第12話 アンガスの孫娘

 現在、グランディザイアは人間の入国を禁じている。

 例外は、他の国に向かうにあたっての通り道として活用する場合だ。この場合は近隣の国から、グランディザイアに対して許可を求める書状がやってくる。そして少なくない契約金が支払われた者に対してだけ、特別通行許可証を発行するのだ。

 とはいえ、特別通行許可証を持っているからといって必ず通過できるというわけではなく、通行のたびに少なくない通行料を貰い受けている。僕は別に必要ないんじゃないかと言ったんだけど、金を払うことで向こうもまた信用を買い取っているようなものです、とドレイクが言っていたため、任せることにした。

 ちなみに、特別通行許可証を持っている商人が国内を通過する際には、必ず二匹以上の魔物によって護衛される。これは国内での安全に配慮するのと同じく、商人に対する監視の意味も兼ねているのだとか。


 まぁ、そんな風に現在、入国を拒否しているグランディザイアではあるのだけれど。

 今日、珍しいことに国民になりたいと希望している者が現れた。


「……ええと、どういうこと?」


「うむ……儂の孫娘夫婦が、是非ともグランディザイアに住みたいと希望しておりましてな」


「いや、そもそもアンガス、結婚してたの?」


「若い頃ですがな。思えば、家庭など顧みることなく冒険にばかり励んでいたせいで、妻には苦労をかけました。あやつが先立ったのも、もう十年以上前になります」


 アンガスから突然そう言われて、困惑している僕である。

 人間を全員、言い方は悪いけれど追い出したのは、つい最近のことだ。そして人間を追い出したおかげで今、魔物たちはのびのび暮らしている。領主を任せている父さんやレイ兄さんは、「人間がいなくなったおかげで随分助かる」と言ってくれるくらいだ。

 ハル兄さんだけは、「ただでさえ少なかった出会いがゼロになった……!」と言っていたけれど、まぁ今度アリサを紹介することにしよう。

 そんな状況で、突然アンガスから、「孫娘夫婦を国内に住ませたい」と言ってきたのだ。


「……その孫娘さんは、冒険者?」


「いや、市井の者ですな。儂が冒険者だったせいで苦労をかけたのを知っておるのか、儂の縁者に冒険者はおりませぬ。ゆえ、魔物の素材目的ではないはずです」


「なら、別にいいけど……うぅん。ジェシカ、どう思う?」


「うーん……」


 現在、僕の頼れる右腕ことドレイクは不在だ。

 何やらアマンダが最近仲の良い友達ができたとのことで、その友達がドレイクに修行をつけてもらいたいと希望したらしい。今日はその友達に会いに行くと言っていた。

 まぁうちもブラックというわけじゃないし、今日はドレイクがプライベートで楽しむ日だ。こんな用件で呼び戻すのも申し訳ない。

 だから代わりに、参謀の一人であるジェシカにそう尋ねてみる。


「魔物の反応が、気になるところですね。正直今のグランディザイアは、人間を追い出したことでむしろ活性化していますから」


「ふーむ……」


「今、下手に人間を招き入れることで、妙な確執を生みかねません」


「そうなんだよねぇ……」


 正直なところ、僕も懸念しているのはそれだ。

 どことなく、人間を嫌うような風潮も流れている。人間と共に暮らすと、自分たちは人間のいいように使われるだけだ、みたいな。

 何せシルメリアが、他の魔物から体毛とか鱗とか角とか仕入れて外で売っているせいで、グランディザイアは『魔物牧場』という不名誉な名前まであったりする。それでも一応シルメリアはグランディザイア全体の御用商人でもあり、体の一部を貰い受けるのも本人の許可あってのものであるため、強くは言えないのだけれど。

 だからもしかすると、シルメリアみたいに魔物の素材で稼ごうとしているのかも――。


「ひとまず、住処については儂と同居という形にしております。その上で、国内で行動する場合には常に儂が一緒という形ではどうでしょうか?」


「……アンガスに色々仕事任せてるけど、大丈夫?」


「そもそも儂は、引退時期を逃した年寄りですからな。これを機に、むしろ完全に引退してしまっても良いのではないかと」


「ふーん……どうなんだろうなぁ」


「ただ、将来的には流民も受け入れる予定ですからね」


「それなんだよねぇ……」


 正直、不安はある。

 だけれど、完全に人間との関係を断ち切るというわけにもいかないのが現状だ。ジェシカの言う通り、将来的には流民とかも受け入れる予定だし、まず魔物の方から慣らしていくのも良いかもしれない。

 むしろ人間に恐怖を覚えている魔物たちを、友好的な人間を揃える形で。


「分かった。まずは、僕とジェシカで面接をしてもいいかな? 色々、思想とか変な人だったらまずいし」


「承知いたしました。でしたら、孫娘に国境近くまで来るように伝えておきましょう」


「ああ、それじゃ、よろしく」


 将来的に僕が目指しているのは、『魔物と一緒に暮らすことになるけど仕方ない』と思える流民たちの受け入れだ。

 元々いた人間たちが強く反発し、魔物に対して嫌悪感を抱く態度をとっていたのは、彼らが追い込まれていなかったからだと考えている。元は自分たちのものだった土地に、無理やり魔物たちが入ってきて、無理やり仲良くしろと押しつけられる――それは確かに、反発心を抱いて当然だ。

 だから魔物だけで築いたコミュニティに、行き場のない人間を受け入れるという形にすれば、今よりも人間と魔物の溝が大きくならないのではないか、と。

 その試金石として、まずアンガスの孫娘夫婦――それは、良いのかもしれない。本人に言いにくいことであっても、アンガスを通じて注意とかできるし。


「それでは、孫娘に文を出してまいります」


「ああ」


 アンガスがそう一礼して去ると共に。

 いい人たちだったらいいなぁ、と僕はまだ見ぬアンガスの孫娘夫婦に、期待を抱いていた。













「よろしくお願いします!」


「よろしくですー」


「んばー」


 やってきたのは、若い夫婦と幼い子供の三人だった。

 孫娘とは言っていたけれど、アンガスには全く似ていない美人の娘さんだった。ちなみに「アンガスの孫娘が来るよ」とハル兄さんに言ったら食いついたけれど、既婚者だと告げた途端に掌を返したのは余談である。


「ドラゴンの翼の動きとか、ミノタウロスの筋肉とか、是非絵に描かせてもらってもいいですか!? あ、俺絵描きをしておりまして!」


「私も絵描きでしてー。色々な魔物を描きたいと思ってきました-」


「だー」


 特に害意はないということで、国民として認めることにし。

 その後、パピーから「あやつらいつまでも我の姿を描き続けるのだが!?」と謎のクレームが入った以外には、極めて平和的に国民が増えることとなった。

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