギランカには『武装している人間は冒険者、そうでなければ一般人』という形で区別するように言ってある。

 だけれど確かに、一般人に扮して奇襲を仕掛けてきたりとか、そんな可能性は間違いなくある。


「うーん……でも、人間を傷つけるわけにはいかないし……」


「小僧」


 そんな風に悩む僕に、隣から声をかけてきたのはリルカーラだった。

 目元を細めて、まるで睨み付けるように僕を見て。


「小僧にとって人間と魔物は、どちらが上なのだ?」


 リルカーラはまるで。

 僕を試すように、そう尋ねてきた。

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