第21話 ジェシカの進言

 ええと……これ、どう判断すればいいんだろう。


 僕の目に映る、ジェシカの情報。

 それは『職業:軍師 レベル5』ではなく。

 まさかの――『職業:詐欺師 レベル8』

 え、これ、どういうこと?

 何なのこれ。僕はどう判断すればいいのさ。


「ふぅ……まぁ、最初から成り立つ交渉ではないと分かっていたがな」


 そう、小さくレイ兄さんが溜息を吐くと共に、僕は《解析アナライズ》を解除する。

 とりあえず、今見たのは一旦保留しよう。考えることが多すぎると、僕の脳が追いつかない。


「えっと……兄さん、どういうことさ」


「そのままの意味だ。皇帝陛下からの言葉は、一言一句間違いなく伝えた。皇帝陛下本人ですら、俺を哀れな目で見ていたクソみたいな言葉をな」


「は……?」


「それで……そのドラゴンが俺を殺すのか? だったらやってみろ」


「……」


 兄さん、何が言いたいのさ。

 そりゃ、命令するなんて簡単だけどさ。

 兄さんの真意も、何も分からない。僕の命だけは助けてやるとか、明らかに上から目線で言ってきた理由も分からない。

 それに加えて、 僕の敵になったと分かった今でも、兄さんは兄さんだ。僕の身内だ。

 さすがに、血の繋がった身内を殺せなんて命令できないよ。


「今日のところは帰ってくれよ、兄さん」


「ほう」


「帝国が僕と戦争をしたいってことは、よく分かった。今日はそれでいいだろ。僕も僕の国も、帝国には従わない。そう皇帝に伝えてくれ」


「……なるほど、な」


 ふぅ、と小さく溜息を吐くレイ兄さん。

 そして、それ以上何も言わずに、兄さんは馬の手綱を引いた。


「では望み通り、帰らせてもらおう。俺も、弟に殺されたくはない」


「……」


「俺は今、帝国の騎士団を率いている。まぁ、臨時の騎士団長のようなものだ。本来、ただの正騎士でしかない俺も、一応出世をしたようなものだな」


「……何さ。おめでとう、って言えばいいわけ?」


「いいや。とんでもない貧乏籤を引かされたものだと思っているだけだ」


 ふん、と兄さんは鼻を鳴らして。

 くいっ、と部下たちに顎で示すと共に、僕に背中を向けた。


「俺は今、ハイドラの関で騎士団を率いている」


「ああ、そう」


 それは、シルメリアに聞いた情報だ。

 確認しようとは思ってたけど、まさか本人が来るとは思わなかった。


「ハイドラの関は、帝国の最終防衛線だ。今後、お前が帝国を侵略すると言うのなら……まず相対する相手は、俺だ」


「……」


 ハイドラの関。

 シルメリアに情報を聞いてから、僕も一応詳しく調べた。

 それはかつて、伝説の魔王リルカーラからの侵攻を、帝国騎士たちにより防いだとされる強固な関だ。関の上には数多の大型弩砲バリスタが設置され、三重に作られた防壁は厚く、また数多くの兵士が駐留できるだけの施設を兼ね備えるのだとか。

 伝説では、リルカーラは配下の魔物たちを総動員しながらも関を超えることができず、勇者ゴルドバによってその命を絶たれるまで、不落を誇ったのだと残っている。

 兄さんが、そんなハイドラの関に配備された騎士たちを率いる、騎士団長――。


「では――」


「お待ちなさい」


 兄さんが、そう馬を返して去ろうとした、その瞬間に。

 そんな兄さんの動きを止めたのは――僕ではない、隣からの声だった。

 その声の主は、ジェシカ――。


「ジェシカ……?」


「……何用だ。薄汚いオルヴァンスの犬」


「先程から、随分と傲慢な言葉ばかりを聞いていました。帝国の騎士というのは、道徳も知らないようですね」


「何を……」


 ジェシカが一歩前に出て、レイ兄さんを睨み付ける。

 そして、大きく嘆息して、それから僕を見た。


「ノア様、申し訳ありません。あまりの暴言に、黙っていられませんでした。帝国の騎士は礼儀を知らないという話を聞いていたのですが、どうやら予想以上だったようです」


「いや、それはいいけど……」


「貴様、それ以上――」


 僕に向けてそう謝罪するジェシカ。

 そして、そんなジェシカに対して何かを言おうとしたレイ兄さんに向けて、ジェシカはきっ、と鋭い視線を送った。


「無礼者! この身はフェリアナ・ノースレア・オルヴァンス当代女王の娘、ジェシカ・ノースレア・オルヴァンス! 帝国における一介の騎士が、わたしに言葉をかけること無礼極まりない。わたしは今、ノア様と話している。邪魔をするな!」


「なっ――!」


「ノア様。フェリアナ女王より、わたしは命じられております。グランディザイアとオルヴァンスが友好的な関係である限り、わたしの智はノア様に捧げよ、と」


 ええと。

 僕、どう判断すればいいんだろう。

 ジェシカ、もしかして僕が《解析アナライズ》しちゃったこと、気付いてないのかな。

 普通、《解析アナライズ》されたらなんか微妙な違和感みたいなのが起こるはずなんだけど、特に何も感じていないみたいに思える。


 うん。

 とりあえず、今は兄さんだ。ジェシカのことは後から考えよう。


「未熟なこの身ではありますが、ノア様に進言を一つ、申し上げたい次第にございます」


「おい、貴様――!」


 兄さんが激昂し、そう声を荒らげようとしたその時。

 ジェシカは冷酷さすら垣間見える表情で、僕に向けて、言った。


「その男は、今すぐ殺すべきです」


 えっ……。

 今、ジェシカは、何て、言った?

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