第21話 キングとの旅立ち

「それで、アタシ呼ばれて来ただけなんだけど、どこ行くの?」


「ああ、今から説明するよ」


 空。

 僕は今、パピーの背中に乗って空を飛んでいる。

 大体、僕の移動は全部パピー任せだ。国内だったら魔物ばかりだから、別にパピーで飛んで行っても何の問題もない。グランディザイアは割と大きいから、移動には基本的にパピーを使っている僕である。

 パピーはそんな扱いに対して、「我のことは完全に乗り物だと思っておる……」と不満そうな様子だが、特にパピーに与えている仕事もないから、甘んじて受け入れてくれている状態だ。

 しかし、そんなパピーの背に乗っているのが僕の他にもう一人。

 唇の分厚いオネエこと、キングである。


「今から、聖マリン大聖堂に向かう予定だ」


「聖マリン大聖堂っていうと、ミュラー教の新しい本拠地よね。何かあったの?」


「ああ。まぁ、色々ね」


 僕一人で行く予定ではあったんだけど、ジェシカから「一応、誰か供を連れて行ってください」と言われてしまったのだ。僕は王様という立場だから、一人で行動しちゃいけないらしい。パピーいるんだけどな。

 しかし、残念ながら僕の仲間で、暇そうな奴というのがあまりいない。

 ミロとギランカ、チャッピーにバウは今、オルヴァンス王国へ傭兵として派遣している状態だ。ドレイクは二次産業を進めるために色々仕事をしているし、ジェシカは全体の取りまとめ役として必要な人材である。リルカーラは国境にゴーレムを作っているし、アリサはその補佐という形だ。アンガスは特に仕事を与えていないが、今彼の孫娘夫婦がグランディザイアに移住してきたばかりということもあり、あまり長く離れられないという。主に子守をしているそうだ。

 で、そんな僕たちの陣営の中で、最も暇そうにしていた奴。

 それが、キングだった。

 何せ正体がキングハイドラ――巨大すぎる体を持つキングは、魔物形態だと仕事が与えられないのである。せいぜい、グランディザイアが建国してきたとき、様々な建物を壊すために役に立ってもらったくらいだ。


「ふぅん。じゃ、やっぱり攻められたのかしら?」


「ん……キング、お前知ってたのか?」


「知らないわよ。でも、ちょっと考えたら誰にでも分かると思うわ。元々、ミュラー教の本拠地はドラウコス帝都にあったでしょ。だからミュラー教って、ドラウコス帝国の庇護を受けて、その上で大陸最大の宗教組織だったのよ。それが後ろ盾を失ったんだから」


「……?」


 ちょっと考えても、僕には分からない。

 宗教と国家ってまた別じゃないのかな。ドラウコス帝国ではミュラー教は国教だったけど、だからといってミュラー教が絶対ってわけじゃなかったと思うんだけど。


「まぁ……今、ミズーリ湖岸王国って国に、聖マリン大聖堂は占拠されてるんだよ」


「聞いたことない国ねぇ」


「元々、ドラウコス帝国と親交のあった国さ。っていっても、国としてはそんなに大きくない。グランディザイアの半分もないと思うよ」


 ドラウコス帝国の広大な領地を貰い受けたグランディザイアは、それなりに大きい国だ。

 今は西側の領地をオルヴァンスに任せているから、国の面積としてはドラウコス帝国ほどではないけど、それでも十分な広さを持っている。まぁ、広さの割に住んでいる人間はほとんどゼロに等しいけど。

 大陸中に分散していた魔物たちがグランディザイアに、人間がその周辺に生息域を変えたような感じだ。


「でも、乗り込んでどうするの?」


「マリンを助け出す。とりあえず、保護する感じだね」


「保護って……魔王を自称してるノアちゃんにとって、ミュラー教って敵でしょ? 守護者だったアタシが言うのも何だけど」


「……」


 まぁ、うん。

 ミュラー教は魔王を絶対悪として定めているから、ぶっちゃけ僕の敵だ。僕、今は自他共に認める魔王だし。

 職業の魔王はリルカーラだけど、僕はそんなリルカーラを従えているわけだから。


「確かに……まぁ、そうなんだけど」


「だったら、別に助ける必要なんてないでしょ。さすがに、グランディザイアの中で魔王は絶対悪って説かれたら困るわよ」


「でも、マリンは僕の敵じゃない」


 僕が守護者――ゴルドバを倒し、大教皇を亡き者とした。

 そして死んだ大教皇の代わりに、新たな大教皇の座についたのがマリンだった。マリンは元々、聖ミュラーに対する熱心な信徒であり、ミュラー教のやり方について不満を抱いていた部分もあったらしい。

 神の教えを説き、清廉なる心を民に示すことこそが神官たる者の義務です――マリンは、そう言っていた。


「だからまぁ……聖マリン大聖堂には向かうけど、そんなに長居はしないつもりだよ。暴れるつもりもない。ただ、大教皇のマリンを救い出すだけだ」


「ふぅん……つまんないわねぇ。折角暴れられると思ったのに」


「ちゃんと仕事は用意するよ」


 今回、僕は一応、情報をシルメリアから買っている。

 シルメリアの手駒は聖マリン大聖堂――ミュラー教の総本山にも潜入しているらしく、詳しい話を聞くことができたのだ。

 その、酷く勝手な行動を。

 神殿騎士たちに金を握らせて、大教皇であるマリンを無理やりに従えさせている――その非道を。


「おい小僧、見えてきたぞ。我はどこまで向かえば良いのだ」


「ああ、パピー。あんまり近付くと騒がせるだろうし、もう少し行ったら降りてくれ」


「良かろう」


 遥か遠くに見える、高台の上にある建物。

 そこは本来、グランディザイアの国境から少し離れている空白地帯だ。どこの国にも属していない場所で、一から聖ミュラーの教えを説いていくとマリンもやる気を出していた。

 元々は朽ちていた神殿を、マリンをはじめとした真面目な神官たちによって綺麗に整えて、名前もなかった神殿を『聖マリン大聖堂』と名付けたのも記憶に新しい。僕も、ちょっと掃除は手伝った。

 だから、申し訳ないという気持ちはあるけど――。


「キング」


「ええ」


「お前の仕事は、僕がマリンを助けた後……聖マリン大聖堂を破壊することだ」


 マリンには、悪いと思っている。

 だけれど、これからグランディザイアが安寧を得ていくために、必要なことなんだ。

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