第2話 牽制し合う参謀たち
「いやいやいや」
唐突なジェシカの言葉に、僕はとりあえずそう制止する。
この子、いきなり何て言った? 結婚しよう? それって僕が心から愛する女性に対して、海の見える景色で指輪を差し出しながら言うことだよ。何さらっとこの会議室で僕に向かって言っちゃってくれてんの?
あまりにも意味が分からなくて、とりあえず視線だけでドレイクに助けを求める。
ドレイクはとても頭が痛そうに、大きく溜息を吐いた。
「……確かに、ジェシカ姫の仰ることは分かります。オルヴァンス王国との対等性を保ちながら、向こうに無償で金を渡すための言い訳にはなりますね」
「ええ。少し無理やりではありますが、何の理由もない援助よりは自然かと」
「え、何? どういうこと?」
だけれど、ドレイクが深く頷いている。
僕を守ってくれる最後の砦のはずなのに。
「なるほど。確かに、グランディザイアの王とオルヴァンス王国の王女が婚姻をするとなれば、その結納金が送られるのは当然であろうな」
「……アンガスが申した通りです、ノア様」
「加えて、王族同士の血の絆もできる。確かに、言い訳としてはこれ以上のものはあるまい。そして、情勢を考えればかの女狐でさえ断ることはできまいな」
「お前も女狐って呼んでるのかよ」
冒険者にとって、フェリアナ女王イコール女狐なのだろうか。
とりあえず、理解はできた。納得は全くできていないけれど、理解だけは。
グランディザイアはオルヴァンス王国にお金を送りたい。でも正当な理由がなければ援助になってしまうため、国の対等性が失われる。だから正当な理由を作る。僕とジェシカの結婚――そういう流れだ。
僕、まだ結婚するつもりないんだけど。そういうのは、スローライフを手に入れてからの話だとばかり思ってたし。
「恐らく、ノア様には反対されると思っておりましたが」
「いや、そりゃそうでしょ……ジェシカ、今何歳?」
「はい、十一歳です」
「そういうの一般的にはロリコンって言うからね!?」
初めて出会ったとき、ジェシカは八歳だった。
それから二年と少しを経て、今十一歳。
いや、八歳に比べれば成長しているのは間違いないよ。だからといってね、八歳の幼女は駄目で十一歳の幼女はオッケーってわけじゃないから。
そんな僕に対して、ジェシカが小さく溜息を吐いた。
「まず申し上げますが、ノア様」
「うん」
「別にわたしは、ノア様を愛してなどおりません」
「辛辣!」
なんで、「結婚しましょう」って言われてる側の僕が、あっさり振られてんの?
うん。結構さ、今まで二年以上一緒にいたわけだし、もうちょっと態度が軟化してもいいんじゃないかなとか思うんだけど。
「ですが、わたしはオルヴァンス王国女王の娘です。愛した殿方と結婚する未来など、わたしには許されていません」
「え……」
「王族の娘は、あくまで近隣諸国との関係を良好にするための手駒ですから」
「……」
達観しすぎてるジェシカのそんな言葉に、僕は頭を抱えるしかない。
王族に生まれたからって、自分に自由がないみたいな――。
「ですので、ノア様。勿論、ノア様もわたしを愛してくださらずとも結構です」
「……へ?」
「あくまで、わたしが第一夫人に収まるだけの話です。勿論、わたしとの子を作らなくても構いませんし、寵愛をいただく必要もありません。あくまで、お飾りの第一夫人として置いてもらえれば良いのです」
「……どういうこと?」
意味が分からない。
結婚って愛する男女がするものであって、そこに愛はいらないとかどうなんだそれ。しかも子供も作らなくていいって、それ夫婦である必要が全くないし。
そんな僕に対して、口を挟んだのはドレイクだった。
「愛なき政略結婚。そういう事例は、歴史を紐解けばよくあることです」
「え……そうなの?」
「そうです。ノア様が、ジェシカ姫と婚姻を交わすことではありますが、これは大局的に見ればグランディザイアとオルヴァンス王国が、強い絆で結ばれたと示すことになります。事実、東――ダンダルシア王国の国王は後宮の姫君たちを寵愛しておりまして、今の王子たちは全員、側室腹です。正妻の子は一人もおりません」
「……」
それ、奥さん怒らないのかな。
っていうか、無理。
そういう王様的な感覚、僕に分かれって言う方が無理な話だ。
「ですから、ノア様。言い直しましょうか」
「別に言い直さなくても、大体分かったよ……」
「わたしと戸籍上だけ夫婦になりましょう。待遇はこれまでと同じで。愛はいりません」
「物凄く契約感が強いんだけど」
結婚ねぇ……。
いや、将来的には僕も結婚するんだろうなーとは、ちょっとだけ思ってはいた。でも、まだそんな相手もいないし、現実味がなかった。
でも、なんかそういう国交のしがらみだけで結婚するっていうのは、抵抗感が強い。
だからまぁ、できればそういうのはやめて――。
「ただ、ノア様」
「え?」
「私は反対です。それは、最後の手段にするべきかと」
おお。
僕が何も言ってないのに、ドレイクからそう横槍が入った。
できれば最後の手段にもして欲しくないけど、とりあえず今誤魔化せるならそれでいい。
「国交をより強化するにしても、婚姻より先にやるべきことはあります。それによって、ある程度はオルヴァンス側にも国庫の金貨を回すことができるかもしれません」
「ドレイク、何か手があるの?」
「ええ。オルヴァンス王国も現在は小康状態ですし、軍を傭兵として借り受けましょう。表向きは、グランディザイア周辺のはぐれ魔物の討伐。これにより、兵を借り受けるという名目で援助が可能となります」
「ですが、それは人足を目減りさせることになります。平時の兵は、戦災が起こった場所の復興や建築などに従事しますから」
「勿論ジェシカ姫、それは分かっていますよ。平時の兵と同じように、復興に従事してもらいます。具体的には、オルヴァンス王国とグランディザイアの国境沿いに存在する、ハイドラの関より以西の地を」
ハイドラの関。
そこより以西は、かつてドラウコス帝国の領土であった場所であり、彼らの作戦により焦土と化した場所だ。現在も復興作業を行ってはいるものの、今のところ人が住める目処は立っていない。
むっ、とそこでジェシカの眉が僅かに寄る。
「あの場所を、人が住めるまで開拓する。そのために、グランディザイアからも力仕事を行う魔物の兵団を出します。それで、難民問題は解決すると思われます」
「なるほど……あの地は、今のところ空白地のようなものですからね」
「ええ。グランディザイアの領地をオルヴァンス王国が復興させる――つまるところオルヴァンス側からの支援ですね。それに対して、こちらは金銭を返す。その上で、グランディザイアの領地で難民を留まらせる……これが最善では?」
「……」
頭のいい人たちの会話は、僕には分からない。
ただ、とりあえず目処が立ちそうってことは分かった。
ジェシカも、ドレイクの提案に対して返す言葉がないみたいだし。
そして、最終決定権は僕にある。
「よし。それじゃ、そういう形にしよう。ジェシカ、問題はない?」
「……ええ、分かりました。ノア様の仰る通りに」
「それじゃ、よろしく! これで会議終了で!」
これで、会議は終わり。
戦争とか云々ならまだ分かるんだけど、内政に関しては完全にジェシカとドレイク任せだ。
今後、僕もちゃんと王様をやるために、勉強する方がいいのかもしれない。
ただ、そんなドレイクとジェシカが、去り際に。
「上手く言って、空白地をものにしましたね……ドレイクさん」
「いえいえ。私はただ、ノア様のお心を代弁しただけですよ」
そんな風に、牽制し合っていた。
そろそろ君ら、仲良くできないのかな?
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