第2話 魔物の国

「国を作るのに必要なのは、三つです。まずは土地。次にその国に住む民。最後に法です」


「いや、まずは僕が魔王なのかどうかってことについて色々訂正させてほしいんだけど」


「ははは。ノア様が魔王様でなければ、誰が魔王であるのですか。そのようにご謙遜をするところもノア様の美徳なのでしょうが、過ぎた謙遜は嫌味に取られます。少なくとも、我々配下の前では魔王として振舞っていただかねば困りますぞ」


「お前って話通じない系なのかよ!」


 もうちょっと常識人だと思ってたのに。

 僕、どうすれば魔王って思われなくなるんだろう。エルフの村の面々は、ちゃんと僕のことを魔物使いって思ってくれているはずなのに。

 最も信頼しなければならない、僕に忠実な配下たちが完全に勘違いしてくれちゃっている。


「あー、小僧」


「なんだよパピー、殴るぞ」


「我は貴様に声をかけるだけで殴られねばならんのか」


 うるさいな、僕は機嫌が悪いんだよ。


「別に魔王と呼ばれても良いではないか」


「よしわかった、殴る」


「まずは殴る前に我の話を聞け。我はまだ何も説明しておらんぞ」


「……」


 確かに、至極真っ当なパピーの言葉である。

 どうせろくなことを言わない、と決めつけないで、ちゃんと配下の言葉に耳を傾けるのも主人としての仕事だろう。

 まぁ、ろくなことを言わなかったらどちらにせよ殴るけど。いいじゃん、死なないみたいだし。《回復ヒール》で治るし。


「貴様がこの地に国を作るとして、だ」


「うん」


「その場合に、その国に住む民は何になる。国というのは、そこに民が住むからこそ成り立つものであろう」


「そりゃ……主に魔物になるのかな。僕の配下ってことになるし」


「うむ。あとは、数少ないエルフの面々といったところだろう」


 だと思う。

 とりあえずエルフの隠れ里は露呈してしまったし、僕が守らねばなるまい。エルフたちも僕の国の一部になってもらい、そこに庇護を与える形で守ればいいだろう。

 だからこそ、僕の作る国の民となるのはエルフと魔物だ。まぁ、エルフは五十人くらいしかいないけど。魔物は一万五千匹もいるのに。


「つまり、貴様は魔物の国の王になるわけだ」


「うん」


「それを人は魔王と呼ぶのではないか?」


「……」


 ……。

 …………。

 ………………。


 まずいどうしよう、何の反論も思い浮かばない。

 確かに魔物の国の王といえば、魔王だ。僕はあくまで職業が魔物使いなだけであって、立場としては完全に魔王になってしまうだろう。他国からすれば、それは間違いない事実だ。

 どう考えても、パピーの言葉は正しい。パピーのくせに。


「どうせ逃れることのできない呼び名であるならば、今のうちに慣れておけ。貴様がどれほど自分が魔王でないと言い張ったところで、貴様の立場がそれを許さぬ」


「……あー、もう」


 なんだか面倒臭くなってきた。

 別に魔王扱いされたからって、これから何が変わるわけでもないし。これからドラウコス帝国とオルヴァンス王国と色々折衝をしていかなければならないわけだから、ハッタリとしては魔王と名乗った方がいいのかもしれない。

 魔王と呼ばれるのも、これから慣れていかなきゃいけないってことか。

 こんなことになるなら、最初から僕に魔王の職業を与えてくれよ転職の書。


「ふんっ!」


「ぶごふぅっ!」


 とりあえず、八つ当たりで殴っておいた。

 理不尽であることは知っている。でも、パピーってそういう役割だしね。


「わ、我、何故……!」


「おいパピー、お前またご主人怒らせたのかよ」


「我は何もしておらぬわ! 当然のことを言っただけだというのに!」


「時には、真実が人を傷つけるという事実もある。気をつけた方が良いぞ、パピー殿」


 とりあえず、吹き飛んだパピーは無事らしい。回復はかけなくても良さそうだ。


 さて、改めて考えを整理してみよう。

 つまり、僕が魔王になるということは、どこかにいる勇者が僕を倒しに来るということだろう。

 この世の中に、何人の勇者がいるのか知らないけれど。今まで会ったことはないけど、割と存在しているのだろうか。


 あれ。

 そこで、ふと気になった。


「なぁ、ドレイク」


「はい、ノア様」


「僕が魔王ってことはさ、僕を倒すために勇者が現れるってことでいいのかな?」


「はい。魔王がこの世界に現れたそのとき、勇者もまたこの世界に生まれます。その勇者は、魔王を倒すという使命を持って旅立つことになるでしょう。いずれはノア様と相対するやもしれません」


「いや……勇者って、何人くらいいるの?」


「ははは。これはご冗談を。勇者は世界に一人と決まっております」


 ……。

 いや、僕がその勇者だったんだけどね。

 世界で一人しかいなかったのか。まじか。僕どんな運を使ってそうなっちゃったんだよ。


「……ってことは、勇者一人につき魔王一人ってこと?」


「私も伝承で聞いたくらいのものですがな。星の巡りにより、魔王と勇者は常に一人ずつしかこの世界に存在しないのだとか。勇者が死んだそのときは、次の勇者が新たに生まれると聞いております」


「……」


 おかしい。

 いや、魔王と勇者が常に一人ずつしかいないとか、そういう理屈についておかしいって思ってるわけじゃない。それだと、生まれたその瞬間から職業が決まってるこの世界をおかしいと思わなきゃいけないし。

 違うんだ。

 僕は間違いなく勇者だった。ドレイク曰く、世界に一人だけしかいない勇者だった。

 つまり、世界のどこかに、僕と対になる魔王が存在しているはずなのだ。


 だけれど、僕は長い旅路――魔王の噂なんて、一度も聞いたことがない。


「なぁ、ドレイク」


「はい、ノア様」


「お前さ……魔王って、どこにいるのか知ってるか?」


「ええ」


 もしも、どこかに魔王がいるのなら。

 彼か彼女か分からない誰かは、憤慨するだろう。自分でない誰かが魔王を名乗っているのだから。

 そうなれば、どうなるか――それは、戦争にすら発展する。

 魔王と魔王の、争いだ。


 ごくりと、唾を飲み込む。

 ドレイクの知っている魔王――それは。


「ここにいるではありませんか」


「……」


 いや、なんとなくそういう答えが返ってきそうな予感はしてたけどさ。

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