第5話 魔物に対しての不平等

 人と魔物、どちらが上。

 そんなこと、僕は考えていない。あくまで僕が目指しているのは、人間と魔物の共存だ。

 魔物を良き隣人として、人間と共に暮らす。それが僕の――グランディザイアの目指すべき姿だと、そう思っている。


「どちらが上って……どういうことだよ、リルカーラ」


「言葉通りだが。うぬにとって、人間と魔物はどちらが偉いのだ?」


「いや、偉いとかそういうのはないよ」


「であらば、余に許可せよ。人間を討伐しても良い、と」


「へ……?」


 腕を組んだリルカーラが、鋭い眼差しで僕を射貫いてくる。

 その瞳に浮かんでいるのは、明確な怒りだ。


「うぬは、余に言うたであろう。うぬにとって魔物とは、部下ではない。仲間であると」


「あ、ああ……」


「であらば、何故うぬの仲間が傷つけられながら、人間に裁きを行わぬ。魔物に対して人間を襲うなと厳命しておきながら、人間に対しては何故それをせぬ。余は心より失望しておる」


「……」


「人間が魔物を襲うことを良しとするならば、余に許可せよ。人間を討伐しても良い、と」


 リルカーラの言葉は、間違いなく正論だ。

 予想もしなかった言葉に、僕は何も返すことができない。確かに僕は、人間と魔物の平等を謳っておきながら――そこに、明確な差を作ってしまっている。

 人間を傷つけてはならない。人間に手を出してはいけない。

 そう、僕は言い続けていた――。


「そも、うぬは人と魔物の共存を謳っておろう」


「あ、ああ……」


「余は夢物語と考えておったし、今もそう思っておる。魔物と人間は、その種としての生き方がまるで違う。うぬは平等を謳いながら、魔物に不平等を強いているだけだ」


「……」


 リルカーラの言葉が、僕の胸に突き刺さる。

 確かに、そう言われると僕は平等を謳いながら、魔物に対して不平等ばかりを押しつけてきた気がする。人間が傷つけないように脅すだけにしろ――そんな命令は、魔物側にとって圧倒的な不平等になるだろう。


「うぬにはうぬのやり方があるだろうと、今まで静観しておったが……これ以上は、余も黙ってはおられぬ。貴様の、人間至上主義にはな」


「……僕は、そんなつもりで」


「それも当然であろうな。頂点に立つ王は人間で、その側近も人間と、元人間だ。余も元は人間といえば人間だが……まぁ、千年も経てばそんな認識もない」


「――っ!」


 僕、ジェシカ、ドレイク。

 グランディザイアの政策を考えるのは、主にこの三人――主に、ジェシカとドレイクだ。一応、亜人代表としてエルフのアリサ、魔物代表としてリルカーラに会議に参加してもらっているけれど、主導権は二人にあると言っていい。

 だから、知らずに軋轢が生まれていたのだ。ドレイクも現在は魔物であるけれど、どうしても人間側に立ってしまうから。


「……リルカーラ。少し、言い過ぎではありませんか?」


「余は、思ったことを言うたまでよ。不敬と言うならば、余の首を切るがいい。そのときには、うぬが次の魔王だ。喜べ」


「……」


「むしろ、魔王になってもらった方が、魔物としてはありがたいかもしれんな。魔物ばかりに理想を押しつけ、我慢を強いるような真似をされるより、魔王として人類の廃絶に赴いた方が幾分理想的というものだ」


「リルカーラ!」


「黙って、ドレイク」


「……は」


 ドレイクを、手で制止させる。

 リルカーラの諫言は、確かに耳に痛い。突き刺さるような感覚だ。

 だけれどこれを聞かず、自分の耳に優しい言葉ばかりを採用していては、僕は暴君になってしまう。

 ならば、どうすればいいか――リルカーラのその意見を求めることこそが、今できる最善だ。


「リルカーラ。だったら、僕はどうすればいい? 今後のグランディザイアは、どう動けばいい?」


「余に意見を求めるか? すまんが、余は魔物至上主義であるぞ。うぬとは対極だ」


「それでもいい。僕は今まで、魔物側の意見を蔑ろにしすぎてたと思う」


「ふむ」


 魔物は、僕の命令に従ってくれる。人間を襲うなと言えば襲わないし、簡単な命令ならば全員を従わせることができると言っていいだろう。

 比べて、人間は僕の命令に絶対服従というわけではない。どうしても自由意志があるし、それぞれの価値観もある。だから人間側のそういった部分を寛容に受け入れながら、魔物側で調整していって共存していく方向に持っていこうと思っていた。

 だけれど、確かにこれはリルカーラの言うとおり、我慢を強いることだ。

 人間の自由な生き方を尊重して、魔物に不自由を与える――それは、果たして共存と言えるのか。


「まず、法の調整だ。現在のグランディザイアには、人間が魔物を傷つけた場合、どういった罪を与えるかが明確に決まっていない。そこに重罰を科せ」


「うん」


「また、うぬの掲げる魔物と人間の共存……それを不服と感じる人間まで、国民として迎える必要はあるまい。魔物を隣人として受け入れられぬ者に、わざわざ住処や仕事を与える必要などない」


「ああ」


「そして、魔物にも自衛権を与えてやれ。人間が魔物を襲ってくるのに対し、逃げることしかできぬ現状を改善せよ。襲ってくるならば、殺されても文句は言えまい。魔物がいたずらに人間を襲うことはなくとも、向こうから襲ってくるならば話は別であろう」


「ああ……」


「ひとまずは、以上か。また思いついたら言わせてもらおう」


「分かった」


 そこまでのリルカーラの言葉を、しっかり聞く。

 その上で、判断するのは僕だ。


「ひとまず、リルカーラからの言葉は、僕が預かる。ただし、今一つだけ決定する。レックス、戻り次第、ギランカに伝えてほしい」


「は、はっ!」


「現在、捕縛している冒険者は……殺していい。同じく、『魔の森』に近づく人間に対しては、交戦を許可する。それが一般人でも、関係ない。また、グランディザイアに住む全ての魔物に、自衛権を与える! 人間が自分を傷つけようとした場合のみ、反撃を許可する!」


「はっ! 承知いたしました!」


 レックスが、頭を下げる。

 人間を優遇し、魔物を冷遇する現状が、リルカーラの諫言によってようやく分かった。

 そして分かった以上、対策をするのが王――僕の務めである。


「ドレイク、リルカーラ」


「はっ」


「うむ」


「ジェシカが戻り次第、会議を開く。今度は……お前を失望させないよ、リルカーラ」


「ふ。期待せず待っておくとしよう」

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