第22話 兄との別離
「ええと……ジェシカ……」
「はい」
「レイ兄さんを……殺すべき、だって?」
「はい。そう言いました」
ジェシカの言葉に、思わずそう返す。
ジェシカには、僕には分からない何かが見えているのだろうか。確かに、僕にはレイ兄さんの目的も、皇帝陛下とやらがあんなにも上から目線の言葉を伝えさせた目的も、何も分からないけど。
でも、いきなり殺せとか、そんな物騒な。
「罪状は幾つかあります。斬首にして然るべき大罪人です」
「そ、それは……」
「一つ、使者として告げた言葉であれ、一国の王に対して『民を全て殺せ』と命じたこと。これは国家元首に対する脅迫罪に相当します」
指を一つ立てて、そう告げるジェシカ。
いや、脅迫というか、脅迫されてるこっちは全く脅されてる感はないのだけれど。
「二つ、他国の者に対して侮蔑するような言葉を投げかけること。これは国交に関する侮辱罪に相当します」
ジェシカが二つ目の指を立てる
オルヴァンスの犬、って言ってたあれのことかな。
確かに、いくら敵対している国同士であるとはいえ、思いっきり侮辱の言葉だもんね。少なくとも、他国で出会った相手に言うべきじゃないとは思う。
「三つ、通達もすることなく騎馬の兵を率いて訪れ、無辜の民を混乱させたこと。これは騒乱罪に相当します」
ジェシカが三つ目の指を立てる。
でも僕の国、無辜の民とかいないよ。
みんな魔物だし、強いて言うならエルフくらいだろうか。
「最後に、ノア様に対して一切の礼儀を無視した態度をとったこと。これは不敬罪に相当します」
ジェシカが最後の指を立てて、そう締めくくった。
それは……まぁ。
一応、肉親ではあるし。今はまだ、僕も王様みたいな感覚ないし。
不敬罪とか、なんか偉そうな国王が告げるような罪状は、僕には似合わないと思うんだけど。
「以上、この場で首を斬り、本国に送り返すのが道理かと」
「……いや、でも、そこまでしなくても」
僕は決して、敵対したいわけじゃないんだよ。
そりゃ、帝国は完全に敵認定してるけど、兄さんは兄さんだしさ。
一応脅しのためにパピー呼んだけど、実際に殺すつもりはなかったし。
そんなパピーは、何故か地面に突っ伏して寝ていた。いつから寝てやがったんだこいつ。使えねぇ。
「ふん……俺を殺すのか、ノア」
「ノア様は今、考えておられる。咎人は口を挟むな」
「殺すのならば、好きにするといい。そこのドラゴンに言えば、すぐだろう……って、寝てないか、アレ」
うん兄さん、寝てるんだアレ。
じゃなくて。
なんだろう、なんだか、違和感を覚えて仕方ない。
兄さんは一応、僕と交渉に来たはずだ。なのに、僕と交渉する気がないように思える。
そもそも、最初から「魔物を皆殺しにしてこの街を明け渡すならば、命だけは助けてやる」っていう要求だったし。
僕の気がもっと短ければ、そして相手が兄さんでなければ、すぐに殺せって命じてもおかしくないよ。
「……」
あれ。
兄さんから何度か、「殺せ」って言われてる気がする。
僕は帰ってくれ、って言ってるのに。まるで――僕に、殺されたいみたいに。
「ノア様」
「ジェシカ、ちょっと待って。ちょっと僕、頭が追いついてなくて」
「拙速は巧遅に勝る、といいます。どれほどの英断であれど、そこに費やす時間が長ければ、それは機を逸したものとなるでしょう」
「ま、待ってってば!」
僕が兄さんを殺さなきゃいけない理由なんて、ないよ。
そりゃ、僕は既に罪人だ。この街を奪ったのは、間違いなく僕と僕の部下たちなんだから。
それに、帝国に対して容赦をするつもりは、毛頭無い。必要なら、僕は帝国の臣民を虐殺することも選択するだろう。ハル兄さん、それに父さんと母さんは、帝国に殺されたんだから。罪もない僕の家族を殺したのだから、然るべき罰は受けてもらうべきだと思う。
これで、僕の国がいかに容赦をしないか、魔物というのがいかに恐ろしいかを帝国に示したつもりだ。
そりゃ、いざとなれば、兄さんを相手にしても容赦はしないつもりだけど。
でも、こんなちょっとしたいざこざで殺すわけには――。
「では、俺は帰らせてもらうぞ。ノア」
「お待ちなさい!」
「俺はノアに言っている。貴様はあくまで外様の人間だろう。俺とノアの間に口を挟む権利があるのか」
「くっ……!」
「ああ、もう!」
もう駄目、頭爆発する。
そりゃ、僕は正直、見知らぬ人間よりも僕の部下たちの命の方が大事だ。帝国に対して容赦をするつもりは、最初から全くないよ。
だけど、だけどさぁ。
レイ兄さんは――僕の、唯一残っている肉親なんだよ。
「兄さん、帰ってくれ! なるべく早く!」
「ああ、そうさせてもらおう」
「以上! 兄さんを殺すとか殺さないとかそういう話は終わりだ!」
「……ノア様」
僅かに、ジェシカが眉を寄せる。
ジェシカがどういう考えなのかは分からないけど、僕は僕の考えのもとに行動するだけだ。
「ああ、そうだ。ノア」
「何だよ!」
「もうすぐ、俺の子が産まれる予定だ。医者の話では、女の子らしい」
「え……」
「産まれて、こちらが落ち着いたら一度だけ、来る。そのときは、抱いてやってくれ」
「……」
「では、な」
兄さんが背を向けて、馬を駆る。
それと共に九人の騎士たちも後を追い、すぐに豆粒のように小さくなった。
なんなんだよ、まったく……。
というか、兄さん子供産まれるんだ。結婚してることすら知らなかったんだけど。僕、一度挨拶に行った方がいいのかな。
「ジェシカ、悪いけど……」
「いえ……ノア様がお優しいことは、わたしも知っています。わたしの方こそ、無茶を言いました」
「……」
「ただ、最後に楔を打っていきましたね……これが今後、どう作用するのか考えなければいけません」
「ううん……?」
ジェシカ、何を言ってるんだろう。
楔って何。
ただ、そんなジェシカは僕に向けて、微笑みを返した。
「いえ、問題ありません。ノア様は、ノア様のお考えを示しました。わたしはノア様の軍師として、そのお考えに従うのみですから」
「あ、ああ……うん。ありがとう」
よく分かっていないけど、とりあえず僕は頷く。
ただ、少しだけ、心の中にしこりのようなものが残った。
ジェシカは、僕を騙していたのだろうか――と。
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