第13話 オルヴァンス王国の国境

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「あ、あねさん、だ、だいじょうぶ……?」


「これが、叫ばずにいられるかよぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 グランディザイアから、僅かに離れた場所。

 そこは、オルヴァンス王国と他国――ミズーリ湖岸王国との国境である。ミズーリは別段、オルヴァンスと敵対しているというわけではないが、決して友好関係というわけではない。

 かつてはドラウコス帝国という一つの強大な敵に対して、不可侵のような条約こそ結んでいた。しかし、その条約がそろそろ期限となるというのに、未だにオルヴァンス王国にミズーリから使者の来訪はない。

 そこで、オルヴァンス王国女王フェリアナは、この機に乗じてオルヴァンスに攻め込もうとしている――その気配を感じ取った。


 ゆえに、その国境――ミズーリ湖岸王国とオルヴァンス王国の境に存在する関所に集められたのは、グランディザイア所属の魔物軍だった。


「ああ、ようやく戦争だ……ようやく戦いだ……!」


「あ、あねさん、げんき。おでも、がんばる……」


「ああ、チャッピー。俺様の弟分として、きりきり戦うんだぜ!」


「う、うん!」


 そこに派遣されたのは、ミロ率いる『獣人隊』ならびにチャッピー率いる『親衛隊』だ。

 本来、『親衛隊』はグランディザイアの魔王であるノアが率いるべき部隊だが、今回の戦争においてノアは出陣する予定がない。しかし他の部隊はそれぞれに仕事があるということで、今回の戦において『親衛隊』を率いるのはチャッピーになったのだ。

 ぐっへっへ、とミロが笑みを浮かべながら、関所の監視所から広大な平原を眺める。


「あ、あねさん、てき、は……?」


「おう、まだ来てねぇな。まぁ、来たら俺様の『獣人隊』が蹂躙してやるから、お前らは眺めておくだけでいいぜ」


「う、うん……」


「しかし、嬢ちゃん様々だなこりゃ! いい条件を持ってきてくれたもんだ!」


 ミロがそう、嬉しそうに叫ぶ。

 それは、グランディザイア大使としてジェシカがオルヴァンス王国を訪れたとき、全権を委任されていたジェシカが頷いた、オルヴァンス王国から出された条件。

 グランディザイアの魔物軍を、オルヴァンス王国の対外的な侵略における傭兵として雇いたい、ということだった。


 現状、グランディザイアは国の形を大きく変えようとしている。

 それは、まず人間を追い出し、魔物だけの楽園とする。そして、魔物だけの楽園でも食料品や生活必需品の生産を行い、それが余剰在庫として存在するようにする。

 そうすれば自然と、食うに困った流民たちが溢れるという形だ。それも、無理やりに征服した相手というわけではなく、本当に困窮した民が。

 そんな困窮した民に対して、庇護を与える――それにより、魔物と人間の共存を形にしていく、という形だ。


 しかし、これには遥かに長い時間がかかる。

 今までの人類の歴史において、魔物とは絶対的な悪であり絶対的な敵だったのだ。そんな認識をすぐに変えることはできないだろうし、少なくとも世代を跨ぐ必要があるだろう。そして、魔物だけの楽園という形にするのであれば、グランディザイアはこれ以上の領地が必要ないのだ。

 つまり、侵略をすることなく、防衛にだけ徹することができる。そうなれば、自然とグランディザイアの魔物軍は余剰の兵力となるのだ。

 それを借り受けたい――フェリアナからの条件は、ひとまずそういう形で筋が通っている。


「あ、あねさん。てき、きたら、おで、どうする?」


「お前はこの関所を守ってりゃいいんだよ。俺様が先頭で暴れて、人間なんざ皆殺しにしてやらぁ!」


「あ、あねさん、すごい」


「そう褒めないでください、チャッピーさん。調子に乗りますので」


 チャッピーの純粋な賞賛を、遮るのは高い声。

 くいっ、と眼鏡の縁を上げながら鋭い眼差しでミロを見る、女型の魔物だ。


「おう、ユーリ」


「隊長、ひとまず翼人たちに高度から見回らせましたが、敵軍は今のところ見えません。人間の行軍速度を考えると、少なくとも二日は敵襲がないと考えて問題ないでしょう」


「んだよ、つまんねぇな」


「そもそも、わたしたちに与えられた命令は『専守防衛』です。関所に待機し、国土へ侵入してくる敵がいた場合は防衛を行うようにとの指示です」


「あー、分ぁってるよ」


 めんどくせぇな、とぼやくミロ。

 そんなミロに対して厳しく言ってくるのは、ミロの副官でもあるユーリ――ワーウルフだ。基本的な造形は人間の女性と変わらず、違うのはその頭に生えた二つの耳と、腰に生えたふさふさの尻尾だろう。

 ちなみにこれは半獣形態であり、ミロたちと同じくレベル90超えの彼女は、勿論|人変化(メタモルヒューマン)が可能だ。そして、ワーウルフの特性上、いつでも本気を出せば全獣形態に変身できるのが特徴でもある。


「そもそも、わたしとしては今回、このように出陣する件は反対したのですがね」


「反対? なんでだよ。ようやく戦えるってぇのによ」


「グランディザイアがオルヴァンスの奴隷のように扱われていることに、多少の不満があるのですよ」


 はぁ、と小さく溜息を吐くユーリ。

 ちなみにユーリは元々、魔王リルカーラに仕えていた魔物でもある。ゆえに、忠誠を誓う相手はリルカーラであり、ノアに対しての忠誠は主君の主君という形である。それもあって、ミロたちのように盲目的に従うのではなく、少なくない冷静さをもって状況を見極める能力に優れるのだ。

 そのため、新参ながらもミロの『獣人隊』副官に抜擢された、やり手の魔物である。

 そんなユーリの呟きに、ミロは僅かに首を傾げた。


「どういうことだ? 俺らが戦うのが、何か問題でもあんのかよ」


「人間同士の戦いというのは、基本的に消耗戦です。両方の国が兵士を何万と用意し、その数が削れていくごとに国の生産力が低下します。そして生産力が低下するということは兵力を維持することが難しくなり、兵士の数が減ります。兵士の数が減ったということは、片方の国が有利になり、戦いに負けます。そういう形で、人間というのは国の大きさを削ることに重みを置いて戦争をしているのです」


「ほう」


「それが、わたしたちの参入により、オルヴァンス王国の兵士は一切消耗しません。少なくない金貨は払われているでしょうが、それでも金貨くらいで済んでいるということです。生産力が維持できる限りは、この金貨も払われ続けるでしょう」


「……」


「そうなれば、オルヴァンス王国は無傷で新たな国を奪うということになります。何の傷も負うことなく国を奪うということは、次の行動へも移りやすくなるということ。つまり今後、オルヴァンス王国による大陸の制圧が行われてもおかしくありません」


「……」


「だから、危惧しているのですよ。下手をすれば、グランディザイア以外の国が全部、オルヴァンス王国に変わっていてもおかしくないな、と……」


 そう、ユーリが大きな溜息と共に、ミロを見ると。

 チャッピーと目を合わせながら、首を傾げていた。


「つまり何だ?」


「お、おで、むずかしいこと、わかんない……」


「……脳筋に期待したわたしが馬鹿でした」


「誰が脳筋だと!?」


 最前線でユーリが抱いた、そんな危惧。

 しかし――それはどこかの女狐の中では、既に確信に変わってる未来であるかもしれない。

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