第6話 共存についての新案

「一体、どういうことですか?」


「ああ、ジェシカお帰り。戻ってきたばかりのところ悪いけど、今から会議をするよ」


「はぁ……」


 グランディザイア王宮、会議室。

 僕はそこに、ひとまず全員を集めた。全員といっても僕、ドレイク、アンガス、魔物代表としてリルカーラ、エルフ代表としてアリサ、そして一応、人間代表として僕の父さん――ノエル・ホワイトフィールドにも同席してもらった。

 そして、出かけていたジェシカが戻ってきた時点で、この会議室へと来てもらったのだ。


「一体どうなされましたか?」


「何度か会議を重ねているけど、議題は『魔物と人間の共存』。ジェシカ、忌憚ない意見を聞かせてほしい」


「なるほど。では、わたしが戻る前に既にある程度、お話は済んでいると考えても?」


「まぁ、一応ね。大体の方向性はもう一致していると思う。あとは、その点についてジェシカが賛同してくれるかどうかだ」


 僕の言葉に対して、小さく溜息を吐くのはドレイク、アンガスである。そして、痛そうに頭を抱えているのは父さん。

 比べて、リルカーラの方は玉座での不機嫌さとは裏腹に、機嫌が良さそうに笑みを浮かべている。


「まず、今まで僕が……グランディザイアが掲げていた理念、『魔物と人間の共存』だけれど」


「ええ」


「僕は、少し焦りすぎたんだと思う。魔物と人間を隣人として、共に仲良く暮らしていく……僕は、そんな国にしたいと思っていたんだ。だけど正直、僕は今、その理想を果たせるとは思えない」


「ええ」


 僕の言葉に、ジェシカが頷く。この点については、ここにいる全員から賛同された。

 魔物と人間の共存。

 グランディザイアは、それを現状、押しつけていたと言っていいだろう。

 人間に対しては、隣に魔物が住むから仲良くしろ、と。魔物に対しては、隣に人間が住むから襲うな、と。

 両方に、そういう命令を出していたに過ぎない。

 その状態で、僕からの命令には絶対的に従う魔物たちは、ちゃんと従った。比べ、人間は隣に魔物が住むことを恐れて、逃げ出した。魔物なんかと一緒に暮らせるものか、いつ襲われるか分からない相手と一緒に過ごせるものか、と。

 その上で、僕はまだしがみつこうとしていたのだ。魔物と人間が笑い合って、共に手を取り合って暮らせる未来を夢見て。

 だけれど、気付かされた。それは甘すぎる理想論だと。


「僕が掲げる、魔物と人間の共存……その考えは変わらない。だけど、共存という考え方なら、別に隣に暮らす必要はないんじゃないかって、そう思ったんだ」


「……なるほど」


「だから、まず僕はハイドラの関より以西……『魔の森』以外のグランディザイア領を、オルヴァンス王国に譲る。その上で、『魔の森』はグランディザイア領として継続するため、立ち入りの一切を禁ずる」


「――っ!!」


 僕の言葉に、ジェシカが目を見開いて驚くのが分かる。

 ハイドラの関より以西――それは、かつてのドラウコス帝国領の半分と言っていい。そして、これは現状グランディザイア領ではあるけれど、オルヴァンス兵を派遣してグランディザイア国民を住ませているという謎の状態である。そのため、ここに住んでいる国民についてはグランディザイアの国民であるという意識が薄く、むしろ既にオルヴァンス王国に亡命しているような感覚なのだそうだ。

 そんな国民に、敢えて庇護を与えることもあるまい――そう判断し、僕は彼らに対する庇護の一切を断ち切ることにした。

 代わりに、その領地ごとオルヴァンス王国に引き取ってもらう形だ。


「そ、それは……その、あまりにも一方的に、オルヴァンス王国にだけ益をもたらすものでは……?」


「それは分かってる。ただ……まぁ、最初から同盟を結ぶにあたっても、条文の方にあるからね。グランディザイアとオルヴァンス王国が同盟を結ぶにあたって、その後得た領地は半々に分ける、みたいな。ジェシカが色々と画策してくれたから、今まで領地の割譲をほとんどやらなかったんだけど……その条文を持ち出して、譲りたいと思う」


「それは、承知しておりますが……そうなると、オルヴァンス王国は大陸でも随一の領地を持つ大国となります。元々の領土の広さに加えて、ハイドラの関より以西を全て渡すとなれば……それこそ、手がつけられない大国になってしまいます」


「分かってる。ただ、僕はそれ以外に方法がないと、そう思ってる」


 真剣に、僕はジェシカを見据える。

 利も、不利も、両方がある話だ。オルヴァンス王国に無償で領地を渡して、国民も全てオルヴァンスに帰属させる。そうなれば、オルヴァンス王国の生産力は向上するし、純粋に兵力も増すことになるだろう。


「僕がこれからやっていきたいのは、消極的な共存だ」


「消極的な、共存……」


「ああ。グランディザイアへの、仕事のための通過や使者以外の人間の、入国を禁ずる。そして、グランディザイアの国内では、魔物による生産体制を築く。冒険者などが侵入して魔物に手をかけた場合、グランディザイア国内における法に則り、死罪に処する……今のところ、僕が考えているのはそういう形だけど」


「……」


 魔物と人間が、隣同士で手を取り合い暮らしていく。

 そんな御伽噺のような世界を、僕は夢見ていた。だけれど、現実は厳しい。

 人間は魔物を恐れるし、魔物を敵と見做す。ならば、最初から共にあるのではなく、同じ大陸で互いに干渉せず暮らしていけばいいのだ。

 これが、僕の考える消極的な共存。

 この意見には、今のところジェシカ以外の全員が賛同してくれた。


「ただ、無償で領地を渡すんじゃなくて、ジェシカにはできるだけ高値をつけて、オルヴァンス王国に領地を売ってもらいたい。金貨は、あって腐るものじゃないしね」


「少なくとも、グランディザイアの半分の領地を渡すことになります。相応の値はつけてもらえるでしょう」


 ドレイクが、僕の言葉に追随する。

 ジェシカは、そんな僕の言葉を考えて、大きく溜息を吐き。


「分かりました。では、そのように動きます。ただ……今後、オルヴァンス王国との関係が悪くなった場合のことも、考えて動かなければならないかもしれません。最初は治安維持に必死になると思いますが、魔物の侵攻に怯えることもなく、生産できる広大な領地を与えられる状態です。国力は、飛躍的に向上すると考えていいでしょう」


「うん」


「グランディザイアとは同盟関係にある以上、恐らく周辺諸国を併呑していきます。そしてグランディザイアの周辺一帯を包囲し、盤石の姿勢を築く……女王ならば、恐らく存命中にそれくらいのことはやってみせると思います」


「うん」


 ジェシカの描く未来図――それは、グランディザイアを中心に置いた大陸の地図において、中央のグランディザイアを除く全ての国が、オルヴァンス王国となる未来。

 そのときに女王の野心が強ければ、同盟は破棄されグランディザイアへと宣戦布告してくる可能性もある。

 勿論、人間の軍など一蹴する魔物たちが、グランディザイアには大量に存在するわけだけれど――。


「だから、僕も覚悟を決めたよ」


「覚悟……ですか?」


「ああ……」


 本来、これは僕が心から愛する女性に対して、海の見える景色で指輪を差し出しながら言うことだ。こんな、色気も何もない会議室で、相手に対して言うことじゃない。

 だけれど、ジェシカなら断らないだろう。何せ、最初に言ってきたの向こうだし。

 オルヴァンス王国と、友好を続けるために。

 僕は――覚悟を、決めた。


「ジェシカ、結婚しよう」


「はい………………………はい?」

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