第20話 壁を作ろう
「この調子だと、割とすぐに終わりそうだね」
「苦労するのは余だけだ。まったく……魔王使いの荒い主よの」
「それはまぁ、申し訳ないと思っているよ」
ぼやくリルカーラに対して、僕は肩をすくめながらそう答える。
グランディザイアの国境に壁を築く――そう決まってから、僕はすぐにリルカーラへと伝えた。
僕は一応、周辺諸国から魔王と認定されているし、それを積極的に否定もしていない。そもそも僕の国は魔物ばかりであるし、そんな魔物ばかりの国の王様という立場であるわけだから、魔王といって差し支えないと考えている。
だけれど、僕の職業は未だに『魔物使い』なのだ。そして職業『魔王』である者は、僕の陣営にたった一人――リルカーラしかいない。
「僕だと、瀕死にさせた魔物を支配下に置くことはできるんだけどね……魔物を生み出すことはできないんだよ」
「余とて、無尽蔵に生み出せるというわけではないわ」
ふん、と鼻息荒くそう言ってくるリルカーラ。
僕が『魔物使い』として持っているスキルは、『魔物捕獲』だ。現在、未だにレベルは49のままであり、スキル『魔物捕獲』も同じくレベル49である。これは一応、瀕死にした魔物を『隷属の鎖』で縛り、僕の支配下に置くというスキルだ。
比較して、リルカーラが『魔王』として持っているスキルは、『魔物作成』である。
僕も詳しい条件などは聞いていないけれど、文字通り魔物を作るスキルだ。そして作った魔物は自分の支配下に置かれるということもあり、純粋に僕の上位互換となるスキルだと言っていいだろう。
ちなみにリルカーラが作った魔物はリルカーラの支配下だが、同時にリルカーラは僕の支配下にあるため、僕の命令にも従ってくれる。まぁ、僕が王様でリルカーラが騎士団長で魔物たちが騎士みたいなものだ。
「しかし、驚いたわ。まさか、魔物で壁を作るとはな」
リルカーラが右手を掲げると共に、大地から岩の塊が生まれる。
それは四肢をゆっくりと動かしながら立ち上がり、人型をとった。大きさでいうと、僕の三倍ほどもある大きさ――ストーンゴーレムである。
ストーンゴーレムはずしん、ずしん、と足音を響かせながら動き、別のストーンゴーレムがいる隣へと並ぶ。そして、そこで停止した。
これがまぁ、僕の見える位置だけで既に百体以上並んでいるのだから、壮観である。
「ドレイクとなんとなく話してたら、これで出来るんじゃないかってさ」
「……物言わぬストーンゴーレムは、確かに適役よの。こやつらは、命令せねば動かぬからな」
「あー、確かにロボも動かないね」
「ロボ? ああ、そういえばガーディアンゴーレムにそのような名をつけておったな」
リルカーラが、僅かに溜息を吐いた。
「あやつは、余の寝所を千年以上も守り続けた奴だ。まさか、ぬしに支配権を奪われるとは思わなんだ」
「千年以上も? ゴーレムって、そんなに動かないんだ?」
「先も言うた通り、ゴーレムは命令がなければ動かぬ。あやつに告げたのは、余の寝所に近付く輩がいれば撃破せよ、という命令だけだ。同じく、ここに並べているストーンゴーレムに対しても、同じ命令を施しておる。近付く者がいれば撃破せよ、と」
「……聞いといて良かった」
何だよその物騒な壁。
それって、ただ壁に近付いてきただけの善良な相手であっても、撃破しちゃうじゃないか。
「命令は書き換えて。国境を無理やり通ろうとする奴がいれば撃退しろ、くらいで」
「その定義は難しいな。どの程度ならば無理やりか、余には分からぬ。そして、余に分からぬことをゴーレムに理解させることもできぬ」
「うっ……」
「そもそも、ゴーレムに複雑な命令を理解させようという考えが間違うておるのだ。こやつらは、単純な命令にしか従わぬ」
うぅん。
まぁ、確かに知性のある相手なら、『無理やり通ろうとしたら撃退』のニュアンスは分かってくれると思う。だけれど、ゴーレムに理解しろというのは難しいかもしれない。
そう考えると、『近付いた者は撃破』くらいの命令の方がシンプルでいいのだろうか。
「……分かった。それじゃ、シルメリアに頼んで周辺諸国に情報を撒いてもらうよ。グランディザイアの壁に近付いたら死ぬ、って」
「そうしておけ。そもそも、観光客などはゴーレムに近付こうとすら思わぬ。もしゴーレムに近付こうとする輩がいるとするならば、それは功を求める冒険者か、この国に害なそうと考える悪漢であろうよ」
「まぁ……それならいいか」
リルカーラの言う通り、善良な人ならそもそもゴーレムには近付かないか。
僕、周りに魔物が多すぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。
「ノア殿!」
そこで、とてとてっ、と走ってきたアリサが僕の近くにやってきた。
エルフのアリサは、数少ない僕の国に住む魔物でない存在だ。もっとも、その役割はさほど多くなく、割と日々怠惰に過ごしているらしい。
まぁ、ほとんどの仕事は魔物たちがやってくれるのもあるし、ジェシカもドレイクも有能だし。
だけれど、さすがに何もしていないのも申し訳ないとアリサからジェシカに伝えたらしく、そこで仕事を与えられたのだ。
それこそが、今回のプロジェクト――国境に壁を築く、その監督官である。
「お疲れ様、アリサ」
「いや、申し訳ない。まさかノア殿が来ているとは思っておらず、少し遠くまで行っていた」
「ああ、別にいいよ。僕はただ、様子を見に来ただけだから」
アリサがその手に持っているのは、大陸の地図だ。
現状、グランディザイアの国境といえる位置を線で記入している、簡素な地図である。一応、その地図に沿ってゴーレムを配備している状態だ。さすがに、国境を侵害するとなったら他国と揉めることにもなるし。
だけれど、ただ線に沿ってゴーレムを配備すればいいというわけでもない。少なからず地形には起伏があるし、壁を築く意味のない地形というのもある。そのあたりをアリサが現場で確認しつつ、実際に作業するリルカーラへと指示を出す形になっているらしい。
いつもながら、ジェシカもよく考えるものだ。僕だったら、リルカーラに「やっといて」と丸投げしそう。
「様子を? いや、さほど気になさらずとも、問題なく作業は続けているが……」
「ああ、別に疑ってるとかじゃないんだよ。ただ……ちょっと僕がしばらく国を離れるから、その前に様子だけ見ておこうと思っただけでさ」
「離れる?」
アリサが、そう眉を寄せる。
まぁ、離れるとはいっても、正直すぐに終わるとは思う。ただ、もし不都合があって時間が掛かる可能性もあるだろう。
正直、僕がいなくてもジェシカとドレイクがいれば、グランディザイアは上手く機能する気はするけど。自分で言ってて悲しい。
「うん。ちょっと、出かけるんだよ」
「ああ、そうだったのか。オルヴァンス王国かな?」
「いや」
僕は、遙か遠く――ここからは見えない場所へ、目を向ける。
「聖マリン大聖堂にね」
そこは、現在のミュラー教総本山。
そして現在、ミズーリ湖岸王国に占領されている場所だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます