第9話 アリサとの一時

 グランディザイアは、その在り方を劇的に変えた。

 まず、ハイドラの関より以西をオルヴァンス王国に譲り渡し、流民を全て受け入れるだけの受け皿を作った。

 そして元ドラウコス帝国民であるとはいえ、ドラウコス帝国自体は最早風前の灯だ。その程度の噂は国民にも届いていたらしく、ほとんど帝国側への流民はいなかった。

 加えてシルメリアに頼んで情報操作をしてもらい、オルヴァンス王国側に亡命した方が待遇がいい、という噂を流してもらっているのもあり、流民の九割はオルヴァンス王国が受け入れたと言っていいだろう。


 そしてグランディザイアは国境に魔物の衛兵を置き、砦を建て、国内への人間の不当な侵入の一切を禁じた。

 勿論、理由があって通過しようとしている者は、事前に申請さえ行えば通過できる形となっている。しかしその場合、漏れなく魔物の監視役が一緒に国内を歩くことになるため、この申請はほとんど出されていない。

 結果、人間の姿はグランディザイアから消え。

 代わりに、魔物がのびのびと暮らせる国になった。


「ふー……とりあえず、第一歩かな」


 宮廷から見下ろす景色に、僕は小さく溜息を吐く。

 現在グランディザイア自体は、その国土を半分以下まで縮小している。さすがに、ハイドラの関より以西という、グランディザイアの大半をオルヴァンス王国に譲渡したのだ。この現状も致し方ないことだろう。

 グランディザイアで暮らしている人間――それが、僕とを含めて僅かに十名だけ、という国の在り方である。

 ちなみに内訳は、僕、ジェシカ、父さん、母さん、ハル兄さん、レイ兄さん、レイ兄さんの奥さんのマリカさん、レイ兄さんの娘のリリスちゃん、シルメリア、シルメリアの紹介のおじさん、である。

 ハル兄さんはまだ独身であるらしく、先日「どっかにいい子いないか? エルフの女の子とか紹介してくれない?」とか宣っていた。

 そのうち、紹介してやらなきゃなぁ、とは思っている。


「おや……ノア殿? 何を黄昏れているのだ?」


「ん……ああ、アリサ?」


 窓から城下町を見下ろしていた僕に、そう話しかけてきたのはエルフのアリサだった。

 ちなみに、ほとんどのエルフは『魔の森』にある集落に住んでいる。そして『魔の森』については、フェリアナ女王の方からオルヴァンス王国民に対して、絶対に干渉しないように禁止令を出した。そのため、奥に入ろうとする者もほとんどいないのだとか。

 そして、ごく僅かな禁止令に逆らう連中については、『魔の森』内に常駐している防衛軍――飛ぶことのできる魔物だけで構成された『飛行隊』が常に目を見張らしており、不法侵入者を発見した場合、問答無用で殺していいと許可している。

 今まで僕が聞いた限り、『飛行隊』が処分した相手は十七名であり、その全てが冒険者だったそうだ。


「そういえば、リュート殿がノア殿に感謝していたぞ。何名かのオーガーを、集落の方に派遣してくれたらしいな」


「ああ、リュートさんが幾つか家を建てたいから、力仕事のできる要員が欲しいって言ってたんだよね。僕が行こうかと思ったんだけど、ドレイクに反対された」


「さすがに、ノア殿自身に来られてしまったら、リュート殿も驚く。ドレイク殿の英断に感謝だな」


「僕もそろそろ、外に出たい気持ちはあるんだけどねぇ……」


 正直、僕の毎日ってほとんど執務室なのだ。

 たまに、前にミロと一緒に開墾の視察に向かったときみたいに、外出することはある。だけど、基本的には執務室に上がってくる報告書に目を通して、報告を聞いて、適宜指示をするのが仕事だ。

 こうして窓から外を眺めていると、よりその気持ちが高まってくる。


「しかし、最初とは随分変わったものだ」


「うん?」


「ノア殿は、最初から言っていただろう? 旅を続けていたから、ゆっくりしたかった、と。だからエルフの集落でのんびり過ごすはずが、何故か今、こうして王として忙殺されている」


「まぁ……うん、そうだね」


 何がどうしてこうなったんだろう、とは思わないでもない。

 そもそもドレイクが「国を作る」とか言い出して、僕がそれを受け入れて、今まで邁進してきた結果だ。

 今となっては魔王リルカーラの協力もあり、完全にここは魔物の国と化している。


「ただ、もうすぐのんびりできる気がするんだよね」


「そうなのか?」


「うん。今まで、人間と共存するように強制していたから、色々不具合が起こって混乱が起こって、そのたびに何かしらてこ入れする形にしていたんだけど……今はもう、魔物ばかりだからね。国境付近以外は、平和な感じだから」


「そうか……それならば、良かった」


 人間を――言い方は悪いけど――追い出してから、グランディザイアは極めて平和なのだ。魔物同士は意思の疎通もできるし、根底で繋がっている部分もあるから、ほとんど諍いなんて起きない。

 そしてジェシカやドレイクと話しながら、今後人間を受け入れていく形にするにしても、まず居住区域は別の方がいいだろうと考えて、そのあたりの整備もしているのだ。先日ミロと一緒に見に行った開墾は、今後国民が増えた場合の居住区域でもある。

 今はまだ焦らず、急がず、代を重ねるごとに魔物と人間の距離が近くなっていく――そういう形にした方がいいだろう、というリルカーラからの言葉もあった。


 ――と、そこで思い出す。


「そういえば、アリサ」


「うん?」


「ええと……エルフの集落にさ、若い女の子っていない?」


「え……」


 僕は一応、ジェシカと結婚する予定になっている。

 だけれど、ジェシカは一応オルヴァンス王国の王女であり、僕はグランディザイアの国王だ。つまり、王族同士の結婚ということになるため、結婚しましょうはい結婚、というわけにはいかないのである。

 結婚式も豪勢なものにしなければならないし、周辺諸国に対しての流布も必要となる。そのため、今は準備段階なのだ。

 しかしここで問題なのが、長兄ハル・ホワイトフィールドが未だ独身ということである。


 レイ兄さんは既に結婚して、娘もいる。

 そこで僕まで続いて結婚してしまっては、ハル兄さんの面目が丸つぶれなのだ。かといって今後、グランディザイアに人間が住む予定も今のところないし、頼れるのはエルフくらいのものである。

 さすがに、ハル兄さんに魔物を嫁に貰ってくれとは言えないし。


「う、うん……? 若い女子、か……?」


「うん。出来れば、僕と年が変わらないくらいがいいんだけど……エルフで言うと二十歳前後って、まだ子供だよね?」


「そ、そうだな……エルフが成人と見做されるのは、百を越えた者だが……」


「まぁ、見た目が若ければ大丈夫かな。アリサと同じくらいの年の女の子っている?」


「……い、いや」


 うん?

 どうしたんだろう。なんか、アリサがちょっと赤くなってる。


「その……集落にいるのは、子供ばかりだ。私と同じくらいというのは……」


「あー……そっかぁ。そういえば確かに、戦士はアリサしかいないって言ってたもんね」


「だ、だから、その……お、女を求めるなら、わ、私くらいしか……」


「え? アリサいいの?」


 僕の兄さんに紹介する相手なんだけど、アリサは確かに美人だし、包容力のあるお姉さんという感じだ。

 正直、仲の良いアリサを兄さんに紹介するのは忌避感があるけれど、他にエルフの若い女性がいないとなれば仕方ない。さすがに、子供を紹介するわけにいかないし。

 ごくり、とアリサは唾を飲み込んで、頬を染めて、もじもじと手を動かしていた。


「そ、その……不束者だが……」


「ありがとう、アリサ。助かるよ。ハル兄さんに紹介する相手がいなくて、困っててさぁ」


「……え?」


「え?」


「……ハル殿に?」


「うん」


「~~~~~~~~~っ!!」


「えっ!? ちょ!? アリサ!? いきなりどうしたの!? ちょ、痛いんだけど!?」


 殴られた。

 僕が何をしたって言うのさ。

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