第11話 兄レイ・ホワイトフィールド
グランディザイア大王国イーストフィールド領領主。
それが現在、国王であるノア・ホワイトフィールドの兄――レイ・ホワイトフィールドの役職である。
グランディザイアは九つの領域に分かれている。
センターフィールド。
ノースフィールド。
サウスフィールド。
イーストフィールド。
ウェストフィールド。
ヴォルケーノ。
デザートサンド。
ポイズンスワンプ。
スケルトングレイヴ。
このうち、人間が暮らすに適するのは上記五つだけであり、四つはそれぞれ
そして、
ノア曰く、他に信頼できる人物がいないためだ。グランディザイア内に住んでいる商人、シルメリアにも一応話を持っていったらしいのだが、彼女は商人であるがゆえに断ったのだとか。そのため、このように親族で固めていたりする。
「はぁ……まったく、次から次へと……」
執務机の前で、小さくレイはそう呟く。
元々、レイの役職はドラウコス帝国騎士団の一員でしかなかった。
それを突然ハイドラの関の総司令官を任されたり、出来損ないの弟だとばかり思っていたノアが魔王として君臨していたり、両親と兄は捕らえられて処刑の憂き目に遭っておりと、毎日胃の痛い日々を送っていた。
そんな毎日に比べれば、この領主という仕事は別段、苦というわけではないのだが。
「何か問題があったの?」
レイの呟きに対して、そう返してくるのは妻のマリカだ。
騎士団に所属していた頃、よく通っていた食堂の娘がマリカだったのだ。元々は偶然入っただけの食堂だったけれど、最後の方はマリカ目当てで通っていたと言っていいだろう。
もっとも、そのおかげで結婚するまで至ったわけだから、その努力は実ったと言えるが。
「いや、そういうわけじゃない。またノアから……ノアというよりは、側近か。色々と作物を試すように指示が来たんだよ」
「作物?」
「ああ。元々、ここはドラウコス帝国でも有数の農業地帯だったからな。魔物の労働力で、食料生産の体制を整えていくそうだ」
はぁ、と小さく嘆息して、指示の書かれた紙を放り投げる。
レイが一応ながら領主を務めるイーストフィールド領は、元々ドラウコス帝国でも有数の小麦生産地だった。それこそ、秋になれば黄金の景観が拝められるほどの巨大な小麦畑であり、広大なドラウコス帝国の食糧事情の、およそ半分はこの地で賄っていたと言っていいだろう。
しかしドラウコス帝国からグランディザイアが土地を奪い、その事情は大きく変わった。
元ドラウコス帝国の民に、最初は農業を行わせていた。だが度重なる反抗や魔物の存在に対してのクレーム、中には魔物を背中から襲ったりといった事件が多々発生した。そして、そんな民衆に対してレイの方から注意をすれば、「魔物と共に暮らすことなどできるか!」と逆に怒る始末だった。
それに加えて、「魔王と繋がった悪しき領主め!」と何度言われたことか。本当に、領主に対する侮辱罪というのを作るべきか迷ったほどだ。
しかし現状、そんなレイの悩みのほとんどは解決された。
一体どんな紆余曲折があったのかは分からないけれど、ノアが人間を全てグランディザイアから追い出したのだ。
そのためにグランディザイアの西半分にも及ぶ領土を失い、ウェストフィールド領と名付けていた領土のほとんどがオルヴァンス帝国のものになったと聞いた。そして同時にウェストフィールド領は解体され、現在は元ウェストフィールド領主であった母マリッサは、ノースフィールド領を治める父ノエルの元にいるらしい。
これによって、レイは逆に救われた。
人間を追い出し、魔物だけにすることで、ほとんどの諍いは解消されたのだ。
だが同時に、もう一つ問題は発生した。
「……俺たちに、もっとノウハウがあればな」
「それを言っても、仕方ないことですよ」
「それは、そうだが……」
レイは、元騎士団員である。そして、マリカは元食堂の娘だ。どちらにも、農業の心得はない。
そして、農業について知っている人間は、全部追い出してしまった。そのため、広大な農地を前にして途方に暮れているというのが現状だ。その旨を文で中央――ノアの元に伝えたところ、幾つかの指示が来たのである。
まず魔物は食料を必要としないし、現在グランディザイアに住む人間は僅かに十名だ。その程度の人間の食料ならば、現状の備蓄でどうにかなる。
そのため、まずウェストフィールド領の農業を、一度リセットすることにしたのだ。
領主であるレイと、領民である魔物たちによって、一から農業を学んでいく。実践という形で。
「だが、頑張らねばな……今後は、また人間を国民として増やしていく考えのようだし」
「そうなの?」
「ああ。だが今度は、魔物に理解のある者だけを集める形とするそうだ。以前のように、魔物と共存することを押しつけるわけではなく、共存したいと望む者だけを」
「その方が助かるわね……できれば、若い夫婦とか来てくれないかしら。リリスのお友達が、一人もいないのは寂しいし」
「まぁ……それは確かにな」
レイとマリカの間に産まれた娘――リリスは、今一歳ちょっとだ。
まだ物の道理も分からず、今は走り回って疲れたのか執務室に置いてあるベッドで眠っている。
「だが……リリスからすれば、物心ついた頃には、既に魔物が近くにいるのだな」
「ええ。きっと、リリスは怖がらないでしょうね」
「それこそ、言う通りの存在だな。魔物と共存したいと望む者……むしろ、魔物を当然のように隣人とできる者、か」
まだ幼いリリスの近くには、人間がほとんどいない。その周りにいるのは魔物ばかりだ。
ならば、幼い頃から飼っていた動物であるかのように、魔物に対して恐怖心など抱くはずがあるまい。
「それに、あなた」
「ああ」
「この子の名前は、どうしようかしら?」
「そうだな……初めて、グランディザイアで産まれる子供だからな」
そう、マリカが擦る自分の大きな腹。
その中で確かに脈動する命に、レイは微笑を浮かべた。
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