第8話 ミロと過ごす穏やかな時間
「つーこたぁ、ご主人とジェシカの嬢ちゃんがつがいになるってことか?」
「……つがいってお前。その言い方はなぁ」
グランディザイアの都市部から、やや離れた平原。
そこで僕は、ミロと共に過ごしていた。
当然ながら、ミロはいつも通りのミノタウロスの姿だ。別段、ミロが人間化することに何のメリットもないということで、基本的にはミノタウロスの状態である。そして一応ながらミロはメスであるため、変に人間化していない方が僕も話しやすかったりする。
ちなみに、今僕たちが何をしているのかというと、開墾の状態を見ているのだ。
魔物たちがクワを持って、それぞれに土をならしているのを、僕の父であるノエル・ホワイトフィールドが先導して指揮している状態だ。ちなみに父さんは元々侯爵家に仕えており、領地に対する農業の指示を行っていた経緯があったらしいので、任せている状態だ。僕、農業関連とか全然分からないしね。
そして、一応グランディザイア領内ではあるといえ、外に出る場合は護衛を、とドレイクに言われているため、ミロを伴っているわけだ。
「まぁ、ご主人につがいができんのは、俺様もめでてぇな」
「……僕としては、苦渋の決断だったんだけどね」
「ん? なんだご主人、ジェシカの嬢ちゃんが気に入らねぇのか?」
「気に入らない、ってわけじゃないけどさ」
気に入る気に入らないとか、そういう問題じゃない。
というか僕、今まで特に浮いた話とかもなかったしさ。家を出てからずっと一人で冒険していたし、その道中にも特に何もなかった。冒険の中で女性と出会って守ったりした結果結ばれる、なんて話は物語の中だけだよ。
一人で冒険なんて、毎日どうにか安全に寝る場所を探して、必死になって魔物を倒して、街に入ることもできないから農村とかで保存食を仕入れる日々だ。こうして落ち着くことができたのも、エルフの集落に受け入れてもらってからだし。
まぁ、そんなわけで、平たく言うと。
僕は今まで、恋というものをしたことがないのだ。
「というか、魔物にもつがいってあるのか?」
「あん? そりゃあるに決まってんだろ。種によるけどよ」
「マジか。ミノタウロスも?」
「俺様にはねぇけどな。群れを作る魔物なんかは、割と多いぜ。ゴブリンとかオーガーとか、そういう連中だな」
「あー……なるほど」
そういえば確かに、僕が仲間にする前から名前があった魔物って、大体群れで行動する魔物ばかりだ。
ギランカもチャッピーもバウも、本来ゴブリン、オーガー、ワイルドドッグ――このあたりの魔物は、群れで行動する。その中には、つがいという認識もあるのかもしれない。
「つーか、エリートゴブリン隊あんだろ」
「うん」
「あの副官とギランカ、つがいだぜ」
「マジで!?」
「そりゃそうだろ。あいつらにとって、部隊ってのは群れだ。んで、群れを統率するのはリーダーとそのつがいだぜ」
「うわぁ、知らなかった……」
僕は頭を抱える。
そういえばエリートゴブリン隊を選出するときに、ギランカが副官だけは決定していた覚えがある。あれは最初から、ゴブリンの群れとしてのつがいだったのか。
部下が僕より先に結婚している、という事実に少しへこむ。
「じゃあ……ゴブリンは子供を増やして増えるってこと? リルカーラが生み出すんじゃなくて」
「あー……そこまで知らねぇな」
「うーん……今度、ギランカに聞いてみるか。いやぁ、魔物使いだってのに、魔物について知らないこと多いなぁ」
はぁ、と小さく溜息を吐いて、目の前で行われている開墾作業を見る。
この辺りは平原で、近くに川が流れているから、畑を作るのに適していると父さんは言っていた。だけれど、何故か今まで平原として放置されていたのだ。
その理由を確認すると、簡単なこと。今まで、この平原は魔物が溢れていたらしい。
適宜冒険者が倒していたらしいけれど、それでも間に合わないくらいに魔物がどんどん増えていったらしく、そのせいで今まで開墾できなかったのだとか。
ちなみにリルカーラ曰く、このあたりに魔物を生み出せる場所があり、そこにリルカーラが魔力を流すことで魔物を生じさせることができていたのだとか。
で、今は魔物を恐れる必要もないため、こうして畑を作っている。
「つか、こんな風に畑とか作って、これからどうすんだ?」
「どうするって?」
「いや……俺様たちは、メシなんていらねぇだろ。んで、人間はこの国からほとんど追い出すんだろ。んじゃ、メシなんざ作っても意味ねぇだろ」
ミロにしては珍しく、鋭いことを言ってくる。
まぁ確かに、ミロの言う通りではあるのだ。魔物は食事を必要としないし、領地の大半をオルヴァンス王国に譲ると共に、国民もほぼ全員をオルヴァンス王国に引き取ってもらう形だ。つまり、人間はほとんど国民として存在しなくなる。
だから食料の生産を行うよりも、もっとやるべきことはあるだろうが――。
「まぁ、生産体制を作っておくに越したことはないってことだよ」
「どういうこった?」
「僕は今まで、焦りすぎていたんだ。元々ドラウコス帝国民だった連中を、無理やり魔物と一緒に暮らすように強要して、人間に対しても魔物に対しても我慢を強いていたと思う」
「まぁ、そうだな。正直、俺様も何回か不満を聞いたわ」
「だから今後受け入れる国民は、それでも暮らしたいと思う人だけってことにした。国民になるのなら、ある程度の土地を与えるし、住む場所も与える。ただし魔物が近くにいるけれど、決して争わないこと――まぁ、そんな感じで」
これは一応、ジェシカと話し合ったことだ。
完全に人間を遮断するのではなく、人間の中にも魔物に対して忌避を抱かない者がいるのならば受け入れるべきだ、と。
ただしその場合、グランディザイアの法に従ってもらうことになるため、魔物に対して害を為した場合は罰を与えることになる。そのあたりを説いて、それでも暮らしたいと思う者だけは受け入れる形だ。
もっとも、中にはシルメリアのように魔物の素材を求める者もいるかもしれないから、受け入れるにあたっては厳正な審査を挟むけれど。
「ふぅん……まぁ、俺様にはよく分かんねぇな」
「大丈夫。僕もよく分かってないから」
「王様がそれでいいのかよ」
「良くないよねぇ」
大きく、溜息を吐く。
今後、グランディザイアがどう変わっていくか――それを指揮するのは、僕だ。
だけれど。
「一つだけ、約束はするよ」
「ああ」
「僕の国では、人間も魔物も、平等だ。それだけは、絶対に」
今まで僕は、魔物に不平等を強いていた。
だから、もう一度やり直すにあたって、僕は誓う。
魔物にも人間にも平等な、そんな国を作る――それが僕の理想とする、『魔物と人間の共存』だ。
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