第10話 アマンダの一時

 人間を(言い方は悪いが)追い出し、魔物ばかりが住む国になったグランディザイアは、驚くほど平和だった。

 まず魔物ばかりである時点で、彼らには食欲も睡眠欲も性欲もない。

 そのため、そもそも争いというものが起きないのだ。唯一彼らに存在するのは戦闘欲のみであり、それは近隣にいる他の魔物と死なない程度の手合わせを行うことで満足していたりする。

 ラミアの女――アマンダは、そんな平和になったグランディザイア王都で、のんびりと巡回をしていた。


「ふー……」


「なんだか、巡回しても何事もないですね」


「そうなんだよねー。逆にヒマだなー」


 アマンダは、ノアの直属の家臣である。

 かなり広いグランディザイア内には、現在万を超える魔物が住んでいる。しかし、その魔物たちの中でも、ノアの直属というのはさほど数がいない。大体がドレイクによって仕分けられた部隊において、その部隊の隊長に従っている身だ。

 基本的に魔物は、魔物使いであるノアによって『隷属の鎖』を嵌められなければ、己の意思を持つことができない。例外として存在するのが、長きに渡って生きてきたドラゴンのパピーと、そもそも創造主であるリルカーラだけだ。


 しかし、他にも例外が存在する。

 それは元々リルカーラに従っていた、リルカーラ遺跡の最下層にいた魔物である。


「でも、私はこうして話ながら巡回できることが嬉しいですよ。周りには、あんまり喋れる魔物っていないので」


「あ、そぉ? あたし、リルカーラ様に意思を貰ったから、こうして喋れてるだけなんだけど」


「私はノア様にいただきました。アマンダという名前も、そのときにいただきました。こう言うのは不敬になるかもしれませんが……ノア様を、父のような存在だと思っています」


「あー、それ言うならあたしも、リルカーラ様はお母さんみたいに感じるなぁ」


 返してきた言葉に、アマンダは笑みを浮かべる。

 隣で、アマンダと一緒に一緒に巡回を行っていた魔物――ニーアもまた、アマンダと同じくふふっ、と口元を緩ませた。


「しかしニーアさんは、私よりも遥か昔に、意思を貰ったのですよね?」


「うん。まぁ、リルカーラ様がゴルドバに討伐されて、自ら封印なされる少し前だから……千年くらい?」


「それほど長く意思を持つと、一体どのような感覚なのでしょうか……私はまだ、二年ほどしか経っていないものですから」


「うーん、別にそんなに変わりないかなぁ。人間だと年をとると弱くなるけど、あたしたちは変わりないし。遺跡の最下層にいた頃も、時々仲間と戦っていれば満足できてたし。だって、あたしたちって死なないじゃん?」


「そうですね」


 ニーアの言葉に、アマンダは頷く。

 基本的に、ノアの配下となった魔物は死なない。それがどういう理由かは分からないけれど、『隷属の鎖』が魔素に変わることを阻んでいるのではないか、とアマンダの近接格闘の師であるドレイクは言っていた。


「死んでも、仲間に回復魔術が使える奴がいたら、また復活するんだよねー。だから、ほんとに死ぬまで殺し合えてたから、割と楽しい日々だったよー」


「……うぅむ。しかしその結果が、レベル90超えですか」


「あたしらからすれば、たった二年しか経ってないのにレベル99っていうのが凄いと思うけどねー」


「はは……」


 ニーアの言葉に、アマンダは苦笑いを返すことしかできない。

 アマンダを含めた幹部――レベル99は、それほど数が多くない。それこそ、両手両足の指があれば数えられる程度だ。ギランカの率いるエリートゴブリン隊はレベル90超えの面々で構成されているけれど、それも敢えてノアが99までいかずに止めたのである。

 レベル99はノアからの信頼の証――そう言われているほどだ。

 最初の実験体となっただけのアマンダだけれど、その結果こうして稀少なレベル99なのだから、何が起こるか分からないものだ。


 そしてニーアをはじめとした、リルカーラ遺跡の最下層にいた者。

 彼らは、誰一人として『魔物融合』を行っていない。ただ千年もの長きにわたり、最下層でお互いに殺し合いを続けてきた結果、レベルが上がっただけのことだ。そのため、アマンダや他の幹部ができるような、他の魔物への変身も不可能である。


「でも、レベル99ってつまんなくない?」


「どういうことですか?」


「だって、アマンダちゃんレベル99なんでしょ? じゃあ、どんなに鍛えてもどんなに敵を殺しても、レベルが上がる余地はもうないってことじゃん。あたしはまだレベル96だから、あと3は伸びしろがあるって自分で思ってるけど」


「はぁ……」


 ニーアの言葉に、アマンダは眉を寄せる。

 確かにレベル99というのは、その時点において最強の自分だと言える。そしてそれと同時に、そこには伸びしろが存在しないのだ。

 これ以上、アマンダが強くなることはない――恐らく、ニーアはそう言いたいのだと思うけれど。


「ですが、残念ですけど私はまだ強くなりますよ」


「そうなの?」


「ええ。私のレベルは確かに99です。しかし、腕はまだまだ未熟だと思っています。同じレベル99でも、ドレイク師匠には勝てませんし。あの方は、現在でも毎日朝早くに修行を行っているんです。少しでも戦闘の勘が鈍らないように、と」


「……でも、スキルも最大値でしょ? じゃあ、伸びることないじゃん」


「いえ、違います」


 ニーアの言葉に、アマンダは首を振る。


「私が言っているのは、技術です」


「技術?」


「ええ。敵と交戦したときに足運び。敵の隙を突く観察力。継続戦闘にあたっての見極め。連打にあたっての体の運び方――そういった技術は、スキルだけでは身につきません。やはり毎日の反復した修行、それに実戦経験で鍛えられていくものだと思っています」


「……人間の技術かぁ。でも確かにそういうの、魔物じゃ教えてくれないわねー」


「私は、改めて思っています。意思を身につけることができて良かった。ただの魔物のままでは、ただレベルの高さとスキルの高さにだけ甘んじて、ろくに考えもせずに戦うだけの存在だったはずです。ですが、こうして意思を身につけたことで、より自分が強くなれる方法を身につけることができるんです」


「ふぅん……」


 ニーアは、そんなアマンダの言葉に肩をすくめて。


「なんか、あたしも興味湧いてきたかも。ねね、今度ドレイクさん紹介してよ。あたし、まだ会ったことないんだよねぇ」


「分かりました。ですが、師匠の修行は厳しいですよ」


「大丈夫よ。あたしも、もっと強くなれるかもだし」














 ドレイクの元に、ニーアを連れたアマンダが訪れるのは、後日のこと。

 アマンダから先に、「友達を連れていきます!」とは連絡を貰っていたものの。


 その友達が、最強クラスの魔物ベヒーモスだとは聞いていないままで。

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