第二部 魔物使い建国編
プロローグ
「《
それなりに広い小屋の中で、僕は魔物の一匹と向かい合っていた。
とはいえ、別に敵対しているというわけではない。むしろ、僕の命令に忠実に従う魔物だ。少なくとも、このエルフの森を中心とした森の中に、僕と敵対する魔物など皆無なのだから。
僕の目の前にいる魔物――それは、ゴルゴーンである。
人間の女性を五割くらい背を高くして、長い髪を全部蛇にすればこうなるだろう、という魔物である。
造形としては美人であることは否めないが、残念ながらどのような美人でも、髪が蛇だとその魅力も半減するというものだ。うねうねと、自分の意思を持っているかのように蠢く髪の蛇は、さすがに気持ち悪い。
そんなゴルゴーンは、生気のない眼差しで僕を見ている。ちなみにこうやって目が合うと石になる、という話も冒険者の間では有名だろうけれど、僕には効かない。あくまで石化の魔眼が効くのは、自分よりもレベルの低いものだけらしい。
「ふーん……」
そんな僕の目の前に浮かぶ、半透明の文字列。
端的にそんなゴルゴーンの情報を示すそれは、今まで何度となくやってきたことだ。もう面倒で嫌になってくるけれど、僕以外の誰にもできないのだから仕方ない。
そのために、わざわざエルフの里にあった集会所を貸してもらったのだから。ちなみに、この集会所の外は長蛇の列である。
名前:なし
職業:ゴルゴーンレベル39
スキル
捕食の蛇レベル39
石化魔眼レベル39
体術レベル30
闇魔術レベル21
魅了レベル13
うん。
僕の仲間の中では、割と強い方である。ちなみに一位はレベル66のパピーで、二位は48のミロだ。バウはかなりレベルアップしたけれど、まだ最下位である。
パピーに従っている魔物の中に、さすがにパピーを超える者はいない。というか、パピーよりも強いくせに従うわけがないだろう。
全体的に、レベルは30から40の間くらいで推移している印象だ。
「よし、それじゃそこで膝をついて」
「……」
ゴルゴーンは無言で、僕の言葉に従って膝をつく。
何も喋らない姿は、パピーの言うところの『物』であることを再認識させるものだ。僕と言葉を交わす、という考えがそもそも存在しないのだろう。
魔物はただ『人間を殺す』という魔王の命令に従っているだけの人形に過ぎない――パピーはそう言っていたが、確かにその通りなのだろう。無駄にパピーやミロが人間臭すぎるせいで忘れがちだが、本来魔物というのは人間と決して相容れぬものなのだから。
「さて」
「……」
「僕に従え」
そして僕は、そんな風に膝をついたゴルゴーンに対して。
中指を親指で押さえて、反動をつけながら額へ向けて射出する――いわゆる、『デコピン』をお見舞いする。
ぱぁんっ、とデコピンにあるまじき音を立てて僕の指が弾かれ、それと共にゴルゴーンが仰け反る。高い体術のレベルは、デコピンですら致命傷となり得るものなのだ。
ゴルゴーンはゆっくりと倒れ。
そのまま――その首に鈍く光る首輪をつけたまま、起き上がった。
先程まで存在しなかった、感情をその目に浮かべて。
「ありがとうございます、ご主人様」
「うん。これから能く従ってくれ」
「忠誠を誓いますわ、ご主人様。つきましては……」
「ああ、名前を与えるよ」
このやり取りも、もう何度目になるだろう。
僕がこの離れの集会所を借りている理由が、これだ。僕が一匹ずつ瀕死にさせて、目の前で忠誠を誓わせる儀式のようなものである。
何故か隷属の鎖が縛られると、感情と言語と人間性を得るのが不思議だ。それもそれぞれ、性格など色々違いながらである。
「お前の名前はアナンダだ」
「ありがたき幸せですわ、ご主人様。このアナンダ、粉骨砕身頑張ります」
「ああ、うん。とりあえず無理はしなくていいよ。後のことは外にいるギランカに聞いて」
「はい、承知いたしました」
僕に背を向けて、ゴルゴーン――アナンダが小屋から出て行く。
そしてアナンダが出て行くと共に、次の魔物が入ってくるのがここ最近、僕が毎日やっていることだ。さすがに集中力が保たないから、それほど長い時間はやっていないのだけれど。
まず僕は、僕に従うという一万五千の魔物達を、自分の直轄下に置くことにした。
別に、パピーが僕に逆らうとか考えているわけじゃない。あくまで、直轄の部下にすることで、知性と人間性を与えるだけのことだ。何の命令もしなければただ立っているだけの人形でなく、ちゃんと自分の考えで動くことのできる仲間を増やす方が良策だと考えたのである。
もっとも、最初の数匹ほどは力加減を誤って殺してしまったのだけれど。
それ以来、まず《
「ふぅ……あと何匹いるんだろ」
「ご主人、まだ千匹くれぇだぜ。一万五千にゃちと遠いな」
「マジかよ……もう僕、休みたいんだけど」
魔力はまだ残っている。《
だけれど、精神的に来るものがある。いつまで経っても延々終わらない罰ゲームみたいな、そんな印象だ。
「仕方ねぇだろ、ご主人」
「でもさ……」
「大体、言い出したのはご主人だろうが。これがエルフの里を守る方法なんだー、とかよ」
「まぁ……そりゃ、そうなんだけど」
Sランク冒険者、ランディとシェリーの二人には逃げられた。
ドレイクは何故か仲間になったけれど、二人に逃げられたことには変わりないのだ。そして国からの緊急クエストを受ける冒険者だということは、国に対して奏上する権利も有しているものと考えられる。
ならば、間違いなく告げるだろう。このエルフの隠れ里の存在と、ドラゴンを従える僕という存在を。
だからこそ、決めたのだ。
第二の故郷と決めた、このエルフの隠れ里を守るために。
「ま、俺らにゃ代われねぇからよ。ご主人が気合入れてやんな」
「うるさいな、ミロに言われなくても分かってるよ」
「そりゃ結構。ま、俺も経験があるわけじゃねぇけどさ」
ぎゃはは、と何故か小屋の中で一緒にいるミロが笑う。
ちなみにこうして一緒にいるのは、ミロにも一応仲間の質について査定してもらうためだ。レベルが高いのは即ち強さの基準ではあるけれど、そこにも少なからずピンキリがある。
レベルの低い強い魔物と、レベルの高い弱い魔物では、前者の方が強い場合もあるのだ。そういった助言をしてもらうために、ミロにここにいてもらっているのである。知識という面ではパピーでも良かったのだが、パピーはそもそもサイズ的にこの小屋の中に入らなかった。
だが、とにかく今は地盤固めだ。
自分で考えることのできる仲間を増やし、仲間たちと共に歩む。
それが、僕のこれからやるべきことなのだ。
この、故郷を守るために。
「国を作る、ってぇんだから、そりゃ必死にやらなきゃだろ」
「まぁ、ね」
魔物とエルフが共存する国を作る。
それが僕なりに考えた、この地を守る唯一の方法なのだから。
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