第14話 二次産業

「グランディザイアで、二次産業を始めようと思います」


「……え、そうなの?」


 グランディザイアが魔物の国になって、一月ほど経った。

 現在、僕とジェシカの結婚については、前向きに話が進んでいる状態である。というのも、グランディザイアとオルヴァンス王国の、言ってみれば王族同士が結婚するという話だ。結婚します、という一言だけでは終わってくれない。

 本来そういった国同士の結びつきは、それぞれの国でしきたりに従って結婚式が行われるらしい。だけれどグランディザイアは新興国家だし、人間の入国を制限している状態だ。だからグランディザイア内で結婚式は行わず、オルヴァンス王国主催のものだけを行う運びとなったのである。勿論、これにかかる費用は全部グランディザイア持ちだ。

 まぁ、金貨ならドラウコス帝国がたんまり貯めていたのがあるから、いくら払っても差し支えはない。

 そのため現在は、結婚式待ちの時間である。ジェシカ曰く、「王族同士の結婚ですから、準備は一年はかけますよ。他国の要人も招待しなければなりませんし」とのことだ。僕には正直、詳しいことは何も分からない。


 まぁ、そんな結婚式待ちの時間ということで。

 僕もグランディザイアが全体的に落ち着いてきた頃合いということで、割と暇を持て余しているところだ。

 そんな折、突然ドレイクがそんなことを言ってきた。


「二次産業って、どういうこと?」


「まず、産業というのは三つに大別されます。それが一次産業、二次産業、三次産業です」


「うん」


「一次産業が、生産になりますね。これは農業などを行い、収穫された作物を売ることによる産業です。現在、グランディザイアではこれしか行われておりません」


「そうだね」


 頷く。

 ドラウコス帝国の広大な農地をそのまま貰い受けた僕たちは、変わらず小麦の生産を主とした生産体制を築いている。

 魔物ばかりの国だから、食料を自給する必要は皆無なんだけど、将来的に流民を受け入れる場合に、食料生産体制は存在した方がいいという話のためだ。

 だけど正直、収穫できる小麦の量を考えると消費しきれるものでもなさそうだし、他国も魔物が作った食糧など買わないだろう。そのため、格安でシルメリアに売ることがもう決まっていたりする。


「二次産業は、一次産業で作られた生産物を、加工して売る産業です。言ってみれば、小麦をパンに変えて売る産業ですね」


「あ、そうなんだ? じゃあ、パンを作るの?」


「いえ、違います。現在、小麦の生産が行われている農地の大半で、綿花を栽培しようと思います」


「……綿花?」


「ええ。これを、綿糸に加工する産業をやっていこうかと。食べない食糧を作り続けるよりは、腐らない綿糸の生産を行う方が良いのではないかと思いまして。これ以上小麦を作っても、あの商人の懐が潤うだけですから」


「……ドレイクってシルメリア嫌いだよねぇ」


「商人という人種は、好きになれません。自分の懐が潤うことしか考えていませんから」


 まぁ実際、ドレイクの言っていることは事実だ。

 シルメリアと書面で交わしている契約では、小麦の買取価格は市場の一割程度である。いくら魔物の国産だから売れないと言われても、阿漕すぎる買取家格だとは僕も思っていた。 だから、生産を食糧ではなく衣料品にシフトするというのは、良い考えなのかもしれない。


「まず現状、グランディザイアは労働力に溢れています」


「うん」


「ですが、大半の魔物は細かい命令を聞くことができません。単純な命令ならば従ってくれますが、自分の意志で行動することができない状態です」


「そうだね」


 これはまぁ、僕のせいといえば僕のせいだ。

 一匹一匹にちゃんと手加減をした一撃を放って、瀕死にして、隷属の首輪をつける――その作業をちゃんと行えば、全員きっちり意思を持ってくれる。

 だけど僕が忙しいのもあったし、手加減が下手なのもあったし、まぁ細かい命令はできないけど簡単な命令なら従ってくれるしいいや、ってなってるのが現状だ。


「ですので、この魔物たちに単純作業をさせたらどうかと、そう考えたのです」


「単純作業……?」


「はい。糸車での綿糸作りです」


「……」


「本来、綿花から綿糸を作る作業というのは、家で行う女性の仕事です。無駄に時間がかかる仕事ということで、家庭を預かる妻が家事の片手間に行うのが主となっているのですが」


 何故だろう。

 すごく聞いたことがある気がする。


「この作業を、魔物にやってもらおうと思いまして」


「ねぇ、それ大丈夫?」


「魔物も色々と種類がいますが、人型の者に主にやってもらおうと思っています。人型の方が、手先を器用に使える者が多いので。ひとまずギランカさんに試しにやってもらったのですが、問題なく糸車は使えました」


「いや、そういう意味じゃないんだけど……」


「糸車の方の手配は、あの商人に頼んであります。あとは、センターフィールドの一角にそのための工場を作ろうと考えています。各自が家で行うよりは、一箇所に集中して行わせた方が生産量の確認も容易ですし」


 ドレイクの淀みない言葉に、僕は何も言えない。

 まぁ、うん。確かに効率的だと思う。綿糸って腐らないし、魔物の国産でも他国に輸出する分には抵抗ないと思う。


「加えて今後、安定して綿糸の供給ができるようになれば、服飾産業の方にも力を入れることができるかもしれません」


「服を作るってこと?」


「はい。今後、グランディザイア内での常識を塗り替えることが理想ではあるのですが……まぁ、それは長い目で見た理想の未来図ですけど」


「うん」


「《人変化メタモルヒューマン》が使える者は、基本的に人の姿でいることを目標としていきたいんです。そうすれば、人間相手の服飾や装飾品の技術が、そのまま使えますから」


「あー、なるほど!」


 確かに、魔物のおしゃれ感覚って僕たちには分からない。

 だから逆に、常に人間の姿でいることに慣れてもらえば、人間の服や装飾品の技術も向上していくだろう。そしてその技術が向上すれば、むしろグランディザイアが今後の大陸でのファッションリーダーになれるかもしれない。

 まぁ、そこまで行くには、さすがに時間が掛かりすぎるだろうけれど。


「うん、いいと思う。進めて」


「承知いたしました。でしたらその一歩としてまず、綿糸の製造を行っていきたいと思います」


「うん」


 夢を見るときりがないけれど、確かに現実的なことから始めていく方がいいだろう。

 間違いなく、食べない食糧を作るよりは良いはずだし――。

 ただ。


「これぞ、魔物による綿糸の工場制手工業マニュファクチュアです」


「ねぇ本当にそれ大丈夫?」

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