第1話 建国にあたって
「間違いなく、情報は流れるでしょう」
僕に与えられた現状に対して、ドレイクは何の躊躇いもなくそう言った。
ちなみに、元々は『拳聖』という職業だったドレイクだが、
まぁ、見た目にはそれほど変わりはないのだけれど。別に腐敗臭とかもしないし。
「どういうことだよ、ドレイク」
「はい。ランディとシェリーを逃がしたことによって、冒険者の間に情報は流れます。少なくとも、ここにエルフの隠れ里があるという事実、それにご主人様が魔物を操るということも」
「……ご主人様って呼ばなくていいよ。ノアでいい」
「では、ノア様と」
すっ、と慇懃に礼をするドレイク。
正直、男にご主人様って呼ばれても気持ち悪いだけだ。ミロやギランカみたいに見た目も完全に魔物ならともかく、ドレイクは見た目は人間だし。しかもイケメンだし。
あ、バウは除く。バウは僕にとっての癒しだからね。
「情報ねぇ……それで、敵が来るってこと?」
「はい。目先の金が欲しい連中が、エルフの奴隷を手に入れようとやってくる可能性は大いにあります。我々はやりませんでしたが、エルフの奴隷というのは高値で売れますので」
「……なんでドレイクたちは、エルフを襲わなかったのさ」
普通に考えれば、妙な話だ。
冒険者は、基本的には金のために動く者のはずだ。莫大な依頼料を貰う代わりに危険な仕事を引き受ける、命を金で売っているようなものだとさえ言われている。
だというのに、莫大な金が手に入るはずのエルフを攫わなかった理由。それが、なんとなく気になった。
「勿論、ランディからはそんな意見も出ました。エルフは貴重ですから、子供や若い女を攫って売ってはどうかと」
「ドレイクは?」
「私は、自分で言うのも烏滸がましいことかと思っておりますが、あの三人の中では最もレベルが高くリーダー的な役割をしていました。ですので、私が反対をすればランディは逆らうことができません。私は、エルフを襲うのではなく、平和的に交渉して情報を得る方が良いと判断しました。エルフとはいえ、奴隷の売買は法の下に禁じられています。我々Sランク冒険者にはそれなりに立場もありますので、エルフを攫うような真似はするべきではないと考えまして」
「なるほど」
ドレイクの良識に救われた、ということか。
もしもドレイクではなく、ランディとシェリーの二人だけでやって来ていた場合、この村が火の海になっていたかもしれない。アリサや子供たちは攫われ、老人たちは皆殺しにされた村を、僕が見ていた可能性だってあるのだ。
そのあたりは、素直にドレイクに感謝しておこう。
「我々が一度の依頼でいただける額は、最高でも金貨三枚といったところです。若い女のエルフならば金貨五十枚、子供ならば少年で金貨二十枚、少女で金貨三十枚といったところでしょう。正直、旨味はそちらの方があります。ですから、今後ランディのような目先の金を求める冒険者はやってくるでしょうな」
「ふーん……まぁ、来ればその都度撃退すればいいか」
「ご主人様……ノア様が、常にこの場にいられるのならば、それで良いと思いますが……矮小なるこの身ではありますが、意見を具申させていただいてもよろしいでしょうか」
「え、あ、うん」
「ここに、国を作ってはいかがでしょうか?」
「は……?」
思わず、ドレイクの言葉に惚けた一文字しか出てこなかった。
国……国?
いや、国ってあれだよね。ドラウコス帝国とかオルヴァンス王国とか、そういう国だよね。
なんで僕が国を作らなきゃいけないのさ。
「この森は、ドラウコス帝国とオルヴァンス王国の国境に存在します。深い森ですし、魔物のレベルも総じて高いために、それほど旨味のある場所ではありません。それゆえに、今までどちらの国も積極的に調査をしなかった、という現状があります。だからこそ、ここにエルフの隠れ里が存在できたのでしょう」
「あ、そうなんだ」
「はい。ですが、エルフの隠れ里がここにあり、ノア様という偉大なる指導者がいる状況となれば、それは話が違います。それぞれの国は、ノア様に対して警戒を抱くことでしょう。そもそもドラゴンの出現という事実が、国を揺るがすものですから。そんなドラゴンを意のままに操るノア様がこの地にいるとなれば、討伐隊が編成されて当然のことです」
「……僕、別に他の国に迷惑をかけるつもりないんだけど」
静かに暮らしたいだけなのに。
何故僕がそこまで、周辺諸国から警戒されなきゃいけないんだよ。ドラゴンを支配下に入れてるからってことは、パピーが悪いのか。
とりあえず後でパピーを殴っておこう。
「おい、我突然背筋に寒いものが走ったのだが」
「パピー、黙れ」
「う、うむ……」
無駄に勘の鋭いパピーである。
「ノア様はそう考えておいででも、他国はそう考えないでしょう。少なくとも帝国と王国からすれば、強大な魔物であるドラゴンを御する謎の少年が現れた、という現実しかありませんからな」
「そこのところ、なんとかできないのか? ドレイクなら皇帝とかにも話ができるんだろ?」
「はい、陛下に謁見を行うことはできます。ですが、私がノア様に倒されたことは、ランディとシェリーが見ている事実です。もしも私がそのように奏上すれば、ノア様によって洗脳を受けたものと思われることは間違いないでしょうね」
「まじかー……」
別に帝国とか王国が怖いわけじゃない。僕の仲間は死なないみたいだし、僕もそう簡単には死なないし。
ただ、無駄にバイオレンスしたくないんだよね。僕はただ静かに暮らしたいだけなんだから。
エルフたちと一緒に農作とかやって、のんびりと余生を過ごすつもりだったんだよ。血生臭い戦争とか嫌なんだよね。
「だからこそ、国を作ることを提案させていただきました」
「それ。なんで僕が国を作ればいいのさ。そのあたりがよく分からないんだけど」
「立場を作るのです。帝国と王国という勢力と、対等に話をすることのできる立場を作り、交渉のテーブルに立つことができるように」
「……ふむ」
なるほど、ドレイクの言いたいことがようやく分かってきた。
国を相手に『僕は平和に暮らしたいから手を出すな』ということを告げるためには、こちらも対等な国になる必要があるということだろう。
簡単に言えば、僕が僕の国を作って、他の国と不可侵の条約を結べばいいということだ。
確かに、それなら僕も静かに暮らすことができそうだ。
「それに、まだ配下に加えていただいて間もない私からしても、ノア様のお力と今のお立場は、釣り合っていないと思いまして」
「は? どういうこと?」
「ご謙遜を。魔王様ともあろうお方が、ただのエルフの村の食客というわけにはいきますまい」
「……………………え?」
いや、待って。
何で僕が魔王さ。僕はただの魔物使いだよ。職業は普通の魔物使いだよ。
決して、そこに魔王の文字なんて――。
「んだな。ご主人がただの居候だなんて、立場に見合わねぇ。お前、なかなかいいこと言うじゃねぇか、新入り」
「うむ。魔王たる我が主は、王として君臨することこそ相応しいものよ」
「ごしゅ、ごしゅじん、えらい。まおうさま、えらい」
「ご主人様は魔王様です! 魔王様かっこいいです! 僕も魔王様を支えるために頑張ります!」
「いやお前ら待って!?」
ちょっと、ちょっと待ってお前ら。
なんで、僕のことをナチュラルに魔王として受け入れてんのさ――!
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